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少年呪術師  作者: 森新児
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第55話 軍国少年と抜け忍


 ■


 ぼくは住み込みの用心棒としてサーカスのテント小屋で二週間暮らした。

 そのあいだいろいろおもしろいことがあった。

 中でもとくに印象深いできごとが二つあったのでここに書いておく。





 朝の河原でカオルがバイオリンを練習していた。

 マイナー調のさびしい曲だが曲名はわからない。

 ぼくは彼女からすこし離れたところにある大きな石に座り、スマホをいじっていた。


「姉さんは三つのころからバイオリンを習ってる」


 やはり石に座った坊主頭の若者が朝日に目を細め、独り言のようにつぶやいた。

 嵐の二宮くんに似た細面の美少年は江藤(かおる)の弟康成(やすなり)だ。

 康成は今朝も帝国陸軍の草色の戦闘服を着て茶色いショートブーツをはいていた。

 彼が死んだとき着ていた服なのだ。

 右半身に朝日を浴びる康成の足もとに、落ちているはずの影はない。


「姉さん十三歳のとき熊本市民公会堂(現熊本市民会館)でコンサートをやったんだ。大入り満員の盛況でぼくも会場にいた。そのコンサートがレコードになって十万枚も売れたんだよ」


「すげえ!」


「東の諏訪(すわ)根自子(ねじこ)、西の江藤香なんてマスコミが盛んにもてはやした」


 得意げに語ったあと、康成は急に顔を曇らせた。


「でも姉さんにはこころ残りなコンサートだった」


「なぜです?」


「いちばんやりたかったバッハのシャコンヌを演奏できなかったんだ。先生の指導だよ。姉さんの師匠はアンナ・モロゾフって亡命ロシア人でね。二十代前半の美人だったけど、その先生が『バッハはまだはやい』って止めたんだ。姉さんこんどサーカスでシャコンヌを弾くといってる。それを聴くのがぼくは今から楽しみなんだ」


「あのー、康成さんはカオルさんの弟ですよね? 康成さんが年上に見えるからふしぎで」


「姉さんは死んだとき十七歳だった。結核だよ。死んだのは昭和十五年の八月。ぼくは姉さんより長生きした。たった一年だけど。ぼくが死んだのは昭和十九年の四月だ」


「十八歳で出征したってことは志願して?」


「そう。西山中学を卒業してすぐ陸軍に入隊した。四ヶ月の訓練を経て熊本連隊の一兵卒として南太平洋のニューブリテン島ラバウルに向かった。ぼくらがラバウル最後の補充兵だった。ラバウルではいろいろあったけど、ぼくはバイエンって土地を偵察中敵の奇襲にあって戦死した。ぼくの部隊で生き残ったのは一人きりだ。

 ……これを戦場へ持って行った」


 康成は軍服のポケットから折り畳み式のナイフをとり出した。


肥後(ひご)(かみ)だよ。ぼくはこいつが得意なんだ」



 康成は無造作にナイフを投げた。

 川風にあおられ、這うように低く舞っていた枯れ葉をナイフはみごと地面に刺し止めた。


「すげえ!」


 この肥後の守は霊的物質で人間は触れられないが、肥後の守のほうから自然に干渉することはできる。

 ちなみに幽霊が人間に干渉するのは霊界最大のタブーだが、悪霊はこのタブーを平気で破る。


「これでラバウルの野鳥を何羽もしとめた。食料不足だったから喜ばれたよ」


 ポケットにナイフをもどす康成に、ぼくにもナイフ投げを教えて、と頼んだ。


「いいよ、きみも野鳥をしとめるの?」


「いや野鳥よりもうすこし大きな獲物」


「わかった、じゃあ朝飯食ったらさっそくやろう……これ、ぼくだよ」


 康成はポケットからこんどは一枚の、はがきサイズの黄ばんだ紙をとり出した。


「食いしん坊の同僚がいてね。ムラっていうんだけどその人が鳥をしとめたお礼にぼくの肖像画を描いてくれたんだ。バイエンで敵の奇襲にあってただ一人生き残った兵隊がこのムラだよ」


 黄色くくすんだ紙に、小銃を肩へになった康成の全身像が描かれていた。

 紙のところどころに散った黒いしみは康成の血だろうか? 

