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少年呪術師  作者: 森新児
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第52話 ぼくは用心棒

「早川三郎くん」


 田代金之助から目を逸らした水島は居ずまいをただし、ぼくに声をかけた。


「見ての通りだ。きみのまわりにいるのはすべてこの世ならざるもの。

 わが帝国呪術班と力を合わせてこやつらを祓おう」


「彼らは悪霊じゃないよ」


 さっき淡島団長がいったのと同じセリフを水島に告げた。


「眠りから起きた記念の宴、一夜かぎりのサーカス公演やったらみんなまた眠りにつくと思うけど」


「この世ならざるものに必要なのは眠りではない」


 その瞬間水島の表情が氷結した。


「完璧な死だ」


「……なんだ?」


 ゾクッときた。

 見るとTシャツからはみ出した自分の腕に鳥肌が立っている!

 顔をあげておくのに気力がいるほどの圧力が、頭の上から降ってきた。


「みんなさがって」


 かすれる声でうながすと、幽霊団員たちはすなおにさがった。


「気をつけて」


 左目に宿った花子がぼくにいった。


「水島がなにかしかけてきます」


「どんなしかけだと思う?」


「わかりません。たださっきあなたのポケットにアサシンの歯を忍ばせたときと、同じ能力を使ってくると思います」


「あれか!」


 ちくしょうやっぱり術の正体がわからない、とあせったときだ。


「なにしてるの?」


 頭上から今度は笑みをふくんだ明るい声が降ってきて、同時に圧力が消えた。

 見ると水島のそばに二人の女性が立っている。

 一人は黒いパンツスーツを着たスタイルばつぐんのおとなの女性だ。


(美津子さん)


 そしてもう一人はブルーのポロシャツに白いジーンズという女子大生みたいなかっこうの若い女性だ。


(さかき)嘉子(よしこ)ともうします」


 女性ははきはき名乗った。


「あなたが」


 水島の顔色が変わった。

 日本呪術界の超名門榊家。

 その次代の当主に指名されている若い女性の唐突な登場に、さしもの帝国呪術班班長もうろたえた。


「ここにサーカスのテント小屋があると聞いて姉と見にきました。

 これからサーカスが始まるの? 楽しみ!」


「は、はあ」


 無邪気に目を輝かせる嘉子を前にして、水島は成すすべなくうなだれた。





 テントのそばに大きな黒い車が停まっている。

 榊家の秘書が運転する車だ。

 帝国呪術班はすでに河原から立ち去った。

 突如あらわれた榊嘉子のオーラに圧倒され逃げ出したのだ。

 黒い車のうしろに乗ろうとして美津子さんは急に振り返った。


「お願い三郎くんはここに残って。あなたにサーカスを守ってほしいの」


「ぼくがサーカスのボディガードをするってこと?」


「そう」


 美津子さんがうなずくと、彼女の肩に垂れていた茶髪がスーツの背中へすべり落ちた。


「呪術班の連中はまたかならずちょっかいを出してくる。でもここは熊本よ。あいつらの好きにさせないわ」


 美津子さんの鼻息が荒い。

 それは天草島原の乱や神風連の乱に通じる美津子さんの熊本人らしい反骨心のあらわれ……ではなく女性らしいなわばり意識の発露のようにぼくには見えた。


「このテント小屋に集まった幽霊は悪霊ではないと榊家は判断しました。望みをかなえてやれば、彼らはきっと安らかに眠るわ。むしろ一夜かぎりのサーカスをやる望みを断たれたら、その恨みで悪霊化する可能性が高い。だから三郎くん、呪術班から彼らを守って無事にサーカスをひらかせてあげて」


「じゃぼく今日からここに泊まるんだね」


「そうして。必要なものはわたしが用意するわ」


「サルバドールのことは?」


「今はサーカスに集中して。今日は七月二日。サーカスをやる十七日まで約二週間あるけど大丈夫?」

 

