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第4章-第12社 予想外と打開策

 一方、水面の上で佇む少女は河岸で臨戦態勢をとる秋葉たちを捉えると、その長い髪を鞭を扱うかのごとく放ってきた。光のような速さのそれを見た秋葉は、間一髪身を横に翻して避ける。顔スレスレを通過した風圧で頬が切れ、僅かに血が飛び散る。


 その直後、背後で破裂音が鳴った。秋葉は何があったのか検討がつかないまま、恐る恐る振り返る。


「おい……ちょっと待て……」


 垂れた血を着物の袖で拭う秋葉の視線の先には、太い木の幹を貫通した髪束があった。木を貫通した髪束が意志を持ったかのように素早く引き抜かれ、木が音を立てて地面に倒れる。


 強力な祟気を用いた異能――禍式(かしき)に、同じく少し離れた場所で戦っていた熾蓮や薫、樹も唖然として目を見開いていた。


(一撃でもまともに喰らったら死ぬ……!)


 髪束が秋葉目掛けて再度突進してきた。秋葉は腰を低く落として祓力を通した刀で迎撃する。金属と金属の擦れるような音が響く中、刀でいなした秋葉は追撃を免れるべく、後ろへ下がった。


『なぁ、みんな……』


 三人へ向けて念話を飛ばしつつ、次々と襲い来る黒い鞭(むち)を跳んで避ける。


『――あいつ、本当に烈級か?』

『……やっぱ秋葉もそう思う?』


 河岸の右側で炎の斬撃を飛ばして、髪束を遠ざけていた熾蓮から応答がくる。


『どう考えても烈級以上だろ! あれ!』

『だよねっ⁉ 多分というか絶対そうだよねっ⁉』


 秋葉が川の真ん中に浮きながら、容赦なく黒い鞭を振るってくる少女を見て言った。念話で激しく同意した薫も雷で強化した脚で岩肌を蹴って走りつつ、迫りくる数本の髪束を躱していく。


『三人とも落ち着け。祟魔と言っても無敵じゃない。必ずどこかに祟核はあるはずだ』


 冷静に返してみせる樹だが、結界を薄く施した刀身で攻撃を防ぐのでやっとのようだ。


『それはそうなんだけど、あそこまでどうやって近づけって言うのさ!』

『……それもそうか』


 薫が焦ったような口ぶりで言い放つと、樹は神妙な声色で返した。どう対処すればいいのか分からず、みんなが手詰まり状態になっていると、炎の斬撃を飛ばして水に濡れた髪を追い払った熾蓮が、バッと秋葉の方へ振り返る。


『秋葉! ひとまず織部先生に連絡や! どう考えても俺らの任務の範疇(はんちゅう)越えとる!』

『分かった!』


 秋葉は一旦そこまで攻撃の及んでいない歩道まで下がり、自身の周囲に紅葉の壁を展開。降りかかる攻撃を防御しつつ、こめかみに二本の指を当てて織部へ念話を入れる。


 そうして話すこと数十秒が経過し、織部から指示を受けた秋葉は、アスファルトの地面を蹴って河岸へと戻る。


『秋葉、どうだった?』

 

 樹は銃で水と祟気によって強化された鋼のような髪を射抜き、追撃してきた黒い束に向けて右手に持った刀を横に振るう。


『えー、『俺が行くまで何としてでも持ちこたえろ。あ、でもいけそうやったらそのまま祓ってもええで』だそうだ』


 刀を振り上げ、目の前の束へ桜の花弁を飛ばす秋葉の伝言に、傍で戦っていた樹は半ば呆れ気味に溜息を吐く。


『誰が祓えるかこの野郎! 調子のいいこと言いやがってあのお気楽教師……! えぇい! 仕方ない! どうにかして凌ぎきるぞ! 祟核撃破とはいかないまでも、祟魔本体にダメージを与えられれば少しは収まるかもしれない!』


 やけになったのか、樹の口調がいつもより強くなる。


『なら、あれを突破する方法を考えないとね。闇雲に撃ってかかっても退けるのは無理だろうし』


 薫はうねりやってくる髪束へ、頭上から刀を振り降ろして雷撃を飛ばす。すると髪束に電撃が走り、速度が遅くなった。


 一方、荒れ狂うようにして襲い掛かってくる川の水を含んだ髪束がしなりながら、秋葉と熾蓮の元へ迫る。秋葉は後退し、木の枝へ着地。熾蓮が炎を纏わせた回転斬りで焼き払う。


 しかし、水分を纏っているからか炎が弱まって威力が落ちるだけで、刃のように鋭くなった髪を斬るまでには至っていない。


「濡れた髪……電気……炎……」


 一連の様子を木の上から俯瞰して見ていた秋葉は、視線を落としながら細々と呟く。


「秋葉? 何や思いついたんか?」


 下で迎え撃っていた熾蓮が、彼女の声を拾ったようで問うてくる。だが、当の本人の耳には届いていないようだ。


(祟気の問題は……)


 秋葉はふと樹に目を向ける。と、彼は岩肌を跳んで回避し、立て続けに放たれる髪束を結界で防御していた。


(……よしいける)