 エンピツで描いたシンプルなスケッチだが、むちゃくちゃうまい。

 すくない線で康成の顔や身体の特徴――端正で意志の強そうな顔だちや引き締まったスマートな体格――をみごとにとらえている。

 むかしの軍人さんていろいろレベル髙いなあ、と驚いていたら気がついた。


(この絵の感じ、見覚えがある)


 ぼくは康成に尋ねた。


「康成さんの同僚、ムラっていうんですね? 下の名前は?」


「シゲルだよ」


(やっぱり!)


 あまりの事実に紙を持つ手がとっさにふるえた。

 絵がうまいのは当たり前だ。

 武良茂

 それは『ゲゲゲの鬼太郎』の作者水木しげるの本名だ。





 透明な木漏れ日を、すずしげな音が切り裂いた。

 ぼくは飛燕(ひえん)才蔵(さいぞう)と二人で泰平橋のそばにある神社の境内にいた。


「ご覧なせえ」


 才蔵は風車型の手裏剣を投げた。

 サイドスローで投げられた手裏剣は大きな弧を描き、境内を半周して才蔵の手もとにもどった。

 こっちへもどるとき、手裏剣はリンリンリン、と鈴のような音を立てた。


「いかがです?」


 回転する手裏剣を鮮やかにキャッチし、才蔵はにっこり笑った。

 才蔵の手に手裏剣がもどると、断ち切るように鈴の音は消えた。


「すげえ!」


「今の要領でこいつを向かい合った敵の背中めがけて投げるんでさ。そうするとどんな相手も手裏剣が立てる鈴の音に気をとられてスキができます。そこをねらうんでござんす」


「すげえや、必殺技だね」


「ハハ、おそれいりやす」


「でもどうして手裏剣から鈴の音が聞こえるの? 才蔵さんの工夫?」


「……話せば長くなる話ですが、聞きますか?」


「聞かせて聞かせて!」


「じゃあ失礼してそこの床几に座らせてもらいやしょう。三郎さんもどうぞ」


 境内にあった木のベンチにならんで座ると、才蔵は話をはじめた。

 それはぼくがまったく予想していない、数奇な物語だった。





 あっしは伊賀の鍔隠(つばかく)れの里に生まれやした。

 三つのころから忍術修行をはじめて、十三のとき伊賀流忍術免許皆伝になりやした。

 十三歳なんてまだガキですがその年で免許皆伝になった人間は、鍔隠れではあっし以外にだれもいません。

 自分でいうのもなんですが天分があったんでやしょう。

 そのままやってりゃ忍者の頭領ぐらいになれたかもしれませんが、あっしは十三で里から逃げ出します。

 そうです、抜け忍になったんでさ。



 あっしにはすずって名前の、同い年の幼なじみの娘がいやした。

 そのすずと逃げやした。

 長老のいいつけで、好きでもない男と添い遂げられそうになったすずがあっしにいったんでさ。

 才蔵あたしといっしょに逃げて、と。

 忍者の暮らしが窮屈になっていたあっしはすずの言葉に乗っかりやした。

 あっしは優柔不断な性格で、里を抜けるときも自分をどやしつけるきっかけがほしくてぼやぼやしてたんですが、おかげでふんぎりがつきやした……え、すずのことは好きじゃなかったのかって? さあて、どうでしたかね。

 なんせ赤ん坊のころからの知り合いですからね、兄弟みたいなもんで好きとかそういう気持ちはなかったと思いやすねえ……



 二人で逃げ出してすぐのことです。

 あっしとすずは伊勢神宮に向かいました。

 いえ、べつに信心に目ざめたわけじゃあござんせん。

 お蔭参り(お伊勢参り)の参拝客相手に芸人どもがあそこでよく興業うってるんで、その芸人どもに会いたくて行ったんでやす。

 ええ、芸人になりたかったんです。

 あっしは田畑も耕せなけりゃ魚もとれねえ。

 やれることといやあ飛んだり跳ねたりすることだけ。

 そういう技能が生かせる仕事は芸人しかないと、そう思ったんでやす。

 もう日が暮れかかってたんでその日は芸人どもをさがすのはやめて、河原で見つけた小屋に泊まることにしやした。



 夜鷹(よたか)(最下等の娼婦)が使うようなせまい小屋ですが、中はあんがい清潔でした。

 床にゴザが一枚敷かれてやした。

 暑くも寒くもない気持ちのいい晩でした。

 することないんで二人ともすぐ横になりやした。

 あっしもすずも十三で、あっしは女を、すずは男をまだ知りやせん。

 うとうとしてたらすずがいうんです。

 これからどうすんの?

