第43話 LIVE! IN 百目鬼山
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日はとっくに暮れ、山頂は泥のように濃密な闇に包まれた。
しかし拝殿の内部は天井から吊るした電灯の明かりでこうこうと明るい。
かやぶき屋根をいただくこの高床式の建物が、今夜ぼくたちが宇宙からやってきた精神体を歓迎するステージだ。
拝殿は学校の教室と同じくらいの広さで、建物の前には幼稚園の園庭くらいのせまい空き地がある。
空き地には粗末な木のイスが一つだけ置かれている。
拝殿の短い階段を登った軒先にぶら下がっていた注連縄は、昼間のうちにはずした。
今ぼくのまわりには二台のスピーカーと三本のマイクスタンド、ドラムセットと電子ピアノが置かれている。
空き地で低いうなりをあげているのはガソリンで動く大型発電機だ。
ではここでわがバンドThe Small Hornsのメンバーを紹介しよう。
ドラムはサッカーの森本貴幸とレッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムが大好きなバチカンの貴公子フランチェスコ・レオーネ。
フランチェスコが天才的なリズム感の持ち主なのは、彼があやつるアフリカの打楽器アサラトで催眠術をかけられたぼくが身をもって知っている。
ベースと電子ピアノはAだ。
Aはマルチ・プレーヤーでどんな楽器も一分でマスターする。
彼女とフランチェスコがコンビを組むリズム隊がわがバンドの生命線だ。
ついでにいうと音響の調整はAが一人でやった。
ぼくらのバンドはすべての楽器がワイヤレスで、ドラム以外の音は無線で飛ばされいったんAのボディに吸収される。
そして彼女の体内で瞬間的に調整されたあと、左右のスピーカーから音として出力される。
Aのヒューマンミキサー機能は完璧だ。
リズムギターはカラミル。
前のライフで歌手で女優のエレナ・ベルイマンの養女だったカラミルはエレナの世界ツアーに同行し、毎晩養母といっしょにステージに立って演奏したプロだ。
見た目はまぎれもない美少女だが、カッティングの音はメタリカのジェイムズ・ヘットフィールドのように力強い。
リードギターはぼく早川三郎。
去年東京の榊家別邸で静養中、ひまだったからエントリーした小学生を対象にしたギターコンクールで優勝したキャリアを持つ(すごいだろ!)。
好きなギタリストはジョージ・ハリスン。
弾いてるギターはぼくもカラミルも同じギブソンレスポールのミニエレクトリックだ。
そしてボーカルは祖父江唯。
バンドのメンバーでユイだけ音楽の経験がない。
バンマスのフランチェスコはそのことを不安がったが、最初のリハーサルで予想もしないことが起きた。
リハが始まってすぐ、演奏の音が一瞬止まった。
ユイの歌声を聴いた瞬間、メンバー全員の手が
「これは……」
と、とっさに止まったのだ。
みんなユイの歌声に圧倒されていた。
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急に拝殿の中が暗くなった。
天井の明かりが蛍火のように明滅してる。
「A」
「行きましょう」
三郎はAといっしょに庭へ降り、発電機のようすを見に行った。
わたしは拝殿のあがり口に据えられたマイクスタンドの前に立ち、三郎にもらったハンドタイプのカイロで指や頬を暖めた。
もう六月だが夜になると山は冷える。
のどをあたためようとあごをあげたら夜空で瞬く星が見えた。
星を見ていたら、急に悪戯してみたくなった。
まわりに気づかれないよう、わたしは小声でこっそり呪文を唱えた。
(シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた)
呪文を唱え終えると、夜空を掃くように、スーッと一筋流れ星が流れた。
(やった)
思わず笑みがこぼれた。
橋の上で泣いていた女の子みどりを救ったあの夜から、わたしの呪文の力はいちだんと冴えている。
山頂にサンジの姿はまだなかった。
ライヴは午前〇時ちょうどにはじまる予定だが、唯一のお客さまであるサンジがこなければはじめるわけにはいかない。
今夜わたしとA以外のメンバーは黒いスーツに赤いネクタイ、黒い革靴というおそろいの衣裳できめている。
わたしはカラミルのママから借りた黒いドレスを着て、赤いリボンで髪をポニーテールに束ねた。
ドレスを着るのは生まれてはじめてだ。
この服はやくサンジに見てもらいたいと思っていると
「これ、あなたのお姉さん?」
声がしたので振り向くと、カラミルが手にしたうすい茶革の手帳をのぞきこんでいた。
写真を見ている。
