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少年呪術師  作者: 森新児
34/56

第34話 ママとパパ

 ●


 その夜わたしはこんな夢を見た。


 ふと気がついたらお気に入りの赤い水玉のパジャマを着て、一人で暗い廊下を歩いていた。

 左右に向かい合わせに部屋がならんでいる。

 暗闇にペタペタひびくのはわたしのはだしの足音だ。


(ここ、泉田(いずみだ)病院だ)


 壁に泉田病院のイメージキャラクター(?)イズミンのポスターがあった。

 イズミンはタヌキだ。

 たぶん船場山のタヌキの童謡を意識してると思う。

 仄暗い闇にタヌキが着た白い医服がぼんやり浮かぶ。

 首から聴診器をぶらさげたイズミンの絵のわきに


「ここは特別病室のフロアだよ」

 

 とフキダシの文字があった。

 どうやらわたしは泉田病院の最上階にあるとうわさされている秘密のエリアにいるらしい。

 人目に触れられたくないわけありの患者がここに入院していると聞く。

 このフロア専用のエレベーターは職員しか使えないし、フロアの出入口の扉には厳重にカギがかけられている。

 この中に、どうやって自分が入れたのかはわからない。


「気が狂った有名人が入れられるんだって」


 と以前ランがひそひそ声で語った。


(ほんとにそんな人がここにいるの?)


 左右を見わたしたがどの部屋の小窓も銃眼のように小さくて、中のようすはわからない。

 そのとき光が見えた。





 廊下の突き当たり右側の部屋の小窓から、かすかに明かりがもれている。

 その部屋に近寄り、ドアノブに手をかけた。

 カギはかかってない。


「……」


 ゆっくりドアをひらくとそこは個室で、ベッドを囲む白い仕切りカーテンが見えた。

 カーテンの向こうがぼんやり明るい。

 ベッドライトがついてる、となにげなく光を見ていたら


「ユイちゃん、いらっしゃい」


 とカーテンの向こうから声をかけられた。

 ハスキーな、大人の女性の声だ。


「どうぞ入って。ずっと前からあなたとお話したかったの」


 もう一度声がいった。

 いわれるままわたしはカーテンをひらいた。

 ひらいてすぐ甘いいい匂いが鼻をついた。


「こんにちは」


 白い布団をかぶり、ベッドに横になっているのは三十代後半くらいの女性だった。

 布団から出ているのは顔だけだ。

 オレンジ色に染めた髪。

 白い肌。

 吸い込まれそうな黒い瞳。

 重そうな長いまつ毛。

 すっきりとした鼻筋に、厚みがあって濡れ濡れとした艶がある唇。

 顔立ちはエキゾチックだがけばけばしさはなく気品がある。

 フィルムがモノクロだったころのハリウッド女優のようなゴージャスさもあった。


(きれいな人)


 最初にそう思った。

 ていうかきれいすぎる!

