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少年呪術師  作者: 森新児
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第37話 バチカンの使者

 写生大会が終わり、バスは学校にもどった。

 ぼくは校舎に向かうクラスメートからそっと離れ、正門の外に出るとヒュッと口笛を吹いた。

 するとやわらかい風が足首を撫でた。


「カーッ」


「カーキチ」


 足もとに舞い降りたカラスに白いメモ用紙を見せた。


「白人のかわいい男の子にこれをわたして、相手はそこらへんにかくれてる」


 白い傷がある嘴にメモをくわえると、カーキチはどこかへ飛び去った。

 カーキチはすぐもどってきた。

 嘴にこんどは青いメモをくわえている。

 それを受けとり文面を見た。


「承知」


 びっくりするほどきれいな筆文字でそう書かれていた。


「ありがとうカーキチ」


 ぼくは礼をいうとジーンズのポケットから赤い靴ひもをとりだした。

 羽生豊が「HELP ME」の暗号に使った、あの靴ひもだ。


「カーキチは赤が好きなの」


 カラスと仲がいいユイがそういっていたので、いざというときのためにポケットへ入れておいたのだ。

 カーキチは赤いひもを見るとネコのようにゴロゴロのどを鳴らした。


「これ巣作りに使うのかい?」


 ぼくの問いには答えず、カーキチは赤いひもをくわえると上機嫌で飛び立った。





 六月四日土曜日の夜になった。

 十一時をすぎてから家を出た。

 今夜Aはユイといっしょに上熊本にある早川家の旧居へ行っている。

 Aとユイはたまに旧居の掃除に行って、その日はそのまま向こうに泊まる。

 サンジは自分の部屋ですやすや眠ってる。

 彼は健康優良児で一度目をつむったら朝までぜったい目をさまさない。

 ぼくは家を出ると電車通りを産交タクシーに向かって歩いた。

 段山(だにやま)トンネル前をすぎて通りを離れ、YMCAの裏にある急な坂を登った。


「やれやれ」

 

 額の汗をぬぐいながら坂を登っていると、夜空にそびえる黒い影が見えた。

 あれは照明塔だ。

 あの塔のふもとに藤崎台球場がある。

 今夜の目的地だ。





 球場に入る前、まわりをチェックした。

 敵がへんなしかけをしていたらこまる。

 ぐるっと一周したがなにもない。

 念のため博物館前まで足を運んだが、赤いフィアットが一台停まっているだけだ。

 それで引き返そうとして気づいた。


(物音だ)


 車から聞こえる。

 リズミカルに車体がギシギシ軋む音だ。


(だれかラップの練習してるのかな?)


 車に乗ったラッパーがBGMに合わせて体を揺らし、ラップの練習をする動画を見たことがある。


(エミネムが主演した8mileにそんなシーンなかったっけ?)


 と映画を思い出しながらその場を離れた。

 赤いフィアットはまだ揺れていた。





 一塁側の関係者出入口のカギをあけ、ダッグアウトの中へ入った。

 カギはむかし早川家の内弟子だった人に頼んで手配してもらった。

 ここのカギがあいたら近くの警備会社に通報が行くシステムになっているが、カギを手配してくれた人が警備会社の役員で、その人がシステムにバグをしこみ、通報がどこにも届かないようにしてくれた。

 なんでそこまでしてくれるのかというと、その人がいまだにぼくの父を師として慕っているからだ。

 頭がいかれる前のおやじは人望があった。


「真夜中の野球場でなにをするんです?」


「決闘です」


 物騒な言葉を聞いた父のお弟子さんは、しかし黙ってうなずいた。


「戦うべきときがきたら、迷わず戦え」


 むかし飼っていたネコのクロと庭で遊んでいると、道場にいる父が弟子たちにそう訓示するのが聞こえた。

 今まさに戦うべきときがきた。

 ぼくの話を聞いた父のお弟子さんは、そのことを瞬時に理解してくれた。





 今回は美津子さんを通じて榊家の協力をあおぐことはしなかった。

 美津子さんに依頼されている百人失踪事件と無関係だから遠慮したのだ。

 ダッグアウトからグラウンドへ出ると、濡れた土の甘い匂いがプンと鼻をついた。

 昼間降った雨は夜になってあがった。

 東の空に左側が明るい逆三日月が出ていて、頭の真上にオレンジ色の星がぽつんと見えた。

 カギをジーンズのポケットへ収め、球場全体を見わたした。

 センターのスコアボードにかぶさる黒い影は樹齢千年のクスノキだ。

 三日月の淡い光に照らされ、バックスクリーンに走る数本の亀裂がぼおっと青くにじむ。

 あれは熊本地震の本震でできた亀裂だ。

 地震の被害はほかにもあった。

 外野の芝生はでこぼこに波打ち、内野席の一部もこわれていた。

 藤崎台球場は収容人数二万四千人で、グラウンドの面積一三・六九九㎡、両翼の長さが九九・一一七m、中堅一二一・九二m。

 「甲子園より広い」というのが熊本人の自慢だ。

 ただフェンスは一・八mと低く、そのためむかしは試合中興奮した観客がフェンスを乗り越え、よくグラウンドに乱入したそうだ。

 外野が天然芝で内野が土。照明塔は六基。

 スコアボードはLED電光掲示板だが今は真っ暗……と、そこで自分のそばに白い紙が落ちているのに気づいた。

 ひろって泥を払い、月の光でそれを読んだ。


「巨人

 1 右 長野久義

 2 中 立岡宗一郎(熊本鎮西高卒)

