第51話 団員たち
「ふん、幽霊の祈りとは滑稽だ」
丸盆で敬虔に手を組む傀儡子たちを見おろし、水島はアニメの悪役のようにせせら笑った。
「おまえが薩摩の氏長だな」
水島は次に青い浴衣に赤い帯を締め、髪を大銀杏に結った巨漢を指さした。
「天草傀儡衆の一員として村の祭りで相撲をとったんだな?」
「さようでございます」
「どこの村で相撲をとった?」
「日本全国津々浦々で」
「相撲の目的は賞金か?」
「へえ、お米をたくさんいただきました」
「勝てばもらえるだろうが負ければどうなる? 豊作占いの相撲で負けた力士は厄払いに焼かれると聞くが?」
「負けたことは一度もございません」
「ほおっ!」
水島は興奮したようにリーゼントの前髪をふるわせた。
「デスマッチに一度も負けたことがないとはたいしたものだ。関、これはアマチュア相撲史上最強といわれたおまえの領分だ。薩摩の氏長をどう見る? 勝てるか?」
「……やってみなければわからん」
「ふふ、自信家の関がわからないというのははじめてだ。これは楽しみが増えた。
おまえとおまえは大江海人彦と不破善鬼だな?」
次に水島が指さしたのは二人の若者だ。
水色の着物に赤い長袖シャツみたいな肌着、黒い袴のよそおいは二人とも同じだ。
ただ服装は同じだが海人彦さんは手ぶらで、善鬼さんは腰に大小の刀を二本さしている。
さらにちがいをいうと海人彦さんは色白で小柄だが、善鬼さんは浅黒く日焼けしてプロ野球選手のようにがっちりとした体格の持ち主だ。
「おまえたちは熊本城で起きた神風連の乱に反乱軍の兵士として参加して戦死したんだな?」
神風連の乱は熊本の結社敬神党が明治初期に起こした旧士族による反乱だ。
明治政府の廃刀令が反乱のきっかけで、この翌年起こる西南戦争の呼び水になったといわれている。
当時八歳だった徳富蘆花がこの夜の体験を『恐ろしき一夜』という小説に書き、また三島由紀夫の割腹自決に神風連の思想の影響がうかがえるなど著名な文学者もこの事件に大きな影響を受けた。
「いかにも」
海人彦が鷹揚にうなずく。
体はちいさいが貫禄は充分だ。
「神風連の乱に天草島原の乱。日本の歴史に残る内乱を二つも起こすとは熊本の人間も不穏だな」
「誇り高い気風といっていただきたい」
海人彦は胸を張った。
「誇りは高いが知能は低いな。刀で鉄砲に勝てると思ったのか?」
「ためしてみるか?」
と、そこではじめて善鬼が口をひらいた。
腰の刀に手をかけている。
海人彦はあわてて相棒をたしなめた。
「よせ善鬼」
「ふふ、不破善鬼。おまえ宮本武蔵が興した二天一流の免許皆伝だそうだな。神風連一の使い手と聞くが熊本城で政府軍の兵士を何人斬った?」
「十三人」
「……だいぶ斬ったな。おまえの顔は覚えておく。
おまえとおまえは高森健一と千葉公平だな」
次に水島が指さしたのは白いTシャツに赤いジャージパンツ、白いジョギングシューズというスポーティな装いの二人組だ。
高森健一と呼ばれたのは女の子にもてそうなとっぽい感じの若者で、千葉公平と呼ばれた若者は左目を海賊みたいな眼帯でおおっている。
「高森がボクサーで千葉がそのトレーナーだな?」
「そうです」
眼帯をした公平が応じる。
「高森健一。アマチュアボクシングの名門九州学院在学中、全日本選手権ライト級で当時最年少の十七歳で優勝。一九六四年東京オリンピックのボクシング日本代表に選ばれるが、大会直前の事故でトレーナーの千葉とともに死亡か。ふん」
「なにがおかしいんだよ」
苦笑いする水島を見てケンイチは唇をとがらせた。
「おまえたちは合宿先の阿蘇へ向かう途中、乗っていたバスが崖から転落して死んだんだな?」
「はい。運転手が居眠りしてました」
公平の返事を聞くと水島はあきれたように首を振った。
「事故の可能性がある土地を合宿先に選んだのが悪い。トレーナーのミスだな」
水島の発言を聞いて公平は唇を噛んだ。
