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少年呪術師  作者: 森新児
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第50話 帝国呪術班ふたたび

 自ら小指を切り落とし、淡島はニコニコ笑ってる。

 ぼくは声も出ない。

 カオルは落ちていた小指をタオルにくるむと畳に散った血を雑巾でぬぐい、包丁とまな板を抱えて部屋から去った。

 顔色ひとつ変えることなく。

 淡島は傷口に薬もぬらず、ただ無造作にティッシュを巻きつけた。


「ごらんの通りわたしは白子なので父イザナギに忌まれ海に流されました」


 青ざめたぼくの顔色をまるで気にせず、淡島はさっきと同じように淡々と語りだした。


「しかしわが子の悲運をあわれんだ母イザナミが、わたしに術をさずけたのです。なにをせずとも病やケガが自然に治る不死の術を」


 そう話しているうちに変化があった。


(おお)


 淡島の小指の傷口をおおうティッシュが、地面から芽吹く草のようにむくむく盛りあがった。


「三郎くん、あなたは何歳ですか?」


「は? 十歳です」


「わたしは二万歳になります」


「二万歳」


 思わず腕組みして考え込んだ。


(二万年前って更新世の終わりで最終氷河期のころだな。日本列島がほぼ今の形になったのがそのころだから話のつじつまは合うなあ)


「合いますとも、ほら」


 淡島はぼくの鼻先に左手をかざした。

 切り落としたはずの小指が生えている。


「これが母がわたしに授けた、あらゆるケガや病を自ら癒す不死の術です。この術のおかげでわたしは日本国の歴史とともに、今日まで生きのびることができました。信じてくれますか?」


「……サーカスの団員は、みんな幽霊ですね?」


 カオルさんも、と淡島の復活した小指を見つめながらつぶやいた。

 小指のつけねがうっすら赤くなっているが、見ているうちにそれも消えた。


「なぜ幽霊と思うのです?」


「足もとに影がない」


「なるほど。いかにもその通り、わが柱サーカスの団員は全員幽霊です」


 淡島は大きくうなずいた。


「このテント小屋も幽霊です。建物の幽霊です。霊感のない者は見ることも触れることもできません。

 今ここにいる者で血の通った生者はわたしとあなたの二人だけ。ここでは生者がマイノリティです。外の世界のジプシーやサンカのようにね」


「団員さんたちの素性は?」


「みんな十代で死んだ若い死者で、熊本にゆかりがある者たちです。わたしもです」


「あなたが熊本と?」


「はい。わたくし天草島原の乱に兵士として参戦しました。湯島(ゆしま)将監(しょうげん)の偽名で反乱軍の軍師をつとめたのです。総大将天草四郎さまのもと、四万人の農民兵やキリシタンとともに原城に籠城して戦いました。あのときわたしといっしょに幕府軍と戦った者が団員に何人もいます」


「へえ……あの」


「はい」


 島原の乱では敵の幕府軍に宮本武蔵がいたはずだけど見ましたか? という質問をグッとこらえ、別のことを尋ねた。


「淡島さんはどうして天草島原の乱に参加したんですか?」


「それは……」


 淡島はそこで言葉を切り、宙をうかがった。

 耳を澄ませている。

 ぼくも耳を澄ますとテント小屋のBGMが変わったことに気づいた。

 さっきまで流れていたクラシックの声楽曲に変わってラップが流れている。


(エミネムのCleanin Out My Closetだ)


 トレーラーハウス育ちの極貧層出身のエミネムが自分のおさないころの体験――おもに母親との関係――をつづった曲、とぼんやり思っていると


「おお、音色がなくてリズムしかない音楽とはなんと忌まわしい」


 淡島はあわてて立ちあがった。

 この曲はじめから終わりまで繊細なピアノの音が主調低音として流れるけど、ヒップホップのそういう美しい音ってあんまりリスナーに気づかれないな……と思いながらもう一杯麦茶を飲んだ。