 傀儡衆(くぐつしゅう)の仲間になるよ

 傀儡になってなにすんの?

 曲芸でもやるさ

 才蔵身のこなしが軽いもんね ねえ、芸名はどうすんの?

 芸名?

 そうだよ ただ才蔵ってだけじゃ愛想が悪い 飛燕の才蔵ってどう?

 飛燕……

 そう この名前で舞台でツバメのようにクルっとトンボを切ったら客に大ウケだよ

 飛燕の才蔵か……いいな、それに決めた で、すずおめえはどうすんだ?

 あたしは歌を歌うの

 そういうとあいつは半身を起こし、こんな歌を歌いやした。


 遊びをせんとや生まれけむ

 戯れせんとや生まれけん

 遊ぶ子どもの声聞けば

 わが身さえこそ(ゆる)がるれ……


 鈴のように透明な、明るいあいつの歌声を聞きながら、あっしは眠りにつきやした。



 翌朝珍しくあっしのほうがはやく目がさめやした。

 となりですずはまだ眠ってます。


「なんだよ? 襟巻きなんてして」


 すずはのどもとに赤い布を巻いていやした。


「どうした、寒いのか……」


 寝ぼけまなこをこすりながら手を伸ばすと、指先がひやっとしやした。

 赤い布だと思ったものは、すずが流した血でした。

 刃物でのどを切り裂かれ、すずの命はすでに絶えていやした。



 掟をやぶったあっしらに、長老が刺客を放ったんです。

 あっしが殺されなかったのは十三で免許皆伝となった腕を惜しまれたからでやしょう。

 今から帰ったらゆるしてやる。

 長老はあっしに無言でそういってるんです。

 その日の夕方、河原に野宿していた非人に頼んですずの死体を焼いてもらいました。

 骨を箱につめ、それから山奥の見捨てられた工房にこもって手裏剣を何本も鍛えやした。

 はがねにすずの骨を溶かして鍛えたんです。

 できあがった手裏剣を投げると鈴のような音がしやす。

 風の中であいつが笑ってる。

 そう思いやした。



 それから二年間あちこち放浪しやした。

 逃げるためでなく、里の放った刺客どもをわが身にひきつけ八つ裂きにする殺生旅です。

 二年で三十九人殺しました。

 その中に、すずを殺した相手と長老がいます。

 仇はとった。

 でもそれであいつがよみがえるわけでもねえ。

 生きる目的を失ったあっしがボウフラみてえにふらふら歩いていたら、街道沿いに人だかりができていやした。



 見るとはでな着物を着た玄人らしい女が歌を歌ってる。

 今はあっしの女房になった孫君(まごぎみ)が歌っていたんです。

 こんな歌を。

 

 遊びをせんとや生まれけむ

 戯れせんとや生まれけん……

 

 あっしは全身の力が抜けてその場にひざまずきやした。


「血の匂いがするよ」


 いつのまにか目の前にしゃがんでいた孫が、そんなことをいいやした。


「いやですよ。あたしらは殺しあうために生まれてきたんじゃござんせん。

 遊ぶために生まれてきたんです」


 そういうと孫はにっこり笑いやした。

 情けないですが、あっしは孫の腕に抱かれて号泣しました。

 あっしが泣いたのはあとにも先にもこのときだけです。

 それからあっしは傀儡衆に仲間入りして、流れ流れて九州天草でジェロニモ(天草四郎)さまに会って弟子入りするんですが、これはまた別の話でやすね。

 以上が飛燕の才蔵、鈴鳴り手裏剣誕生秘話の一席でございやす。

 おそまつさまでした。


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