第4章-第18社 救いの一手(織部side)
憑依が解けて岩肌へと倒れた秋葉に一同、顔を強張らせる。岩肌へとうつ伏せの状態で伏している秋葉の腹部から、止まっていたはずの血が流れ出す。
(あかんっ……!)
その場に熾蓮、薫、樹が呆然と立ち尽くす中、急いで秋葉に駆け寄った織部は手に出現させた自身の黒い羽織を祓力で覆って地面に敷き、そっと仰向けに秋葉を抱き起こしてその上に寝かせる。
織部は口元に手を翳してまだ息があることを確認すると、霊眼を起動させて、手を秋葉の身体へとかざして傷の状態を診る。穴の開いた腹部からとめどなく出血しており、何箇所か内臓が抉られている。
派手に木にぶつかったおかげか背骨にもヒビが入っているようだ。それに加えて足首に切り傷があり、祟気が微かに纏わりついていた。
「樹は周囲に結界貼って、祟気を浄化せえ!」
「分かりました!」
すぐさま目を見開いて固まっている樹に指示を出す。樹は頷くとこちらへ近づいて、秋葉と織部の周りに結界を構築し始める。
「熾蓮、薫は樹にある分の祓力を回したってんか!」
「了解です!」
織部の言葉を聞いた二人も即座に動いて、樹の肩にそれぞれ手を乗せて祓力を供給する。これで祟気によって状態が悪化することは無くなるだろう。
祟気が浄化されていくのを見届けた織部は秋葉へと視線を戻す。他に異常が無いか彼女の状態を確認し、出血箇所に両手をかざす。
「ッ……!」
織部はかざした手から祓力を注いで内臓の破損箇所に止血膜を作る。祓力を結界を生成するように薄く延ばせば、徐々に穴が塞がり始めた。
だが、その間にも出血は続き、どんどん秋葉の脈が小さくなっていく。
(今の速度やと遅い。もっと早うせな……!)
全神経を尖らせて集中する織部の額に汗がにじむ。出血を止めるべく、祓力を回す速度を最大限まで上げる。
そうして内臓に止血膜を生成し終わり、織部は肩を落として深呼吸する。と、樹に祓力を回していた薫が振り向いた。
「先生、学園に連絡は?」
「今から念話入れても、学園からやと最低でも来るのに三十分はかかる。止血はできても失った血までは戻らへん。そうなったら待ってる間に失血死しまうやろう」
加えて、エルによって痛覚が遮断されているとはいえ、今の彼女の身体には背骨にヒビが入っている状態だ。学園まで運ぼうにも無闇に動かしたら悪化する可能性がある。
つまり、現状ある手札でどうにかするしかない。頭を回しながら止血を施していると、傍で樹に祓力を分けていた熾蓮が懐から何かを取り出す。
「先生、これ使こてください。少しはマシになるかもしれへん」
「これは……」
差し出されたものを受け取った織部は微かに目を見張る。熾蓮から受け取ったものは、増血液の入った注射器だ。
比較的即効性があり、怪我を負って血が足りなくなった代報者の応急処置としても使われる。まだ授業内で配布していないはずのものをどうして持ち歩いているのだろうか……。
「いや、ありがとうな熾蓮」
頭の中に疑問が募るが、考えるのは後だ。熾蓮へ礼を言った織部は、袋から注射器を取り出して準備をする。
秋葉の身に纏っている赤い着物の袖をまくって脈を探し、中の液を注入する。これで少しの間はもつだろう。織部は止血を再開しながら、傍から見ているエルへと顔を向ける。
「おい、どうにかできひんのかっ⁉ 腐っても秋葉のんとこの神やろっ⁉」
織部は怒気の篭った声を上げた。と、エルはどこから拾ってきたのか小石を手の中で転がしながら唸った。
「んー、残念だけどボクにはどうしようもないね」
エルはあっさりそう告げると、小石を軽く上へ放って親指で弾いた。弾かれた小石はそのまま山林へと飛んでいき、闇に紛れて見えなくなる。
「はあっ⁉ この期に及んで何言うとんねん!」
エルの言葉を聞いた織部は、殺気交じりに声を荒げる。その様子に傍で話を聞いていた熾蓮たちは固まる。仮にも自分の一番の信者であり、契約者でもある彼女の危機に何もしないというのは一体どういうことか。
そう怒りを滲ませつつ止血膜を構築していると、エルは溜息を吐いてからどこか俯瞰したような目でこう告げた。
「ボクたち神は人のように祓力ではなく、神気を持つ。けど、それを流し込めば、その時点で秋葉は人間ではなくなる。それに神気というものは危険でね。一気に流し込めば身体が耐えきれなくなって逆に死に追いやる可能性もある。秋葉の同意が取れていない以上それは無理だ」
エルは秋葉へ視線を向けながら、きっぱりと言い放った。エルは人ではなく神。そう突きつけられたような心地になり、辺りが静まり返る。そんな中、止血膜を生成し終えた織部は、エルがそう言うならどうにもできないんだろうと割り切って次の手立てを考え始める。
「そんなっ……じゃあどうすれば……」
薫が焦ったように震える声で溢した。
「大丈夫だよ。もうすぐ来るからね」
さっきまでの硬い表情はどこへやら、エルはにこやかに笑みを浮かべて言った。その様子に織部を含めた四人は眉をひそめる。
「なあ、来るって何がや?」
「っ! 今のって……」
黙って話を聞いていた熾蓮が問いかけた途端、樹が空へ顔を向けて言った。
「ピィィィーウ!」
上空から高い笛のような鳴き声が聞こえてきた。みんなが注意深く見上げれば全長五メートルはあろう茶色い巨体を持った鳥が旋回し始める。
(あれは……イヌワシか……?)