 3 遊 坂本勇人

 4 一 ギャレット

 5 ニ クルーズ

 6 左 亀井善行

 7 三 村田修一

 8 捕 小林誠司

 9 投 菅野智之


 中日

 1 中 大島洋平

 2 ニ 荒木雅博

 3 遊 遠藤一星

 4 一 ビシエド

 5 右 平田良介

 6 左 藤井淳志

 7 三 高橋周平

 8 捕 桂依央利

 9 投 大野雄大」


 書かれているのは四月十九日ここ藤崎台球場で開催されるはずだったが、直前の地震の影響で中止になった巨人対中日戦の予想スタメンだ。

 字はつたない。

 きっと試合を楽しみにしていたちいさい男の子が書いたにちがいない、と思ったときだ。

 三塁側ダッグアウトから音が聞こえた。

 カッカッ

 とか

 シャッシャッ

 という素朴な音が。

 それがシンプルなリズムで繰り返される。

 カッ・カッ・カッ・シャシャシャッ・カッ・カッ・カッ・シャシャシャッという感じ。

 いったん耳についたら離れない。

 静かな潮騒のようにこころ安らぐ音だ。

 やがて音とともに暗がりから一人の少年があらわれた。

 カスタネット+ヌンチャクみたいな打楽器を両手にそれぞれ持ち、たくみにあやつっている。

 ひもでつないだ二個の木の実を打ち合わせ音を出すのだ。

 カッカッが木の実のぶつかる音で、シャッシャッが中身の小豆がゆれる音だ。

 ぼくらはピッチャーズマウンドのそばで向き合った。


「やあ」


 木の実をぴたりと左右のてのひらへ収め、少年は笑った。


「これアサラトっていうんだ。西アフリカの民族楽器さ」


 楽器をポケットに収め少年は完璧な発音の日本語でそういった。

 服装は黒いスーツに赤いネクタイ、足もとは黒い革靴とフォーマルに決めている。

 ぼくはいつものようにグレイのパーカーにブルージーンズに白いスニーカーというカジュアルな格好だから対照的だ。

 あらためて相手をよく見た。


(金色の髪に白い肌、青い瞳、赤くうすい唇)


 はじめてまぢかに見るバチカンのエクソシストは映画『ヴェニスに死す』のビョルン・アンドレセンによく似た、凄絶な美少年だった。

 香水をつけているのか、かすかに甘いいい匂いがする。

 体格はスマートで身長一七〇センチ体重六〇キロといったところ。


「はじめまして早川三郎くん。ぼくはフランチェスコ・レオーネといいます。フランチェスコと呼んで」


 彼が着ているスーツの左胸にエンブレムがあった。

 翼がある怪物の頭に三本の足がついたぶきみな絵だ。

 あれはシチリア州旗だ、と眺めていると


「タカは元気?」


「タカ?」


「あきれた」


 フランチェスコは大人っぽく首を振った。


「タカといえばタカ・モリモト(森本貴幸)に決まってるだろう。カルチョ・カターニアでプレーしていたスーパースターのタカだよ」


「はあ」


 サッカーに興味がないぼくはフルネームを聞いてもピンとこないが、カターニアがシチリア島第二の都市であることは知ってる。

 こちらの反応のあまりのうすさに失望しながら、フランチェスコはいった。


「まだぼくが三つのころさ。地元のサッカー場でカターニアとユヴェントスの試合を見た。その試合でタカがゴールを決めた。ユヴェントスのキーパーが弾いたボールを蹴り込んだのさ。スペインワールドカップで得点王になったパオロ・ロッシのような美しいゴールだった。あの瞬間、ぼくは日本と日本人に恋をした」


 おしゃべり好きなイタリア人らしく、フランチェスコは一気に語った。


「悪いけどサッカーに興味ないんだ。ところできみ」


「フランチェスコ」


「フランチェスコ。ぼくにいいたいことがあるだろう?」


「きみは宮下神父を殺したのか?」


 エクソシストはいきなりど真ん中に直球を投げてきた。


「あれは事故だ」


 ぼくは宮下神父がいったんカトリックの信仰を捨てサルバドールというなぞの人物に帰依したこと、そのサルバドールが神秘的な能力で二度の地震を起こし、さらに三度目をねらっていること、サルバドールはソルダード(神兵)と称する化け物を従えていて自分は今その化け物どもと戦っていることを正直に話した。


「サルバドール……ポルトガル語の救世主か。なるほど」


「ぼくの話信じるかい?」


「信じない」


 フランチェスコはきっぱりいった。


「今回ぼくを日本に派遣すると決まったとき、ローマ教皇がぼくの肩に手を置いてこういわれた。

 フランチェスコ、いかがわしい迷信をふりまく者を退治し、人々を救いなさい、と。

 日本に初めてキリスト教を伝えた聖フランシスコ・ザビエルの目的を知ってる? 布教と迷信の打破さ。ぼくは教皇の期待に応え、先祖の教えを実行する」


「ではどうあっても戦うのかい?」


「そっちがフィールドに誘ったんだよ」


「そうしないときみが出てこないからさ。ぼくはバチカンを敵と思ってない。だから……」

 

 と、そこで右手を動かそうとして気がついた。


(体が動かない)


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