黒髪を肩に垂らした白人の美少女が写真に写っている。
少女はリラックスした笑顔を浮かべていた。
とっさに、この人だれかに似てる、と思った。
でもそのだれかがだれなのかはわからない。
ドラムセットに座ったフランチェスコと手もとの写真を交互に見ながら、名前は? とカラミルは尋ねた。
「ラウラ。ぼくの四つ上」
「十四歳?」
「十五歳」
「美人ね。お世辞じゃないわ」
「ありがとう。女性に対するすぐれた審美眼を持つ女吸血鬼にそういってもらえるのは光栄だよ」
「それ皮肉?」
「皮肉じゃないよ。本気の賛辞」
二人のやりとりを聞きながら、レ・ファニュの小説『吸血鬼カーミラ』で、カーミラ=カラミルはレズビアンとして描かれていると三郎がいっていたのを思い出した。
「まあいいわ。昨日あなたがいってた愛する人ってお姉さんのこと?」
「まあね」
「仲がいいのね」
「姉弟だからね」
「あなたいつ日本にきたの?」
「今年の一月。写真はイタリアを離れる直前ローマで撮った」
「お姉さんはローマにいるの?」
「いいやカターニアで両親と暮らしてる。ぼくが急に日本へ行くことになったんでローマへ会いにきた」
「写真を撮ったのはあなた?」
「そう。ライカのフィルムカメラで撮った。ぼく写真が趣味なんだ」
「たしかにスマホを向けられてもこんなすてきな笑顔にならないわね。ねえ」
「なんだい?」
「あなた昨日『ぼくにも愛する人がいる。いや、いた』っていい直したでしょ? どうして?」
「……吸血鬼ってみんなきみのように勘がするどいの?」
「愛に敏感なだけよ」
二人はしばらく無言で見つめあった。
そのときわたしはやっと気がついた。
(髪の色がちがうけどフランチェスコのお姉さん、カラミルにそっくり)
「発電機は大丈夫だ」
拝殿に三郎とAがもどってきた。
カラミルはフランチェスコに手帳を返すと三郎に笑顔を向けた。
「よかったわね、ダーリン」
「みんな最後に作戦のおさらいをしとこう」
三郎がうながすとフランチェスコとカラミルはスーツのふところから、Aはふくらはぎのシークレットポケットから銀色の拳銃をとりだした。
三郎も同じ銃を手にしている。
持ってないのはわたしだけだ。
「これはスピリットガン。榊家が開発した霊的ウェポンだ。引き金を引くと銃弾ではなく光線が出る。
撃ち手の精神力をエネルギーに変換した光だ。
光は肉体を傷つけず、精神の源不滅のティグレのみこわす。
純粋精神体Xにも不滅のティグレはある。
今夜、みんなの力を合わせてそれを破壊する。
撃つ合図はフランチェスコ隊長が出す。隊長、なんかある?」
「神のご加護を。アーメン」
フランチェスコは目をつむると手を組み、神に祈りをささげた。
「エコエコ、アザラク」
カラミルも手を組み、魔女の典礼聖歌を唱えた。
「エコエコ、ザメラク。
エコエコ、ケルノノス。
エコエコ、アラディーア……」
「チチッ」
Aは二度舌打ちして手首でツルリと自分の顔を撫でた。
「怨霊退散」
とつぶやき、三郎は短刀不知火丸の柄で鎖骨をコンコン、と二回軽くたたいた。
Aと三郎がやったのは戦いの前の験担ぎだ。
そこでわたしも二人のまねをした。
シャボン玉の二番の歌詞を口ずさんだのだ。
「シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた
風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ……」
ささやくように呪文を唱えると、今度は夜空に二筋星が流れた。
そのとき闇に耳ざわりな固い音が響いた。
車のタイヤが砂利を散らす音だ。
(サンジがきた)
わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
これからいよいよ真夜中の宴がはじまる。
世界中の人々の運命を賭けた宴が。
榊家の人につれられ、サンジが空き地にあらわれた。
「まあ」
サンジを見たカラミルは熱っぽいため息をつき、わたしはとっさに祈るように手を組んだ。
闇になれた目に、サンジが着ているセーラー服の白さがまぶしい。
今夜のサンジはエル・グレコの絵画『受胎告知』で描かれた天使ガブリエルのような神々しさと美しさを全身にまとっていた。
「ではわたしはこれで」
榊家の人はすぐ帰った。
Aに案内され、サンジは空き地に一つだけぽつんと置かれた黄色い木の椅子に座った。
端正な顔が緊張で青ざめている。
自分が依り代としての重責を果たせるかどうか不安に思っているのだ。
サンジの不安をとりのぞく手段はただ一つ。
彼を熱狂させる。
七十年代ストーンズやツェッペリンのコンサートに集まったオーディエンスのように。




