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少年呪術師  作者: 森新児
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第48話 赤いテント

 ▲


 一時間目の授業が終わると三郎は二人の高校生と屋上へ行きました。

 わたくし純粋精神体花子は三郎の義眼の中から彼らのやり取りを見聞しました。


「自分は水島(みずしま)功児(こうじ)といいます。孔雀(くじゃく)学園高等部の二年生です」


 そう自己紹介したのはリーゼントヘアーの学生です。


「孔雀学園」


 三郎が敏感に反応します。

 どうやらその学校のことを知っているようです。


「彼は(せき)樽吉(たるきち)。孔雀学園大学国文科の一年生です。自分の二つ年上のボディガードです」


「関です」


 頭をさげる相棒を見ながら水島はのどもとにある孔雀の襟章を撫でました。


「それからもう一つ肩書があります。

 自分は帝国呪術班の四代目班長であります」


「……」


 こんどは返事をしませんでしたが、三郎の顔色が変わったのをわたしは感じました。


「昨日は失礼しました」


 水島はいきなりガバッ! とその場に這いつくばりました。

 土下座したのです。


「部下が独断でアサシンをやといきみを殺そうとしました。自分の監督不行き届きです」


 水島は地面に頭をこすりつけ、関も沈痛な面持ちで頭をさげます。


「もうしわけない!」


「頭をあげてください」


 三郎の態度はいたってクールです。

 水島は素直に顔をあげました。

 前髪がクシャッとつぶれています。


「ぼくは大丈夫です。あなたの部下がなぜ殺し屋をやとったのかだけ教えてください」


「帝国呪術班は民間の呪術師の存在を認めていません。だから……」


「殺そうと?」


「もうしわけない」


「わかりました」


「あの、警察へは?」


「届けません。なにも被害がないから」


「ありがとうございます!」


 もう一度頭を地面にこすりつけ、水島はすばやく立ちました。


「きみのこころづかいに感謝します」


「アサシンはどうなりました?」


「処分しました」


 水島はあっさりいいました。

 まるで燃えないごみを捨てたかのようなそっけないいいかたです。


「そうですか」


「わが呪術班は優秀な呪術師を求めています。早川くん、うちにくる気はありませんか?」


「今はまだないです」


「そうですか。ぼくはしばらく熊本にいます。ホテルキャッスルに泊まっています。気が変わったら連絡をください」


「そうします」


「帝国呪術班はいつでも早川三郎くんを歓迎します。失敬」


 そのまま立ち去るかと思ったら水島は足を止め振り返りました。


「早川くん、きみの左目は光を放つんだね」


「監視カメラで見ましたか?」


「はい、こんどはぜひこの目で見てみたい。

 ああそれからきみに無礼を働いたアサシンですが、あの男をうちで処分したあかしの品を渡しておきます。受けとってください。では」


 受けとれといいながら水島はなにも渡さず、相棒の関といっしょにさっさと屋上から去りました。


「へんな人……ん?」


 わたしは首をかしげる三郎に義眼の中から声をかけました。


「どうしました?」


「ポケットになにか入ってる」


 三郎はジーンズの前側のポケットに手を入れました。


「なんだろう……うわ!」


 なにか熱いものに触れたのでしょうか? 

 三郎がすごい速さで手を振ると、足もとでカチンと固い音がしました。


「その白くてちいさい物体はなんですか?」


 三郎の足もとにそういうものが落ちているのです。


「根もとが赤いですね? お菓子?」


「歯だよ」


「は?」


「歯、tooth。昨日のアサシンの。あの人もう生きてないね」


「おお……どうやってそんなものをあなたのポケットに入れたのです?」


「わからない」


 とつぶやき、三郎は顎からしたたる汗を手首でぬぐいました。





「孔雀学園は東京の学校だよ」


 座って屋上を囲む壁に背もたれ、三郎が話します。


「中高大一貫教育の私立校。靖国神社のそばにあってさ、日本の有名な神秘主義者はみんなここを卒業してる。日本のオカルティズムの超名門校さ」


「帝国呪術班とは?」


「明治政府が作った霊的国防組織だ。警察の手に負えない非科学的事件が彼らの担当」


「あなたと同じですね」


「まあね。昭和のはじめの大本教(おおもときょう)弾圧事件、平成のはじめのオウム真理教の地下鉄サリン事件の裏で暗躍し、大本とオウムをそれぞれつぶしたのは呪術班といわれてる。うわさだけど」


「そのような組織が殺し屋をやとうなんてもってのほかです。警察へ行きましょう」


「むだだよ。呪術班は絶対的アンタッチャブルな組織だ。あらゆる法律から自由で警察も手が出せない。彼らに命令できるのは……」


「だれですか?」


 それには答えず三郎は、水島さん四代目の班長っていってた、とつぶやき指を折りました。


「明治、大正、昭和、平成で四代目か」


「どういうことです?」


「元号が変わるたび呪術班の班長は殉死する。切腹するんだ」


「なんて野蛮な」


「班長の魂は転生するといわれてる。ダライ・ラマのようにね。班長の魂は神代のむかしから存在し、二千年の時を越えてずっとこの国を守ってきた、というのが呪術班がこしらえた神話だよ。班長の魂は転生を繰り返し、今回の転生先があの水島さんの肉体ってわけ」


