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未然会議

作者: 吟遊蜆
掲載日:2026/05/02

 わたしは充分な準備を整えたうえで重要な社内会議に臨んだ。といっても、別に企画書等を準備する必要はなかった。なぜならばこれは、この先に何かを生み出したり、立ち上げたりするための会議ではないからだ。この場でアイデアをただ発表しさえすれば、それですべてを完了させることができる。これほどまでに有意義で、かつ効率的な会議はほかにないように思われる。


 議長役を務める部長からトップバッターに指名されたわたしは、さっそくひとつ目のアイデアを披露することになった。


「ちょっとタイムマシンを作ってみようと思ったんですが」


 わたしがひとこと目にそう言うと、同僚たちからは驚きの声が上がった。


「なぜですか?」


 部長は当然のように、根源的な質問をぶつけてきた。誰もがその理由を知りたがっていたようで、皆もしきりに頷いている。


「あると便利だと思ったからです」


 素直に思ったことを口にすると、周囲から「たしかに」と同意する声が続いた。わたしは仕事では嘘をつかないことにしている。


「なるほど、それで?」


 もちろん重要なのは思ったことよりも、実際に何をしたのかということのほうだ。


「やめることにしました」


 わたしは、仕事では嘘をつかないことにしているのである。


「どうしてですか?」

「普通に難しいと思ったからです。予算だってかかりますし」


 すると訊き役である部長の顔色が、明らかに変わったのであった。


「たしかに。それは素晴らしい判断ですね。よくぞ未然に防いでくれました。それはあるいは、実際にタイムマシンを作るよりも、よほど難しい判断だったんじゃないのかね。君の素晴らしい判断のおかげで、我が社は救われたというわけだ。このたび多大な損失を回避することができたのは、すべて君の功績と言っても過言ではないだろう」


 部長の言葉に同調して、一同から拍手が上がった。


「ありがとうございます。今後ともけっしてそのような非現実的なものを、つい作ったりしないように気をつけます」

「その調子で、よろしく頼みますよ。――では次」


 続いて指名されたのは、わたしの後輩で入社三年目の島長という男であった。


「僕は布団柄のトレーナーというのを、ちょっと作ってみたらどうかなと思いまして」


 彼はファッションに興味があるようで、いつもそっち系の商品ばかり考えているようである。


「なぜですか?」


 それは毎度定番の質問であり、わたしもそれを訊いてみたいと思った。頷いているということは、ほかの皆もそうであるらしかった。


「布団にプリントされてる花柄って、結局カバーかけるからどうでもいいと思ってるからなんですかね、なんか凄く適当な感じするじゃないですか。でももしかするとそういういかにも適当な柄とかのほうが、みんなが自己主張したがってるいまみたいな時代には、逆に新鮮だったりするんじゃないかな、ってふと思いまして。それにいずれにしろ上からカバーかけちゃうんで、実は誰もちゃんとその柄を見たことないんじゃないかな、って説も僕の中にはあって。そうなるとそのありがちな柄こそが、逆にまったく新しい何かに見えたりするんじゃないかなぁ、とか思ったわけです」


「なるほど、それで?」


 島長君の説明には一定の説得力があるような気がするが、やはり肝心なのは、それからどうしたのかということのほうだ。


「もちろん、やめることにしました」


 どうやら島長君も、仕事で嘘をつくのはやめることにしているようである。その点に関しては、先輩であるわたしの影響も少なからずあるのだろうか。しかしわたしも先輩から影響を受けてきたわけで、あるいはこういうのを社風と言うのかもしれない。


「どうしてですか?」


 部長が重ねて訊くと、島長君はなんの迷いもなく答える。


「シンプルにダサかったからです。あくまでも頭の中で思い浮かべたトレーナーに布団柄っぽいのをプリントしてみただけですが、こんなものは誰も着たいはずがないという確信に至りました」


 その理由を聴いた部長は、すっかり好々爺のように目を細めている。


「なるほど。君はまだ若いのに、とても冷静かつ客観的な判断をくだしてくれたようだね。よくぞ未然に防いでくれました。君のように優秀な人材が育ってくれれば、我が社も向こう十年は安泰だろうね」


「いや十年って短いですよ」

「三十年はいけるでしょ」

「そこは五十年とか百年とか言わないと」


 部長の景気のいい発言に、気を良くした社員らが次々に乗っかってみせた。


 そのあともこの会議では、「食べられるお皿」「落とし穴のサブスクサービス」「各種ハラスメント代行業」「レンタル余計なことしかしない人」など、各人から様々な提案がなされたうえで、それぞれが発表者自身の口により潔く却下されていった。いずれも万が一実現していたとしたら、無駄にリスクの大きい実験的なアイデアばかりであり、それらが破棄されることに異議を唱える者はひとりもいなかった。


 ――やらないことならなんでも言える。すなわちこの「未然会議」こそが、風通しの良い我が社の自由な社風を象徴するものなのであって、こんなに夢のある、いや夢しかない職場はほかにはないように思われる。事実我が社の社員らは、例外なく四六時中おやつをつまみながら窓の外を見つめてひたすら空想ばかりしているのであり、これぞまさに最先端の、理想的な勤務先であると胸を張って言いたいところだが、それを口に出して言うのはやめておこうと思う。

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