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少年呪術師  作者: 森新児
38/56

第38話 エクソシスト対呪術師

(体が動かない)


 フランチェスコはこっちを見ておもしろそうに笑ってる。


「いつだい?」


 と彼に聞いた。

 いつ金縛りの術をかけたか聞いたのだ。


「さっきのアサラトさ。あれできみの三半規管を揺らし、全身に音の麻酔をかけた」


「ずるいぞ!」


「進軍マーチが聞こえたときから戦いは始まってるんだぜ」


「アサラトの音はきみも聞いたのにきみには効かないの?」


「車を運転する者は車に酔わないだろう?」


 フランチェスコは腰に手をまわし、そこから銀色に輝く短刀を引き抜いた。


「グラディウス」


 肉厚で幅が広い諸刃の刃を撫でながらフランチェスコはつぶやいた。


「バチカンの聖火で鍛えた霊刀さ。肉体は傷つけず精神のみ破壊する。これからきみの不滅のティグレを斬る。ティグレは心臓の真裏にある、ごくちいさな不可視の球体だ。きみも知ってるね? 精神の源ティグレを斬られたきみは一生廃人として生きることになる。これがバチカン流の裁きだよ」


「不滅のティグレはチベット密教の概念だぞ」


「知的なことに関してバチカンは柔軟なのさ。では祈りたまえ……」


 と、そこでフランチェスコの顔色が変わった。

 ぼくは笑った。


「足が動かないだろう?」


「……マジか」


 自分の足もとを見て美しきエクソシストはうめいた。

 半月が落とす淡い月影を、一本の竹串が貫いている。


()()()か。いつ投げたんだい?」


「きみがタカ・モリモトの話をしてるとき」


「あのときかあ、おしゃべり好きはぼくたちイタリア人のいやしがたい弱点だ」


 フランチェスコは天をあおいだ。

 今彼が立っているところからぼくに短刀は届かないし、膝を曲げられないから串も抜けない。


「でどうする? このまま夜が明けるまでロミオとジュリエットのようにじっと見つめあうのかい?」


「すこし話をしよう。フランチェスコ、ぼくに協力してよ」


「協力とは?」


「ぼくときみで力を合わせてサルバドールを倒すんだ。やつは三度目のカタストロフィを起こすといってる。それがなんだか具体的にわからないけど、もう一度地震に匹敵する天変地異が起きたら、熊本にいるカトリックの信者がおおぜい死ぬ。ローマ教皇はそんなの望んでないだろう?」


「ふむ、地震を起こす能力を持つ人間なんて信じられないが、カトリックを守るという大義はあるね……協力しよう」


「ありがとう!」


「ただし条件がある」


「なんだい?」


「きみのそばにいる二人の女性、平井カラミルと祖父江唯をこちらへわたすんだ。そうすればきみに協力……」


「ことわる」


「本気かい?」


 あまりにも性急なぼくの返事にフランチェスコは面食らった。


「カラミルの正体は吸血鬼だよ、放置するのは危険すぎる。それにもっと恐ろしいのは祖父江唯だ。彼女をこのままにはできない」


「二人はぜったいわたさない」


「なぜ?」


「カラミルにフレンドシップを感じるから。ユイにも。

 ……ユイのことは、愛してるかもしれない」


「おお!」


 夜の球場に、フランチェスコの乾いた拍手が寒々しくこだました。


「すばらしい。そうか、愛してるのか。

 でもバチカンがきみたちをゆるさないといったら? 

 あの子と手に手をとって、命がつきるまで逃げられるところまで逃げるかい? むかしのボニーとクラウドみたいにさ」


「逃避行は豊かな時代ののんきな若者が見る夢だよ。ぼくらにそんなのんきな夢を見る余裕はない」


「そうだね」


「ぼくはどこにも行かない。生まれた土地に呪いをかけられた。カラミルも不死の呪いをかけられている。ユイは別の呪いをかけられた。彼女たちにかけられた呪いをとく。それがぼくの仕事だ。二人はわたさない」