「なるほど。しかし高校生の班長とは若いですね。呪術班はこの国全体を守る組織なのでしょう? そのトップが高校生とは……」


「きっと優秀なんだよ」


「あなたをスカウトしていました。警察が手出しできないほどの組織なら入ったほうがとくではないですか? 彼らがあなたの味方になればサルバドールとの戦いも有利になるでしょ?」


「殺し屋やとって目ざわりな相手を殺そうとする組織なんてこわいよ。すぐ土下座する人もね」


「日本人は謙虚さを尊ぶのではありませんか?」


「ああいうのは謙虚といわないよ。土下座は自分のプライドを安売りして相手を黙らせる商談テクニックだ。自尊心のデフレがひどすぎる。自分のプライドを安売りする人間は他人のプライドも安売りする。信用できない」


「では帝国呪術班と戦うと?」


「そうなるかもね」


「勝てますか?」


「……」


 三郎は無言で視線を落としました。

 視線の先にひからびた虫の死体のような歯がころがっています。

 三郎が手をかざすと、フッ、と歯が消えました。

 山彦の術でコピーした能力ブラック・ダリアで歯を分子レベルに分解したのです。

 歯が消えると、まがまがしい空気を祓うように風が吹きました。


「カーキチ」


 目の前に舞い降りたカラスに三郎はいいました。


「妙な二人組があらわれた。きみはユイのそばについて彼女を守ってやって」


「カーッ」


 嘴に白い傷があるカラスはするどい声で鳴くと、すぐ飛び立ちました。





 その日は土曜なので授業は半日で終わりました。

 三郎は自宅でAが作ったチャンポンと、美津子さんがおみやげに持ってきたからし蓮根の昼食を食べ、それからすぐマウンテンバイクで出かけました。


「どちらへ?」


「白川の河原。さっきオサムが妙なこといってたから見てくる」


 オサムが見たという赤いテント小屋が本当にあるのかどうか確認しにいくというのです。


 五分ほどで白川に着きました。

 道路をわたるとそこに泰平橋が架かっています。

 信号が赤なので三郎は道路のてまえで自転車を止めました。

 空はくもってむし暑く、汗をかいた三郎の頬を川風が撫でます。


「むかしここに大映の映画館があったって。おやじがいってた」


 三郎が道の左側の白いビルをさします。


「子どものころここで『ガメラ対ギロン』を見たって。映画館の前にいつも幟が何本も立ってて縁日みたいだったって」


「あらすてき」


 川風に揺れる白い幟の幻が、わたしの目に浮かびます。

 信号が変わり三郎はペダルをこぎました。

 泰平橋をわたり、三郎は河原を見おろす土手の舗装路で自転車を降りました。

 ニュースカイホテルが川向こうに見えます。

 駅舎が改装中の熊本駅までここから歩いてすぐです。

 三郎は河原に視線を落としました。

 オサムがいったことは本当です。

 赤いテント小屋がそこにありました。


 高さはおよそ十四~五メートル。

 本城小の校舎よりすこし高いようで、テントのてっぺんに旗があります。

 大きな杯の上に十字架をつけたホスチア(聖体)があって、それを二人の中年天使が左右から拝んでいる、そんな絵が旗に描かれています。

 三郎が首をかしげてつぶやきます。


「あの絵、見覚えある」


「これはサーカスのテントでしょうか?」


「たぶんね」

 

 と、そのとき河原から音楽が聴こえてきました。

 赤いテントの前で、セーラー服を着た少女がバイオリンを弾いているのです。

 弾いているのはサラサーテのツィゴイネルワイゼンです。

 川風が吹いて音がちぎれ、音楽を演奏するのにふさわしくない環境ですが、少女が弾く悲壮な音は離れているわたしの耳にはっきり聴こえました。

 すばらしいテクニックです。

 しかし音楽を聴いているのはわたしたちだけです。

 土手や河原を散歩する人はたくさんいますが、足を止めて耳を澄ます人はだれもいません。

 ただ河原を歩くお年寄りが連れた白い犬だけがピンと耳を立て、バイオリンを弾く少女を熱心に見つめていました。


「まさか彼女が……」


「お知り合いですか?」


「うん」


 バイオリンを弾いているのは白い半袖のセーラー服に紺色のスカート、赤いスカーフ、そして黒髪ショートの清楚な美少女です。

 正直血なまぐさい三郎の生活圏内にいそうなタイプに見えません。


「五歳のころお城の広場で女子高生の幽霊に呪術の手ほどきを受けたって話を前にしただろ? その子に山彦の術も霊波不知火も教わったんだ」


「その女子高生の幽霊が、今バイオリンを弾いていると?」


「……と思ったけどちがうみたい。似てるけどぼくに術を教えてくれた子、あんなに美人じゃなかった」


 恩人の女子高生が聞いたらカンカンに怒りそうなひどいことをいって、三郎はテントが建つ河原へおりました。


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