 やばいことが起きる前に水分補給するのは体が弱い人間の鉄則だ。


「なにかあったんですか?」


「帝国呪術班の連中がきました」


 焦った口調でそういうと淡島は部屋を出た。

 やっぱり水分補給しといて正解だったと思いながらぼくは淡島のあとを追った。





 いそいで丸盆に駆けつけると団員たちが客席を見あげていた。

 団員の数は増えて今は五十人ほどいる。


「あちらに」


 カオルはさっきまでぼくたちがいた南席最上段を指さした。

 そこに四人の人間がいた。

 一人は白い着物に赤い袴をはいた若い巫女だ。

 着物の胸もとがだらしなくはだけ、豊かな乳房の谷間が遠くからでもはっきり見える。

 もう一人は白い着物に青い袴をはいた筋骨たくましい若者で、残りの二人はさっき学校で会った水島功児と関樽吉だ。


「おひさしぶりです、淡島さん」


 すでに顔見知りらしく水島は上から気楽に声をかけてきた。

 芯のある太い声が小屋に朗々と反響する。


「帝国呪術班がなんの用です?」


 淡島はか細い声を精一杯張った。


「われわれはまだなにもしていませんが」


「まだということはこれからなにかやるんですね?」


「ここでサーカスの興行をひらきます」


「いつ?」


「七月十七日の夜九時開幕します。一夜限りの興行です」


「死人を使って?」


「彼らは悪霊ではありません」


「どうやって集めた?」


「集めたのではありません」


 淡島は両手を広げ懸命に訴えた。


「地震の直後テント小屋とともにみんなこの場に自然にあらわれたのです。わたしはたまたまこの地にいました。ここがサーカスの小屋とわかって、みんなそれぞれの技量に応じた演芸を披露することに決めました。なぜ彼らが出現したのかはわかりません。二度の地震で天地の法則が狂ったのかもしれませんがわたしにはなんとも……」


「サーカスの目的は?」


「なにもありません。せっかく眠りからさめたのだからにぎやかに宴をひらきたいだけです。宴が終われば彼らはふたたび眠りにつくはず。だから……」


「却下だ」


「は?」


「幽霊のサーカスなどという物騒な催しをわれわれが許可すると思うのか? ただちに解散して自分たちが元いた場所に帰れ」


「元いた場所なんてわかりませんや」


 と威勢のいい声をあげたのは、たもとがない青い筒袖の着物に黒いモンペズボンをはいた団員だ。

 長髪を赤いリボンでポニーテールに束ねている。


「みんな自分が死んだと思ってたのに気がついたらここにいた。きたくてここにきたやつは一人もいませんぜ。いってみりゃみんな迷子だ。帰れといわれりゃ帰りますが道がわからねえ。教えちゃくれませんかね、あっしらの帰り道を」


「そんな道など知らん。おまえ飛燕(ひえん)才蔵(さいぞう)だな? 伊賀鍔隠(つばかく)れ生まれの抜け忍と聞いたが」


「よくご存知で」


「おまえのとなりにいるのが甲賀卍谷(まんじたに)の抜け忍、韋駄天いだてん佐助さすけか」


「さようで」


 佐助の代わりに才蔵がこたえて頭をさげた。

 才蔵は細面の現代的な二枚目だが、ふてくされたように口を閉ざしたままの佐助は鼻の下が長く伸びた猿みたいな顔をしている。


「おまえたちは天草島原の乱で反乱軍に参加して原城で討ち死にしたんだな?」


「はい、おれたち天草傀儡(くぐつ)しゅうはジェロニモさまについていくと決めてたんでそうしやした」



(おお)


 危うく声が出そうになった。

 ジェロニモは天草四郎の洗礼名だ。


「おまえは才蔵の妻だな?」


 とこんど水島が指さしたのは赤地に黄金のししゅうをあしらったはでな着物を着た美人だ。

 彼女を見てドキッとした。

 ちょっとぼくのママに似てる。


「はい。孫君(まごぎみ)と申します」


 孫君が頭をさげると赤い着物が内側の柔らかい肉に押されてむちっと張った。


「ふーん、噂どおりの美人だな。歌と踊りの名人らしいな」


「おそれいります」


「裸になって踊るのか?」


「お客さまがお求めになれば」


「才蔵、おまえたち傀儡は自分の妻を遊女にして毎晩客をとらせたと聞くが本当か?」


「本当です」


「そんな外道なまねをして恥ずかしくないのか?」


「恥ずかしいですよ。

 でも芸が売れなくなったら体を売るしかない。生きるために」


「くだらんいいわけだ。やはり教養がないと罪の意識は芽生えないんだな」


「たしかにあっしらひらがなも読めない無教養な文盲ですが、罪の意識はありますぜ。でもはじめて会ったときジェロニモさまにいわれたんです。自分はまったく罪がないと思う者だけ傀儡どもに石を投げるがよい。わたしは投げない。ジェロニモさまはそうおっしゃいました。そのときおれの女房がジェロニモさまに尋ねたんです。あなたは罪をおかしたことがおありですか? と。すると十五歳のジェロニモさまはほほ笑みうかべてこうおっしゃった。

 『ある』

 その一言を聞いて、あっしらこのお人についていこうと決めたんでさ」


 才蔵が語り終えると多くの団員がいっせいに十字を切った。


「アーメン」


「アベ・マリア」


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