織部が霊眼で凝視している間にも、イヌワシは大きく渦を描くようにして徐々に高度を下げていく。
と、そこから何かが落下し、織部たちの元へ急速に接近する。どんどん近づいてくるそれは人型を成しており、白の着物に紺色の袴と羽織と大神学園の制服を纏っていた。
ポニーテールの水毛混じりの白髪が逆風を受けてたなびく中、彼女は宙で回転して岩肌へと着地する。その瞬間、着地の衝撃で辺りに祓力の波が生じた。しゃがんだ状態の彼女はその場から立ち上がる。
「白澪……なんでここに……」
呆然と熾蓮は、突如としてやってきた白澪に尋ねる。顔を上げた白澪は熾蓮たちの方を向いてこう言った。
「説明は後! まずは秋葉を治すのが先よ!」
白澪は凛とした声で言い放ち、真っ先に倒れている秋葉の元へ走る。彼女は膝をついてしゃがむと、傍にいた樹へ視線を向ける。
「念の為聞くけど、怪我をしてからどれぐらい経ってるの?」
「祟魔が髪束に腹部を貫かれて、そこから再び祟魔を祓っていたから……大体、十分ぐらいか」
樹から時間を伝えられた白澪は、顎に手をやって少し考えこむ素振りを見せる。
「……分かったわ。傷の具合を診るからみんな下がって」
白衣の懐からゴム手袋を取り出した白澪は、両手に装着しながら周囲に声をかける。指示を受けた織部たちは揃って秋葉と白澪から距離を取る。
と、白澪の霊眼が起動し、蒼い目が淡く光った。先ほど織部がやったように手をかざして秋葉の身体の状態を診る。
「どうや? 治りそうか?」
傍で固唾を飲んで様子を見守っていた織部が尋ねる。すると一通り診終わったのか、白澪は顔を上げて織部の方を向いた。
「何が何でも治してみせます。それが治療師として、私がここに来た理由ですから」
白澪はそう告げると、両手を傷口となる腹部へ翳す。直後、手袋越しに浄化効力のある水が生成された。水は光を纏い破損した箇所へと流れ込んでいく。
「ッ……! 本当、よくこんな状態で戦えたわね……」
祓式での治療にはかなり神経を使うようで、徐々に白澪の表情が険しくなる。
「ボクが痛覚を遮断したからね」
「あぁ、なるほど。そういうこと……」
エルの発言を受けて白澪は納得したように頷いた。織部が視た限りでは、腹部には風穴が空いており、刃のように鋭い髪束によって貫かれた影響で、内臓がことごとく抉られていた。加えて、吹き飛ばされた際に受けた打撲によって背骨にヒビが入っていた。
白澪の言う通り、短時間ではあるがよく祓い切ったと織部は思う。エルの痛覚遮断がなければ、まともに攻撃を避ける事すらできなかっただろう。
「……えっ?」
溢れんばかりの水が患部に注がれていっているのを傍で見ていると、白澪が微かに首を傾げた。
「どうしたの?」
白澪の様子に気づいた薫が問いかける。何かまずいことでもあったのだろうかと織部も白澪の方を窺う。
「やけに修復速度が速いのよ。それと既に少し治された跡を見つけて……。普通、祓式を用いてもこんな重傷治すのに十分はかかるって言うのに……」
白澪が喋っている間にも、傷口が徐々に塞がっていくのが見て取れる。人間には自然治癒力というものがあるとは聞くが、重篤なものほど日数を要しなければならない。白澪はこれでも治療院の出だ。
その彼女が言うのなら今聞いたことは本当なのだろう。祓力の効果はあくまで止血膜を張るだけで、傷の治りの速さには直結しない。ならばなんだと織部の頭の中に疑問が募る。
「いえ、今は治せるのなら何でも良いわ。絶対に生かしてみせるからもう少し頑張りなさいよ秋葉」
白澪は呟くと、更に祓式の出力を上げて秋葉へ治療を施していった。




