第4章-第14社 水面下
激しい水音が鳴るとともに秋葉は川の底へと引きずり込まれる。次第に髪が意思を持ったように身体に絡みつき、ピリッとした痛みが足首に走った。
と、更に髪束に引っ張られた瞬間、水中に張られた結界へ侵入した秋葉は全身を刺されるような強烈な気配に襲われる。
「ッ……⁉」
思わず秋葉は固く閉じていた目を見開く。視線の先にある川底には、今まで以上に濃い祟気が渦巻いており、無数の髪束に縛られて意識を失っている人たちがいた。目の前の光景に声を上げそうになるが、すんでのところで口を噤む。
川底に沈んでいる人の数はざっと目視で十数人。霊眼で視てみると、そのどれもが着物を着た少女とその保護者らしき人で、ほとんどの人の頬が痩せこけていて目元が黒ずんでおり、完全に精気を失って亡くなっていた。
これらすべてが結界で隠蔽されていたことに秋葉は衝撃を受ける。
(あれは……)
視線を移して一番手前に水色の着物を着た少女とその母親と思われる親子が気を失った状態で、留まっていた。あの親子はつい昼間に渡月橋で見かけた親子だ。
よく視ると、まだ精気が残っていた。これならまだ間に合う。そこまで考えたところで全身に絡みついている髪の拘束が強まる。もう息もそれほど持たない。
(早くここから脱出しないと……)
しかし、秋葉は泳ぐ術を持っておらず、何よりも拘束されたこの状態では水面へ上がるのも困難だ。何か手はないかと薄れゆく意識の中、必死に頭を回す。ふと顔を上げた先に水面へ落ちる木の葉が見えた。
(これだ……)
ハッとした秋葉はすぐさま全身に祓力を回す。
すると、彼女の足元から大量の桜の花弁が出現し、高速で回転し出した。続けて秋葉の全身を覆うようにして花弁が現れ、同じようにして竜巻のような速さで回転がかかる。
直後、身体がどんどん水面に向かって浮上していく。
「ッ……!」
回転が勢いを増し、水面を突き破って空中へ放り出される。大きな水しぶきが上がり、周囲に水滴と絡みついていた髪と飛び散る中、顔を下に向けた秋葉は念話を入れる。
『樹! 足場の生成頼めるか⁉』
『勿論だ』
指示を受けた樹が瞬時に着地地点へ結界を生成。風を全身に受けながら猛スピードで川に向かって落下していくが、結界の足場を経由して跳躍し、河岸へと転がり込んだ。その拍子に手から刀が抜け落ちる。
「ゲホッゲホッ! ゴホッ!」
岩肌に手を着いた秋葉は、大きく息を吸い込んだ反動で激しく咳き込む。と、先ほどの光景が蘇り、顔が強張って身体を支えていた腕が震え出す。瞬間、背後から夥しい数の髪束が疾風のごとくやってきた。
(まずい……反応できない……!)
そう身構えた直後――。
「――させるかっ!」
髪束と秋葉の間に乱入した熾蓮が手のひらから炎を放って攻撃を阻止する。しかしそれで収まるはずもなく、更に奥から降りかかってきた。
「でりゃあああ!」
薫が雄叫びを上げながら、目で追えないほどの刀さばきで多数の雷撃を飛ばす。まともに斬撃を受けた毛髪はあっという間に散り散りになって消滅した。秋葉の前へ歩いてきた熾蓮が手を差し伸べる。
秋葉がその手を掴んで立ち上がると同時に、熾蓮の手から全身に温かい炎が行き渡り、彼女の身体に付着した水滴や髪が燃えた。
「ほれ」
「ありがとな」
熾蓮から刀を受け取った秋葉は、微かに震えた声で返してから刀をくるっと手の内で一回転させて納刀する。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ……何とかな」
祟魔の追撃を結界で防御しきった樹が振り返って尋ねると、秋葉は疲弊した声色で返し、川の方へと目を向ける。と、表情を暗くした薫が口を開いた。
「ごめん秋葉。手掴んであげられなくて……」
申し訳なさそうに謝る薫の声色には、秋葉を助けられなかった自分への怒りが込められているようだった。その証拠に拳が固く握られている。それに気づいた秋葉は、一瞬、困ったように微笑むと薫の目を見た。
「いいよ。むしろ潜ったおかげでいい収穫ができた」
「……というと?」
一段と明るい声色で笑みを浮かべながら言った秋葉に、薫は訝しげに眉をひそめる。
「収穫は全部で二つだ。できるだけ簡潔に話すつもりではいるが、その間に攻撃が飛んでくるかもしれん。誰か周囲に結界を貼ってくれねぇか?」
「ほな、俺がやるわ」
「頼む」
秋葉が頷けば、熾蓮は印を結んでパンッと拍手を鳴らす。地面から透明な壁が出現して秋葉たちの周りを囲うと、やがて空を覆った。無事に結界が作動したことを見届けた秋葉は、三人へ顔を向ける。
「まず一つ目。川の中に入った際、今回の一件で行方不明になってた人たちを見つけた。大方、渡月橋を渡っている最中の彼らを連れ去った上で、オレみたいにあの黒い髪に引きずり込んだんだろうよ」
秋葉は険しい表情で、川底に行方不明者たちが軒並み囚われて亡くなっていたこと、まだ昼間に攫われた親子が生きていることを語る。
「そんなっ……」
声を漏らした薫を筆頭に三人は、顔を強張らせて絶句する。初任務でそんな事態にまで陥っていたとなれば、そうなるのは当然だ。間近で目にしていた秋葉も唖然として驚いたのだから。
「ちょっと待て。俺たちが調査したときには何もなかったぞ?」
衝撃の事実に結界内が静まり返る中、樹が疑問を呈する。確かに昼の調査報告で樹から聞いた限り、川の水が緑に濁ってはいたが、中には行方不明者の人影は疎か、髪の毛はもちろん祟気すらなかったはずだ。
「そこで二つ目。今回の一件が起こった原因はあの少女の祟魔じゃなくて多分、別にある」
「どういうことや?」
熾蓮は首を傾げる。
「これはあくまで現時点での推測にすぎないが、少女はもっと強力な何かに取り憑かれてる。それと昼間、川の底にいた行方不明者たちを見つけられなかったのは高度な結界で隠蔽されていたからだろうな」
秋葉は川の中で人を刺し殺せそうなほどの気配を感じた時のことを思い返しながら話す。
「正解や」
突如、背後で聞き覚えのあるような声がして咄嗟に振り返る。
「お、織部先生っ⁉」
秋葉、熾蓮、薫の三人が一斉に叫ぶ。気配もなく現れた織部は口角を上げてニヤリと笑った。