 確証が持てたようで、秋葉は足場にしていた枝を蹴って岩肌へと降り立つ。


『今からあのうざったい髪束をどうにかする方法を話す。一度しか言わねぇからよく聞いとけよ』


 秋葉は花弁を纏った刀で髪束を受け流しながら、熾蓮、薫、樹の三人へ念話を飛ばす。全員の確認取れたのを聞いた秋葉は続けて話し出す。


『まず濡れたあの髪束に薫の祓式で雷を流す。満遍なく電気が通ったところで熾蓮の祓式を使って炎を放ち、髪全体を脆くする』

『普通に炎で燃やすのはあかんの?』


 脳内で熾蓮の声が響く。確かにその意見は一理ある。だが、今回においてはさほど通用する手ではない。なぜなら……。


『濡れた髪は水分を含んでるから炎で燃えにくいんだよ。さっき、熾蓮が斬撃飛ばしてたけどあんま効果なかっただろ?』

『うっ……それはそうやな……』


 図星を突かれたようで、熾蓮はくぐもった声で反応する。


『なるほど、そこで薫の祓式の出番か』

『流石、樹。理解が早ぇ』


 雷で髪の毛の水分を飛ばした状態だと熱を通しやすくなる。風呂に入った後、濡れた髪の毛をそのままドライヤーで乾かすより、タオルで摩擦を起こして拭き取ってからの方が乾きやすいのと一緒だ。


 いまいちピンと来ていない熾蓮と薫にその例を交えて説明してやると、二人は納得したように声を上げた。

 

 いつか結奈(ゆうな)と舞衣(まい)の二人がうちの神社へ泊まりに来た時、面倒くさいからとまともに髪を乾かさずにそのままドライヤーをしたら結奈と舞衣から怒られて、二人から原理を説明されたことがあったのだが、まさかこれが役に立つとは。


 今度会った時に一言お礼を言っておこう。と、まぁそんな余談は隅の方に置いておくとして……。


『樹には、髪に纏わりついてる祟気の浄化と再度足場の生成を頼みたいんだが、いいか?』

『了解だ』


 結界の弾丸を生成し、手元の銃へ装填しながら河岸を駆けていた樹から了承を得る。それを聞き届けた秋葉は、まっすぐ祟魔を視据えた。祟魔本体に近づくにつれてだんだん祟気が濃くなっていっている。


 そこを樹の結界で足場を作ると共に浄化してもらえれば、より辿り着きやすくなるだろう。


『後は力の半減した髪をみんなで斬っていけば、少しは本体に近づけるだろう。つーわけで作戦開始だ』


 秋葉の声を聞いた三人はそれぞれ動き出す。当の秋葉も刀身へ桜の花弁を纏わせ、地面を蹴って接近する。


 薫が続けざまに斬撃を飛ばして濡れた髪束に電気を通す。続いて電気で粗方水分の飛んだ箇所から順番に熾蓮が炎を放って焼き払っていく。

 

 雷と炎でダメージを負った髪束は明確に威力が落ち、その鋭さや速度も低下していた。そんな中、印を組んで川の水面へ足場を生成した樹が銃を連射する。


 直後、発射された銃弾が目標へ到達し、結界が起動しみるみるうちに祟気を纏った髪を覆い始める。


(よし、順調順調……)


 みんなが予定通りに攻撃を仕掛けているのを横目に秋葉は、攻撃を躱しながら進路を塞いでくる髪束を切断し、岩肌のある河岸から水面の方へ進んでいく。


 そうして作戦開始から二分が経過。樹がヒットした斬撃を中心に髪を覆う形で結界を生成していくが、それでもたどり着くには足りないようだ。


『こっちは近づけそうにない』

『すまん! 俺んとこもや!』


 熾蓮も側宙で紙束を躱し、回転しながら炎の斬撃を飛ばすも、次から次へとやってくる束に邪魔されて近づけずにいた。


 一方、薫はというと巧みな剣撃で眼前の黒い障壁を突破し、結界の上を走るが、すぐさま行く手を阻まれていた。


『わたしからじゃまだ距離がある。秋葉いける?』

 

 少し離れた地点にいた薫からそう投げかけられる。祟魔まで推定五十メートル。今、もっとも祟魔に近いのは秋葉だ。


『……無理でもやってやるよ!』


 結界の足場の上で大きく踏み込んだ秋葉は、弾丸の如き勢いで祟魔目掛けて突撃した。跳躍した影響で結界にヒビが入るのも厭わず、視界を覆う程に続々と迫る黒い刃を斬撃で粉砕する。


 再び結界を踏み、秋葉は中空で突きの体勢に入った。ついに目の前に捉えた着物姿の少女へ狙いを定め、後は一枚一枚が刃となった桜の刀身を押し出すのみ。だが、その時。


「■■■■■■ッーーーー!」


 少女の口から苦しむような呻き声が聞こえ、彼女の周りから尋常ではないほどの祟気が暴風のように吹き荒れる。同時にゾワッとした背筋の凍るような気配を感じ、秋葉は思わず目を見開く。


(おい、今のって……)


 と、ダメージを負って川の中へと引っ込んでいた髪束が水面から突き上げられた。


「何ッ⁉」


 突如として発生した祟気と髪束に耐えきれず、足場となっていた結界が割れる。


「クソッ!」


 自らの足場が崩壊する寸前で秋葉は後ろへ跳び、宙で身を反転させて着地の体勢に入る。だが、圧倒的に河岸へたどり着ける飛距離ではない。


(落ちる落ちる落ちるうううう……!)

 

 自分が泳げないことを思い出し内心で焦りながら、うつ伏せの状態で急速に落下していく。

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