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第4章-第20社 真相

「本当に申し訳ありませんでした……! 取り返しのつかないことをしてしまって……! 切腹でもなんでもいたしますので……!」


 地面に這いつくばるようにして頭を下げる彼女に、その場にいた全員が呆然とした表情で口をポカンと開けて固まった。


「え、えーっと……取り敢えず落ち着いて……」


 正気を取り戻した秋葉は、困惑しつつも少女に頭を上げるよう促す。すると、少女は恐る恐る頭を上げて、姿勢を正した。


「私は北桜秋葉。あなたのお名前は?」

「その……小春(こはる)と言います。姓(かばね)は貧しい商家に生まれたのでありません」


 小春(こはる)はか細い声で話す。その表情は暗く、申し訳なさそうに身体を丸めて縮こまっている。そんな彼女が口にした姓(かばね)――つまり今でいう苗字のことだ。となると、生まれはかなり前になるのだろう。


 そう思うと同時に、秋葉は彼女がツギハギの着物を身に纏っている理由に気づく。


「まず小春(こはる)ちゃんに聞きたいんだけど……あぁなるまでに何があったの?」


 秋葉はできるだけ優しく小春へ問いかける。起きてすぐ土下座して謝り倒すような子が、人を攫うような真似をしたり、凶暴になってしまったのにはそれなりの理由があるはずだ。そう踏んだ秋葉は、じっと彼女が喋り出すのを待つ。


「あの……それをお話する前に私の生前のことを話してもよろしいでしょうか? 多分そこを理解した上でないと分かりにくいかと思うので……」

「やったら頼むわ」


 小春は熾蓮にお礼を言うと、一度深呼吸をしてから話し始めた。


「今から三百年ほど前、元禄(げんろく)の世に私は生まれました。私の家には代々成人の儀で着られる華やかな着物がありまして。その着物は昔お世話になった家の人から譲り受けたもので、私はその着物を着るのに合わせて、髪を伸ばし続けてきたんです」


 元禄(げんろく)の世、江戸時代の成人年齢は約十三歳と聞く。当時の成人の儀というものは非常に大事なものとして扱われ、特に女の子にとっては晴れ着である高価な振袖を着ることのできる滅多にない機会だった。


 その分、張りきる子も多いようで、小春のように髪を伸ばしているとヘアアレンジもしやすく、より綺麗で華やかな姿になるのだ。

 

 だが、それが影響してあんなにも凶暴な祟魔の異能力――禍式(かしき)になってしまったのは、髪は元来、霊力が宿りやすいとされているからなのだろう。神に奉仕する巫女の髪が長いのもそれが理由だったりする。


「ですが、十三歳になる一ヶ月前のことです。突如、流行り病にかかってしまい、私を含めた家族もろとも亡くなりました。貧しい家で建てる墓も無かったので、まともに弔われずにこの世に残ったんだと思います」


 小春はしょんぼりしたように目を伏せる。その話を聞いていた秋葉は、墓を立てて貰えずに祟魔になったケースが多いと授業で織部が話していたことが蘇る。


 しかし話を聞いている限り、小春の場合は着物を着て十三参(じゅうさんまい)りに参加したかったという思いが強かったのではないだろうか。


 そう思って自分の考えを伝えると、彼女は確かにそれもあるかもしれないと納得したように頷いた。


「その後、祟魔になった私はここ三百年ほど大堰川(おおいがわ)の周りにいる拙級祟魔たちと交流していました。それで毎年十三参りの時期に法輪寺(ほうりんじ)へ訪れてはその子たちの晴れ姿を見ながら、軽く髪に触れたり、着物に触ったりなどちょっとしたいたずらをしていたんです」


 法輪寺の住職・山木(やまぎ)が十三参りに来た子供たちへいたずらをしている娘がいると言っていたのは、小春だったようだ。


 この分だと千光寺の住職・永井(ながい)から聞いた拙級祟魔も彼女に違いないだろう。加えて毎年来ていたということは、自分も十三参りに参加したかったという思いが無意識のうちにあったのかもしれない。


「そして今年も法輪寺の方へ行こうと川のほとりを歩いていた時のことです。背後からゾワッとした寒気のようなものを感じて振り返ってみたら、突然邪悪な気配が内に入ってきて……それで……」


 流暢に話していた小春の声が途切れる。ふと顔を見れば、その時のことを思い出したのかどこか怯えたように顔を強張らせていた。


「あないな状態になったちゅうわけか」

「はい……」


 彼女の言葉を引き継ぐようにして熾蓮が言うと、小春は委縮しつつつ首を縦に振った。


(何の前触れもなく自身の内側に入って来られたらそうもなるよね……)


 秋葉の祓式は創作キャラをその身に宿すものだ。自分で作った創作キャラとはいえ、他人を自分の内側に同居させることによって成り立っているので、小春が感じた違和感や怖さというものは理解できる。