「問題ない」


「夜九時開幕といってたけど起きてられる?」


「夏休みの初日だから昼寝してそなえるよ」


「よかった」


「お姉さま、行きましょう」


 車から顔を出して催促する異母妹に、美津子さんは笑顔でうなずいた。


「じゃ三郎くんまたあとで。お菓子なにがいい?」


「黒糖ドーナツ棒と朝鮮飴」


「あなたが早川三郎くん? 姉からうわさは聞いてます」


 嘉子はぼくを見て、動物園で珍獣を見つけた子どものように目を輝かせた。


「とっても強いんですって? 今度あなたの術でわたしの手足をバラバラにして。お願い!」


「すごいお嬢さんですな」


 去っていく車を見送っていたら声をかけられた。

 黒い烏帽子に黒い狩衣(かりぎぬ)、そしてはでな赤い浅沓(あさぐつ)をはいたやせた男の人がとなりに立っていた。

 どう見ても四十すぎにしか見えないが、あとで年齢(死んだ年)を聞いたら十九だったので驚いた。


二笑(にしょう)です」

 

 と男性は名乗り、天草傀儡衆の一員だといった。


「仲間といっしょに原城で討ち死にしました。あれが女房です」


 二笑は黒地に半襟が赤い着物を着た女性を顎でさした。


「女房の名前は万歳(まんざい)です。あれも原城で討ち死にしました。わしより熱狂的にジェロニモさまを崇拝していたから死んでも悔いはないというとりますが、十九で死んだのはかわいそうです」


「お二人はどんな仕事を?」


「女房はお笑い芸人です。わしが唐の昔話を翻案した台本を書き、あれが舞台で演じました。わしの本職はインチキ陰陽師ですが、そっちは仕事といえるような実績はなんもないです」


 二笑は鼻下から伸びた細長いドジョウ髭をしぶい顔で撫でた。


「嘉子さんのなにがすごいと思ったんです?」


「輝いているというか光をまとっておられますな、あのお嬢さん。そんな人ジェロニモさま以外にはじめて見た。うちの女房とぜんぜんちがう……」


「あんたなにやってんの早くきて!」


 犬を呼ぶように万歳は乱暴に夫を手招いた。


「はいただいま!」


 二笑はもみ手しながら奥さんのところに飛んでいった。

 こうしてぼくのサーカスの日々ははじまった。





 いったん家に帰ったぼくはランドセルに勉強道具、ボストンバッグに着替えをつめた。

 忘れものない? と確認するAにたぶん大丈夫と生返事すると彼女がいった。


「それ持ってくの? もう何回も読んだでしょ?」


 Aはあきれて首を振った。

 ぼくはそのときランドセルに山田風太郎の『魔界転生』を入れていた。

 佐伯俊男が表紙を描いた古い角川文庫だ。

 一目で佐伯とわかる毒々しいのにコミカルなタッチの絵で、上巻の表紙が主役の柳生十兵衛と魔人になった天草四郎、下巻の表紙にやはり魔人になった宮本武蔵が描かれている。

 まだ五回しか読んでない、とぼくはAにいった。


「こういうのは三十回くらい読まないと自慢にならない……」


「どうしたの?」


 急に手を止めたぼくに問いかけるAに返事をせず、机の正面の壁を見つめた。

 二郎兄さんの形見の絵がそこにあった。

 エンピツで描いたスケッチが、額に入れて飾ってある。

 大きな杯の上に十字架をつけたホスチアがあって、それを二人の中年天使が左右から拝んでいる絵。


(サーカスのテント小屋にあった旗と同じ絵だ)


 スマホをとりだし画像検索した。


「……これだ」


 天草四郎陣中旗。

 天草島原の乱で原城にこもった反乱軍が、自分たちのシンボルとしてかかげた旗だ。

 世界三大軍旗の一つともいわれる。

 それと同じものがサーカスのテント小屋のいただきで川風に揺れ、旗と同じモチーフの絵を二郎兄さんが生涯の最期に描いた。

 その絵が今、目の前にある。

 テント小屋に陣中旗があるのは、反乱に参加した者が団員にたくさんいるからある意味当然だ。

 でも二郎兄さんは?


(兄さんはなぜ最期にこの絵を描こうと思ったんだ?)


 とっさに手に持った文庫を見た。

 十兵衛が赤い鞘にこめた刀をにぎっている。

 十兵衛はぼくと同じ片目の人間だ。

 ぼくが見えないのは左目で十兵衛が見えないのは右目でそこはざんねん(?)だが、十兵衛がひらいた左目で見あげる先に天草四郎がいた。

 日本にキリスト教をもたらしたフランシスコ・ザビエルと同じ襞襟(ひだえり)の服を着た天草四郎は「おまえに陣中旗のなぞがとけるのか?」といいたげな嘲笑をうかべ、片目の剣豪を見おろしていた。


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