「信用できる運転手をやとわなかったのもだめだ。おれが笑ったのはオリンピックという大舞台を目の前にしながら、おまえらがあまりにうかつだからだ」
「KO決着がついてからならなんとでもいえらあ」
といったのはボクサーのケンイチだ。
「でも聞いた風なことはテンカウントのゴングが鳴る前にいってくれ。それにあんたの言葉はラビットパンチだ。感心しねえ」
「どういう意味だ?」
「ラビットパンチは相手の後頭部を殴るパンチさ。強烈なダメージを与える。
でも反則だ」
「ほほう、あんがい頭は悪くないな。
あなたは江藤康成さんですね?」
次に水島が声をかけたのは軍服姿の若者だ。
坊主頭で目鼻立ちがくっきりとした美男子だ。
彼が着ている草色の長袖上衣に草色のパンツ、茶色のショートブーツは歴史の本でよく見る帝国陸軍の戦闘服と同じだ。
ただ一つだけちがうところがある。
軍帽のまん中にある星形バッジの色が赤い。
本来は黄色いはずだ。
「は、江藤です」
康成さんは陸軍の軍人らしく、ひじを張って敬礼した。
「ラバウルで戦死されたのですね?」
水島が幽霊団員相手にはじめて敬語を使った。
軍人に敬意を払っているのだ。
「そうです。バイエン偵察中敵の奇襲にあって戦死しました。昭和十九年四月のできごとです。死んだとき自分は十八歳でした」
「お若い。志願兵ですか?」
「は。西山中学を卒業してすぐ陸軍に入隊しました。四ヶ月の訓練を経て熊本連隊の一員として南太平洋のラバウルへ向かいました。自分がラバウルに送られた最後の補充兵です」
「そちらの江藤香さんはあなたのお姉さまですね? 失礼ですが弟のあなたのほうが年上に見える」
「姉は十七のとき結核で死にましたので」
弟の言葉を聞いたカオルは恥ずかしそうに目を伏せた。
「そうですか……あなたは田代金之助さん?」
水島は黒い詰襟の学生服を着た若者に声をかけた。
江藤康成と同じ坊主頭だが美男子の康成と対照的な、畑からとれたばかりのじゃがいもみたいな顔立ちだ。
「はあ、田代です」
「熊本五高の学生ですね。校長の嘉納治五郎に柔道を習ったと聞きますが?」
「たいして強くないです」
「夏目漱石の弟子とも聞いています」
「夏目先生は五高に新しくやってきた英語教師ですが英語はあまり教わらず、もっぱら俳句を習いました」
「俳句を?」
「はあ。同級生の寺田寅彦が俳句結社を作りまして、自分も同人になりました。夏目先生に顧問になっていただき、いろいろ手ほどきを受けました」
「五高在学中の十九歳で亡くなったんですね?」
「はあ、当時はやりの自転車で阿蘇へ遠乗りに出かけまして、その帰り、道に飛び出した子どもをよけて崖から落ちて死にました。ちょっとあちらさんの死に様と似てます」
金之助はケンイチと公平のボクサーコンビに頭をさげ、二人も無言でうなずいた。
「そうですか。一句詠んでくれませんか?」
「一句? ……できました」
金之助は軽く咳払すると即興でこしらえた句を詠んだ。
「えへん……鈴虫の声が遠のく崖の上」
「……」
水島はなにもいわない。
テント小屋は水を打ったようにシンと静まり返った。
「ぼうや、あにさん」
呼ばれて振り向くと抜け忍の才蔵がそこにいた。
「今あのお人は、なにをいったんで?」
才蔵はこそこそ小声でぼくに尋ねた。
「あっしら学がねえからわからねえんでさ」
「自転車で崖から落ちたときのようすを歌ったんだと思います」
鈴虫の声が遠のく崖の上、という句を思い出しながら説明した。
「自分は落ちていくから崖の上の虫の声が遠のいていくって情景を詠んだ句です。鳴いているのは鈴虫だから季節は秋です」
「おおなるほど……じてんしゃってなんですか?」
「馬みたいな乗り物です」
「おお、やっとわかりやした! 氏長どん、あのお人馬に乗ったまま崖から落ちてお亡くなりになったんだとよ」
「そりゃー気の毒だ」
「おそまつでした」
句を詠んだ金之助はなんら恥じることなくケロッとしている。
一方俳句を頼んだ水島がなぜかうろたえ、いえ……とモゴモゴ冴えない返事をしたのはおかしかった。