(我ながらとんでもない祓式持ってるな……)


 自分の祓式の怖さを再認識していると、話を聞いていた薫が口を開く。


「ちなみに、それまで渡月橋にいる人たちを攫ったりとかは?」

「いえ、そのようなことは一切……」

「ということは、それもその気配の仕業ってわけか」


 小春が首を横に振りながら答えると、樹が顎に手を当てて呟く。ここへ調査に来た時も、戦闘しているときも感じたあの強烈な気配は一体何だろうか。この千鳥ヶ淵に小春以外の準惨級祟魔はいないはずだというのに。


「取り憑かれている間、うっすらと意識はあったのですが、制御するまでには至らず……」

「だったらなんかその時のこととか覚えてない?」

「そうですね……」


 小春の発言に食いついたように秋葉が訊くと、小春は宙をじっと見つめながら思案する。


「操られてるような、乗っ取られているような感覚はあったのですが、それが何なのかまでは分からなくて」


 小春は申し訳なさそうに眉を下げてすいませんと謝る。乗っ取られるというと、幽霊とかそこら辺を思い出すが、ここの大堰川周辺には祟魔の幽霊がうじゃうじゃいるから特定しようもない。これは正体までつかみ取るのは無理だろう。


「どういった経緯にせよ、私の浮ついた気持ちが今回の事件を引き起こしてしまいました。本当に申し訳ありません……」


 再度、深々と頭を下げて小春は謝罪する。と、秋葉は不機嫌そうに眉を寄せた。


「ちょっとなんで謝るのさ」


 秋葉の発言に小春を含めた周りのみんなが不意を突かれたようにきょとんとする。


「確かに小春ちゃんのそういう気持ちが今回の発端にはなってるかもしれない。けど、悪いのは小春ちゃんじゃなくて、取り憑いていたやつの方だよ」


 秋葉の話に熾蓮、薫、樹の三人は揃ってうんうんと首を縦に振る。


「だからもうこれ以上、謝らないで」


 小春はハッとしたように目を丸くして視線を下に向ける。かと思うと、秋葉に向けて顔を上げた。


「分かりました」


 微笑みながら小春は秋葉の方を見てはっきりとそう言った。秋葉も満足したように笑みを浮かべて頷く。


 心なしか小春の表情が少し晴れたように思えた。この子には笑顔が似合うと思うと同時に、こんな可愛い子に取り憑いて人々を攫って川底へ沈めたやつに怒りを覚える。すると、樹が場を切り替えるようにして咳払いをした。


「これで事情は分かったわけだが、これからどうする?」


 そう問われて秋葉、熾蓮、薫の三人は唸り声を上げる。おそらく樹が言いたいのは今後、小春の処遇をどうするかだろう。彼女が準惨級祟魔となった今、流石に代報者としてはこのまま放置しておくわけにもいかない。


 等級が拙級から準惨級に上がった以上は祓わなければならないのだが、当人はそれはもう反省しているので真っ向から祓うのもどうかと思う。

 

 何かいいアイデアはないものかとみんなして考えこんでいると、何やら思いついたのか秋葉が「あっ!」と声を上げる。


「今回みたいなことが起こらないように小春ちゃんの願いを叶えてちゃんと弔ってあげるのは?」

「いいじゃんそれ! 秋葉ナイス!」


 提示した案に薫は目を輝かせながら親指を立てる。


「いつまでもここに留まったままなんもどうかと思うしな。せっかくやったら綺麗さっぱり終わらせてあげた方がええんとちゃうか?」

「あぁ。何より、代報者規定の一つに『代報者は祟魔を祓うにあたり、その因果を断ち、安らかな終焉(しゅうえん)へ導くよう努めること』とある。そう言う意味ではこの世に残った霊魂(れいこん)をあの世に還すのも、代報者の役目の一つに入るだろうさ」


 熾蓮と樹の同意に秋葉はホッと息を吐きつつ、そういえば代報者規定の中にそんな文言もあったなと思い出す。班員の許可も得られたところで、秋葉は小春へと顔を向ける。


「ってわけなんだけど、どうかな?」

「その……よろしいのでしょうか。私みたいなものに皆さんの手を煩わせるわけにも……」


 小春は困ったように肩を竦める。


「いいのいいの。むしろ、樹の言う通りうちらの本業はこういうのだからね。任せときなって」

「みなさんありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますね」


 張り切ったように告げる秋葉に、小春は笑みを浮かべた。あぁ……可愛い女の子の笑顔こそ尊いものはないと思わず秋葉のオタク心が刺激される。


「織部先生、それでいいですか?」


 そう薫が尋ねる。


(はっ! そういえば聞くの忘れてた……)


