表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年呪術師  作者: 森新児
30/56

第30話 わたしはクリスチャンとして死ぬ

 ぼくは教会の告解室で宮下神父に語った。





 今藤井達郎の『熊本の猟奇事件』って本を読んでるんです。

 熊本の未解決事件って章があってそこにコップキラー村中直巳が出てきます。

 村中は昭和二十三年一九四八年七月熊本市花園に生まれました。

 作家の村上春樹の一つ年上ですね。

 熊本高校卒業後東京大学英文学科に入学。

 入学してすぐ歴史研究会というサークルに入って、それから学生運動にのめりこみます。

 三年生のとき武装運動グループ最前線に参加、その後一九六九年から一九七四年の五年間東京、イタリア、フランス、タイでテロ活動を行います。

 四回のテロで七人の警官を射殺。

 コップキラー(警官殺し)はそれでついたあだ名です。

 日本で野球の長嶋選手が引退した一九七四年十月、村中は五人のメンバーでクアラルンプール空港を襲撃します。

 しかしこの計画は事前にばれていて、待ち構えていた警官隊の反撃にあい、五人のメンバーのうち四人が射殺されます。

 村中も銃撃戦で左足を撃たれます。

 しかし村中は奇跡的に脱出に成功します。

 村中はこのとき二十六歳。

 国際警察が捜査しますが、その後の村中の行方は杳として知れません。

 本の著者の藤井さんは村中は足のケガが悪化して死んだんだろうと推理しています。

 ぼくもそう思ってました。昨日まで。


 神父さんが会ったとき青木助祭の年齢は五十二歳。

 そこから逆算すると青木と村中の生年は一致する。

 二人の共通点はほかにもある。

 左足の後遺症。

 熊本生まれであること。

 それからなまりがきついのも同じ。

 村中は学生時代友人によく熊本弁をからかわれたと本に書いてあります。

 ふつう逃亡者は出身地をかくすけど、村中にとって熊本弁は指紋のように、いやそれ以上に変えられないものだった。

 クアラルンプール空港から脱出した村中は主に東南アジアを逃げまわった。

 たぶん裏社会でヒットマンのような仕事をやって生計を立てた。

 そして二十七年後の二〇〇一年、村中は青木高彦と名乗ってダッカのスラムにあらわれた。

 どういういきさつで助祭になったのかはわかりませんが、村中は宮下神父のもとで静かに暮らすのを夢見た。

 しかし夢は破れた。

 国際警察の手が自分にせまっていることに村中は気づいた。 

 そこで村中は青木高彦を殺すことにした。


 まずナジームを仲間に引き入れた。

 教会での出世を望んでいたナジームは目の上のたんこぶである宮下神父を排除したくて話に乗った。

 あの夜新しくカギを変えたばかりの教会の扉があいてたんでしょ? 

 あれはナジームが中からあけたんです。

 それから……え? でも撃たれたって?

