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少年呪術師  作者: 森新児
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第5話 小泉八雲の公園で

 ■


「春は小石の裏さえあたたかい」


 と、むかしだれかがいった。

 その言葉にふさわしいうららかな春の日差しが、円型の広場に降り注いでいた。

 その日の朝、ぼくは熊本唯一のデパート鶴屋の裏にある蓮政寺公園にいた。

 通りに面した鶴屋一階の商品搬入口で、朝早くからおおぜいの社員があわただしく働いている。

 きのうの夜起きた地震の後片づけに追われているのだが、ぼくがいる公園はいたって静かだ。

 自分のほかにいるのはもう一人だけ。

 避難者でごった返していると思ったのにこれは予想外だ。

 ここいらは商業地区だから住んでいる人が少ないのだろう。

 昨夜の天災が悪い夢だったとしか思えないのどかな青空に、そのときふいに黒い流線が走った。


八雲(やくも)邸はぶじよ。屋根瓦一枚落ちてない」


 大きな木の枝から軽やかに飛び降り、わが相棒Aはそういった。

 『怪談』で有名な小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの旧邸が公園内にある。

 Aは今木の上から邸のようすをうかがっていたのだが、彼女の報告を聞いてぼくはホッとため息をついた。


「よかった。八雲邸は熊本の重要なオカルト遺跡だ。地震でこわれてないか心配したけどそれなら安心……」


 といったとき視界のはじっこを、ぼんやりとした光がかすめた。

 今公園にはぼくとAのほかに二十代後半らしい女性がいるだけだが、その女性に三十代半ばくらいの男性が足早に近づくのが見えた。


「エマホー」


 とっさに呪文を唱えた。

 スイッチが入って自分が体感する時間の最小単位が「秒」から「砂」に変わった。

 砂は呪術師独特の時間感覚だ。

 一秒が六〇砂。

 一分が三六〇〇砂。

 スイッチが入った瞬間から時間の密度が一気に高まり、目に見える風景が動画から静画に変わった。

 すべての動きが極端にスローになり、二人の男女はほとんど彫像と化した。

 ぼくは一瞬で観察した。


(二人とも医療服のケーシーを着てる。男が白で女がピンク)


(女はケーシーの上にアディダスの青いジャージをはおってる。男は左手に同じアディダスのピンクのジャージを抱えてる)


(はいてる靴は二人とも同じ。マジックテープで止める白いスニーカー)


(女が左手に本を抱えてる。赤地に白抜き文字のタイトルは『ビートルズ ソングブック』)


(楽譜集だ)


(男はひさしが小さいネイビーブルーのマリンキャップをかぶってる)


(男のケーシーの胸にオレンジの糸で『PO山田』と刺繍がある)


(POはprosthetist and orchotistの略。POとは義肢装具士のことだ)


(なるほど)


(だいたいわかった)


「A」


 術を解除し、ぼくはとなりの相棒にささやいた。


「あの二人だけに聴こえる音楽を流して」


「なにを聴かせるの?」


「ビートルズの『ア・ハード・デイズ・ナイト』」


「OK」


 Aが人さし指でかなたをさすと、それまで思いつめた表情で歩いていた男性が急に足を止め、同時にうつむいていた女性がハッと顔をあげた。

 Aが発した超音波の音楽が、二人の鼓膜とこころを揺らす。

 Aのボディにはアルバム百万枚ぶんのレコードのデータが収録されている。

 三分たち、女の人がうしろにいる男性を振り返った。

 その表情はさっきまでとはくらべものにならないほど明るくやさしい。

 とつぜん脳内に聴こえてきた音楽を不審に思うより、その音楽に感動する気持ちのほうが勝ったようだ。


「あの二人、同棲中のカップルだよ」


 もの問いたげなAに結論だけいった。


「男は安政町通りにある山田義肢装具所の所長、女は川向こうにある熊大病院で働く音楽療法士」


「ナースじゃないの?」


「ナースの制服は白いワンピース。あの人ピンクのケーシーにパンツはいてるからちがうよ」


「こっちにくるとき山田義肢さんのようすは見たわね。ショーケースに飾ってあった義手や義足がきのうの地震で倒れてた」


「たぶん二人とも地震の後片づけで寝てないんだよ。イライラした顔してたから音楽聴かせればリラックスすると思ってさ」


「女の人が本持ってるからビートルズのファンなのはわかるけど、でもなぜア・ハード・デイズ・ナイトを選んだの?」


「あれはジョン・レノンの代表曲だけど、山田さんの帽子を見て。あれジョンが映画でかぶってはやったマリンキャップだよ。少なくとも山田さんがジョンのファンなのはまちがいないから選んだ」


「さすがね」


 山田さんは持ってきたピンクのジャージを彼女にはおらせ、彼女のほうは自分が着ていた青いジャージを山田さんに返した。

 怒って家を飛び出すとき、女性はまちがえて山田さんのジャージを着てきたようだ。

 それぞれ自分のジャージをはおった二人はしばらく見つめあい、それから照れたように笑った。


「仲直りできたみたいね」


「ユイのようすは?」


 Aが自分のこめかみを指さすと、彼女の目から青いビームが放たれた。

 虚空にぼくの家のリビングが映った。

 ユイがソファで毛布にくるまり眠っている。

 きのうの夜月見公園で「寝る場所がない」といったユイを、ぼくは自分の家に連れて帰った。

 当分のあいだうちにいてもらうつもりだ。


「ぜんぜん起きそうにないわ。よっぽど疲れてたのね」


「このままゆっくり休んでもらおう。さてと、次は城を見に行かなきゃ……」


 そのとき公園から出ようとしていた女性がぼくらに気づいた。

 彼女は弾ける笑顔でぼくらに向かって叫んだ。


「がんばろう熊本!」


 ぼくもすかさず右手を突きあげ叫んだ。


「がんばろう熊本!」


 女性は笑顔のまま手を振り、山田さんといっしょに公園から去った。


「さ、わたしたちも行きましょ」


「うん」


 ぼくは去ってゆく山田さんの背中を見つめた。

 彼が公園にあらわれたとき光が見えた。

 あれは山田さんが着ているケーシーの胸ポケットにさされた、医療用メスが放った光だ。

 医療器具とはいえ、抜き身の刃物を持ち歩くのは不穏だが


「自分たちが作っているのは人形の手足ではない。人間の手足だ」


 そう自分を戒めるため、常にメスを持ち歩く人が義肢装具士の中にいる、という話を聞いたことがある。

 きっと山田さんも同じ理由でメスを持っていたにちがいない。

 実をいうと最初に山田さんを見たとき、あのメスで彼女に斬りつけるのではないかととっさに危ぶんだ。

 それほど山田さんの顔つきがけわしかったのだが


(なにも起きなかったな。それにぼんやりとした光だった。たぶん年代物の古いメスでろくに研いでないから輝きがにぶいんだ。あれじゃ人は斬れない)


 考えすぎだったと自分の白髪頭をかき、ぼくはAに続いて公園を出た。


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