「きみ自身の呪いは?」


「もちろんとく」


「どうやって?」


「自分の父親を殺す」


「……そんなことをして呪いがとけるとは思えない」


「きみのように国境を越えて活動するエリートに、生まれた土地に縛られて生きる人間の気持ちはわからないよ」


「わかるさ。ぼくだって自分が生まれたシチリアに愛情を持ってる」


「ぼくもこの熊本って土地に愛着あるよ。向こうはぼくのことなんか知ったこっちゃないけど」


「そんな無情な相手を命をかけて守るのかい?」


「惚れた弱みだからしかたない」


「イエスは預言者は故郷に受け入れられない、だから足の塵を払ってだまって去るがいいといわれた。きみもそうしろよ」


「去ったところで呪いは影のようについてくる。自分にかけられた呪いを祝福に変えるためにはここで戦うしかないんだ」


「これは昔話さ。川をわたろうとするカエルに向こうまでのせてくれとサソリが頼むんだ。刺すなよとカエルはいって背中にサソリをのせ泳ぎだす。川の真ん中でサソリはとつぜんカエルを刺す。溺れながら、なぜ? とカエルは問う。自分はサソリだからと返事が返ってくる。二匹は溺れて死ぬ。カエルはきみの故郷できみの父親でもある。サソリがきみだ」


「自滅を避けるには足の塵を払って去るしかないって意味?」


「そういうこと」


「ぼくにはできない」


「これまでだ。きみとは友だちになれると思ったのに残念だよ。さて、術の効力がとけたようだ。ぼくの体はもう動くけどきみは?」


「動くよ」


「ではやろう」


 ぼくはベルトの腰から短刀不知火丸を引き抜いた。

 フランチェスコもグラディウスを……と思ったらちがった。

 彼が手にしたのは黒く細長いなにかだ。


「なにそれ?」


「リモコン」


 ふところからとり出したリモコンの赤いボタンを押し、エクソシストは同時に靴の爪先で地面を蹴った。


「ここに散水栓がある」


 フランチェスコは足もとをさした。

 円型のカバーが転がっている。

 彼が今爪先ではずしたのだ。

 こちらからは見えないが、はずれたカバーの下に散水栓が埋め込まれている。

 たぶん三六〇度回転するタイプだ。

 フランチェスコは楽しそうに笑った。


「グラウンドに出る前、機械室に入って時間になったら自動的に水をまくようセットした」


「は?」


 こいつなにいってんの? と思っていたら彼の足もとの散水栓がはっきり見えた。

 上向きの蛇口があって、それに赤い風船がとりつけられている。


(いけねえギリシャ火薬!)


 そう気づいた瞬間シャッとすずしげな音とともに、地面からななめに炎がほとばしった。

 炎は鞭のようにしなりながら旋回した。

 左側からこっちに接近してくる。

 熱風に頬をたたかれ、左目の義眼がカッと熱くなる。


(呪文はまにあわない)


 あわてて頭をさげた。

 炎が頭上を通過し、白髪が数本チリリとこげた。

 一周した炎がまた迫ってくる。

 噴き出す水の角度が変わって炎の軌跡がさっきより低い。


(やべえ体ごとなぎ払われる)


 地面にひざまずいたまま、とっさに左目に指を突っ込んだ。

 引っ張り出した義眼を炎に向かって投げた。

 すると間一髪、轟音とともに鼻先で炎が消えた。

 敵の武器がギリシャ火薬だからあらかじめガラスの義眼に小さな穴をあけ、強力な消火薬をしこんでおいたのだ。


「ハハハハ!」


 しゃがんで散水栓のバルブを閉めていると、頭の上から笑い声が降ってきた。


「そんな火の消しかたはじめて見たよ!」


 見あげた夜空をハンググライダーが飛んでいる。

 操縦士はもちろんフランチェスコだ。


(リモコンでグライダーを呼び寄せたんだ)


 炎が巻き起こした上昇気流をたくみにとらえ、ハンググライダーはすでに手の届かないはるかな高みを飛んでいた。


「今日のところは引き分けだ。また会おう日本の呪術師!」


 笑顔で手を振り、フランチェスコは西の方向へ飛び去った。


「引き分け……いや、今日はきみの勝ちだよ。

 クラウスさんが作ってくれた義眼、一個だめにしちゃったから」


 ぼくはそうつぶやいて手を振った。

 フランチェスコが去ってゆく夜空に、そのとき星が一筋流れた。


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