 あれはアブドゥルが事前に用意した血のり、フェイクです。

 足を撃たれた瞬間心臓発作で死ぬ人も珍しくない。

 なのにナジームのやつ、平気でペラペラしゃべってる。

 おかしいと思ったんだ。

 本当に撃たれた人間はあんなのんきにしゃべれません。

 時間とともに蒸発する染料を使ったから血のりを使ったことはばれなかった。

 ナジームが夜教会に残って仕事したのはあの夜がはじめてですね? ……やっぱりはじめてですか。

 毎晩いっしょに仕事してたら、神父さんが夜教会にいるとき金属バットを用意することぐらい知ってる。

 知ってたらあんな無茶なあおりはしない。

 あの夜事前の予想に反して神父さんがダッカに残るガッツを見せた。

 それであわてたナジームは口汚く罵り、神父さんのこころを折ってダッカから追い出そうとしたんです。

 バカなやつだ。

 どうせ面倒な仕事はぜんぶ神父におしつけて自分は毎晩町で遊んでたんでしょう。

 ナジームの死は自業自得、ぼくは同情しません。


 アブドゥルが村中のさそいに乗ったのは、自分の縄張りから異教徒を追い出したかったからです。

 そのために村中が書いたシナリオ通りの芝居をうった。

 彼らの当てが外れたのは神父さんが自分はレイプされてもいいからナジームを救いダッカに残るという選択肢を選んだことです。

 脅せばふるえあがって日本に帰る選択肢を選ぶにちがいないと彼らは思った。

 神父さんの根性を甘く見たんです。

 彼らは神父さんを暴行する気はなかった。

 その証拠は彼らのビデオカメラです。

 もし神父さんが男にレイプされた動画があって、それがネットにアップされてたら、そういうのが大好きなわが本城町のご婦人がたに確実に捕捉されます。

 でもそんなうわさ聞いたことない。

 たぶんあのときビデオカメラの電源は入ってなかったと思います。

 ビデオカメラは血のりと同じはったりです。

 神父さんを暴行した動画は存在しません。

 ともかくアブドゥルは教会で暴れ、教会から去る、というぜったいやらなければならない最低限の芝居はうった。

 そしてこんどは村中の出番になる。


 村中は何年も前から自分と年齢や背格好がよく似た男を飼っていた。

 その人は多額の借金を抱えて日本から逃げ出した孤独な人です。

 村中はその人の借金を払い、恩を売った。

 あの夜村中は男性をスラムの路地裏へ呼び出し、自分のキャソックを着せ、そして自ら射殺した。

 自分で自分を殺したんです。

 死体は顔を撃たれた。

 パッと見ただけでは死体がだれだかわからない。

 翌日神父さんが遺体の服や体格を見て「青木にまちがいない」と証言する。

 村中がもっとも欲しかったのがこの言葉です。

 ギャングと裏で通じていた地元の警察はすぐ死体を焼却した。

 青木高彦が死んだと聞いて国際警察があわててやってきます。

 地元の警察は死体からとった血や髪の毛を提出します。

 もちろんそれは死体ではなく、村中があらかじめ自分の体からとり、アブドゥルを通じて警察にわたしておいたものです。

 国際警察は受けとった血や髪の毛を分析し、遺体が青木高彦こと村中直巳であると認める。

 認めざるを得なかった。

 こうして青木が死に、村中は自由になった。

 以上がぼくの推理です。





「そうか……」


 額から冷や汗をしたたらせ、宮下神父はつぶやいた。


「ダッカでアブドゥルと再会したときやつがいった。恨むならおまえのアシスタントを恨めと。あれはてっきりナジームのことをいってると思った。ナジームを教会にひきとったことが、わたしとギャングのトラブルの原点だから。でもそうではなかった。

 あれは青木、いや、村中のことをいっていたのか……」


「村中がスナイパーだったことを匂わせるできごとがあったはずです。なにか覚えてませんか?」


「……そうだ。二人でスラムの市場へ出かけたときこんなことがあった。

 わたしが買い物を終え店を出ると村中の姿がない。どこに行ったとさがすと路地の人ごみに彼が立っていた。

 右手を突きだし、頭上に向かってVサインしてる。

 村中が手を伸ばした方向にアパートがあった。屋上できれいなお嬢さんが洗濯物を干していた。

 村中は片目をつむり、Vサインのあいだから屋上の娘さんを見つめていた。

 わたしに気づくとすぐ手を引っ込めたが、あれは……」


「それスナイパーのトレーニングです。標的に目をならすための」


「おお、なんという……」


「エマホー」


 格子窓越しに、神父の面前でパチンと指を鳴らした。


「金縛りの術を解除しました。神父さん逃げてください」


「犯罪者を逃がすのかね?」


「ぼくは復讐を犯罪にカウントしません」


「わたしはナジームやアブドゥルのほかにも殺している」


「ぼく今ある人に頼まれて、去年熊本で行方不明になった百人の人々の行方をさがしています。行方不明者のほとんどが特殊技能のフリーランサーだけど、中に変わり種がいます。

 トゴ、十日で五割の利息をとる強欲なヤミ金業者。

 高校生に覚醒剤を売りつける売人。

 暴力団と手を組み、女性客を薬物依存者に仕立てるホスト。

 弱みを握った女性たちに売春を強要する元締めのババア。

 こういった連中も消えてる。調べたら教会の信者の中に何人か連中の被害者がいる。

 神父さん、あなたが連中を殺したんでしょう?」


「……」


「死体はサルバドールが始末した。そうですね?」


「……そうだ」


「もう時間がない。神父さん逃げてください。ぼくはなにも見てないし、なにも知りませんから」


「三郎くん、これからわたしがいうことを覚えておきたまえ」


 おだやかな表情で宮下神父はいった。


「きみが戦うサルバドールは、われわれ悪人の崇拝の対象だ。でもちんけな新興宗教の教祖をイメージしてはいけない。サルバドールの器量は地震や台風に匹敵する。

 きみはこれから天災そのものと戦うんだ。

 自然に善悪はない。ただ人智を越える巨大なスケールがあるだけだ。

 それからわたしの術の名前はスモール・インパクトという。

 この名前も、忘れてはいけない」


「忘れません。さあはやく逃げて! いったん発動した術は解除できない」 


「逃げる必要はない」


 神父は笑った。


「ありがとう三郎くん、さすがは熊本が誇る偉大な呪術師だ。きみのおかげでわたしにかけられた呪いがとけた」


「神父さん!」


「わたしはクリスチャンとして死ぬ。

 アーメ……」


 その瞬間告解室の天井でなにかが爆発した。





 ぼくが告解室からころがり出るのと、聖体行進に行っていた人々が帰ってくるのが同時だった。

 振り向くと告解室の木の屋根から、ブスブス黒いけむりがあがっていた。


「神父さま!」


「三郎くん!」


 サンジが告解室をのぞきこみ、さゆり先生がぼくを抱き起こした。


「おお……」


 と太いうめき声をあげ、サンジは青ざめた顔で後ずさり十字を切った。 


「サンジさん、どうしたの?」


 といいながら先生はハンカチでぼくの顔をあおいだ。

 汗ばむ頬に淡い風を浴びながら頭上を見た。

 リヴ・ヴォールドの天井にこぶしサイズの穴があき、そこから青い星の光が一筋さしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