 こんなきれいな人がいなかにいたら目立ってしようがないはずだが、わたしは彼女をはじめて見る。

 どうして? と思っていたらベッドの女性がいった。


「早川三郎の母です。千夏(ちか)っていうの」


 千夏さんはにっこり笑った。

 それでなぞがとけた。

 母親が二年前から泉田病院に入院している事実は三郎から聞いている。

 正直母と息子はあんまり似てない。

 ただ吸い込まれそうな黒い瞳はよく似ていた。


「あなたのようなかわいい子が三郎のそばにいてくれてうれしいわ」


 それがお世辞とわかっていても、美人に「かわいい」といわれたらやっぱりうれしい。 


「もう起きる時間だけど、わたし今手が使えないの。悪いけどユイちゃん布団をあげてくれる?」


「は、はい」


 なにげなく布団をめくった。

 すると真っ白な体が見えた。

 布団の下で、千夏さんは一糸もまとっていなかった。

 グラマーな体だ。

 たわわな乳房や、ピンク色の乳首や、たて長でくぼみの深いおへそや、濃い陰毛が目を射た。

 でもわたしの目をよりするどく射たのは、そこにはないものだ。

 肩先、それからふともものつけねあたりで千夏さんの肉体は消えていた。

 そこから先にあるはずの肉体がない。

 千夏さんは両手と両足がなかった。

 傷口はうすいピンクの肉が盛りあがりすでにふさがっている。

 わたしはごくりと下品な音を立てて唾を飲み込んだ。

 巨大な白いイモ虫のような千夏さんの体に、わたしは欲情した。


「ユイちゃん、あなたはとってもいい子」


 千夏さんは健康そうな赤い舌で自分の唇を舐めた。


「でも三郎の最初の女になるのはわたし。

 あなたはそのあと。

 わたしの髪も、耳も、鼻も、唇も、舌も、おっぱいも、おへそも、お尻も、あそこも、わたしの体はすみからすみまでぜんぶあの子のもの。

 すべて愛しいあの子にささげるの。わたしはそのために生きている。この体がイモ虫になっても。それはわすれないでね」


 最後に念を押すと、千夏さんはにっこり笑った。





 そこで目がさめた。

 夢? とぼうぜんとしていると「ちくしょう!」と下の部屋から声が聞こえた。

 となりのソファでAはゴロゴロのどを鳴らしてきげんよく眠ってる。

 わたしは一人で地下の部屋へ降りた。

 青い水玉のパジャマを着た三郎がベッドに半身を起こし、額の汗をぬぐっている。


「ど、どうしたの?」


「いや……へんな夢を見たんだ。もう大丈夫」


 三郎は照れたように笑うと小声で吐き捨てた。


「バケモノめ!」





 夢を見た日の朝、登校してすぐ例のトイレに向かった。

 てまえから三つ目の個室をノックすると「まーだだよ」と返事がある。

 わたしはかまわず扉をひらいた。


「せっかちね。おしっこするならとなりでしてよ」


 面倒くさそうに文句をいうオカッパ頭の女の子に尋ねた。


「は、花ちゃん、三郎くんのお母さん知ってる?」


「……会ったの?」


「し、知ってるの?」


「ええ」


「あの人どうして手足がないの? 生まれつき?」


 花子は首を横に振った。


「あの人の夫、三郎の父親に日本刀で斬り落とされたの」

 

 花子が語る真実を聞いて、一瞬頭が真っ白になった。


「ど、どうしてそんなこと……」


「浮気がばれたの。半藤美津子って知ってる?」


「し、知ってる。半藤出版の社長で三郎くんのスポンサーね」


「その美津子が三郎ママの浮気の相手よ。バイセクシャルなんだって、三郎ママも美津子も」


「……」


「神聖な早川家の道場で二人は愛しあった。もちろん裸で。それが三郎の父親に見つかった。激怒した父親は日本刀を持ち出し、妻の手足を斬り落とした」


「う、浮気はよくないけど、手足を斬るってやりすぎじゃない?」


「やりすぎだよ。実をいうと三郎の父親はその少し前から狂ってたってうわさがある。事件の二年前、三郎の二つ年上の兄二郎が自殺したの」


「お兄さんが……」


「そう十一歳の誕生日に。三郎よりはるかに優れた霊感と呪力の持ち主で、両親は三郎ではなく二郎に早川家の跡目を継がせるつもりだった。その二郎がとつぜん首を吊った。遺書はなくて理由はわからない。それから父親のようすがおかしくなった。母親は言動にへんなところはなかったけど、二郎が死んでから美貌と色気にますます磨きがかかった。溺愛していた次男が死んで、二人ともこころにぽっかり穴があいたんだと思う。ともかくこの事件で三郎ママは手足を失い、三郎は左目を失った」


「え? さ、三郎が?」


「妻の手足を斬り落とした三郎の父親は、次に半藤美津子に刃を向けた。惨劇をまのあたりにし、恐怖のあまり素っ裸で失神した美津子に近づき、父親は彼女の手足も斬ろうとした。

 そこへ三郎があらわれた。

 止めようと声をあげた息子に向かって、父親は振り向きざま小柄(こづか)を投げた。

 投げられた小柄が、三郎の左目を深々とつらぬいた」


「……」


「息子を傷つけ、ようやくわれにかえった父親はそれ以上だれも傷つけることなくその場から逃げた。警察が行方を追ってるけど今もまだ捕まってない。三郎は左目を失ったけど命に別状はなかった。病院のベッドで目をさましたとき、あの子の髪の毛は真っ白になっていた。精神的なショックで色が抜けたんだろうって医者がいった。三郎は父親を自分の手で殺すといってる。うまくいくかどうかわからないけど」


「さ、三郎くんのお父さんは……」


「もちろん呪術師よ。強力な呪力を持つ超弩級の呪術師。呪術師として父親が太陽なら三郎はせいぜいノラネコといったところね。かわいいネコだけど」


「そ、そんなに実力差があるの?」


「あるよ。たぶん一生かかっても追いつけないほどの差が。だいたい三郎は呪術師のくせに人を呪うとか恨むとか、それがどういうことかぜんぜんわかってない。いい子だからそういうネガティブな感情がわからないのよ。三郎の呪力はあとからお勉強で身につけたもの。父親はちがう。父親は呪いと怒りと憎しみに満ちた半生を生きてる。いい子の三郎じゃ太刀打ちできないわ」


「……で、でも」


「なに?」


「は、ハッピーな人と、ハッピーじゃない人が戦ったら、わたしはかならずハッピーな人が勝つと思うけど……」


 花子が、この子なにいってるの? といいたそうな白けた顔になったのであわてて、どうしてそんなにいろいろ知ってるの? とおもねる口調で尋ねた。


「わたしは耳がいいのよ。ここにいても熊本の人間の会話は一つも漏らさず聞いてるんだから」


「す、すごいね。ねえ、三郎くんのお父さんの名前は?」


「早川晴彦」


 ときっぱりいってから、花子は首をかしげた。


「早川千夏、三郎のママは今でも晴彦を愛してるんだって。手足を斬り落とされたのに……ていうか斬られてから前よりもっと晴彦が好きになったんだって。

 大人ってへんだよね?」


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