 織部の存在がすっかり頭から抜けていたことに気づいて、そーっと彼の方を向く。


「ま、君らがそうしたいんやったら、やってもええんとちゃうか?」


 もう少し小言が飛んでくるかと思ったが、すんなりと許可をもらえて秋葉たちは意外そうに目を見開く。


「ただし、明日も昼から授業があるさかいそれまでには学園に帰らなあかんで」と付け加えられる。


(流石は織部先生。寛容かと思えば、抜け目ない……)


 侮れないなと感じると同時に明日も昼から授業があることを知って秋葉はだいぶ気が遠くなる。まだ朝からではなく昼からというのが救いではあるが、それでも深夜まで動いているのだから一日ぐらい休ませてくれてもいいのではと秋葉は思う。


「じゃあ、やるってことで決定!」

「おー!」


 薫が元気よく声を上げると、みんな声を揃えて拳を上に突き上げる。


「法輪寺の方には朝に連絡を入れるとして、問題は着物と化粧だが……」

「それなら一つ当てがあるよ」


 樹が言い切る前に秋葉が口にする。


 「そんな当て秋葉にあったか?」と熾蓮が首を傾げるも、「熾蓮も良く知ってる人の店だから大丈夫」と話す。


 すると、思い出したようで納得の表情を見せた。普段からお世話になってるところでもあるし、多少の無茶は聞いてくれるだろうから後で連絡を入れたら大丈夫だろう。そう考えた秋葉は小春へ質問する。


「小春ちゃん、その当時の着物がどんなものかって覚えてる?」

「はい。確か、淡い水色の生地に撫子(なでしこ)の文様があしらわれていたはずです」


 小春の応えに秋葉は頷きながら、懐にあったメモ帳を取り出してペンで書き込む。十三参りの着物にも色々と種類があるが、小春の話によると、家にある着物は振袖だったようだ。細かい調整は当日やるとして……。

 

「よし、今日はもう遅いしこの辺にしよっか。明日の朝八時に渡月橋に集合でいいかな?」

「えぇ、分かりました」

 

 秋葉が尋ねれば、小春は快く首を縦に振った。他のみんなにも確認をとって了承を貰ったところで、小春は別れを告げてすっと透明になって姿を消した。


「ほな、神社の方に戻ろか」

「そうですね」


 織部が声をかけると、当に学園へ連絡を終えて傍から小春たちとのやり取りを見守っていた白澪が、近寄りながら返事をした。熾蓮たちがその場から立って歩き出す。秋葉もそれに続こうと地面に手をついて立ち上がろうとするが――。


「――あれ?」

「どないした? 秋葉」


 なかなか着いてこない秋葉を心配してか、熾蓮が振り向きざまに声をかける。


「いや……その……」


 うろたえるような口調で呟いた秋葉の瞳が揺らぐ。全身に及ぶ妙な脱力感と倦怠感に痺れと冷え。立とうとしても上手く手足に力が入らない。これは――。


「――歩けない」

「えっ?」


 秋葉の言葉にみんなは戸惑うように目を見開いた。すると、親子を含めた生存者数名の治療を終えた白澪が何か思い当たったようで、「あー、多分……」と目を横に逸らしながらこっちへ近づいてきた。


「今の秋葉の身体にはギリギリ生きていられるだけの血しか残ってないから、もろに貧血の症状が出てるのよ」


 白澪の話に秋葉は納得したように呟く。秋葉の状態を診るべく、地面にしゃがんだ白澪は人差し指で彼女の下瞼を引き下げる。と、予想が当たったのかやっぱりと口にする。


(ここにきて貧血で歩けないとか情けなさすぎる……)


 不甲斐ない思いが募って溜息が漏れる。そんな中、織部が手で頭を掻きながら歩み寄って来た。


「ったく、しゃーないやっちゃな。ほれ、背中乗りぃ」


 織部はそう言うと、秋葉に背中を向ける形でその場にしゃがむ。


「えぇ……悪いですって……」


 眉を下げた秋葉は、両手を前にやって遠慮する。だって高校生にもなっておんぶとか恥ずかしすぎる。それに自分のせいで迷惑をかけるのはいくらなんでも嫌だ。


「ほな、一人で歩くか?」

「そ、それは……」


 心のうちを読み取ったとしか思えない問いかけに、秋葉は視線を逸らして狼狽える。一人で歩くのはどう考えても無理だ。しかし、熾蓮や薫に肩を組んで支えてもらうにも、渡月橋までの道のりは人一人分あるかないかぐらいの道幅しかないため、それも却下。


 それに戦闘でほとんど体力を消耗している仲間の手を煩わすわけにもいかない。ぐるぐると考えこむが、結局のところ織部の提案に乗るのが一番無難で最善だろう。


(……仕方ない。ここは恥を忍んで頼むしかないか)


「あー、もう分かりましたよ! 失礼します!」


 そう言った秋葉は渋々、織部の背中に乗る。腰に手を回され、そのまま織部が立ち上がると同時に浮遊感がやってくる。いつもより視線が高くなったことに驚きつつ、神社に戻る道を進んでいくのだった。

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