第3話 戦え、と少年はいった
石段のてまえに四人の人間が立っていた。
横にならんでわたしをとおせんぼしている。
逃げ道をなくした恐怖に震えながらわたしは思った。
(この人たち、本当に人間?)
そう思ったのは四人とも見た目が異様だからだ。
まずいちばん右の男は腰みの一枚の格好のおじいさんだ。
全身毛むくじゃらで、手足の爪が鷹のようにぶきみな鉤爪だ。
そのとなりがやはり腰みの一枚の裸のおばあさんで、しなびたヘチマみたいなおっぱいはふつうだが(?)口もとにするどい牙が二本生えている。
そのとなりにいるのは若い女だ。
彼女も上半身は裸でおっぱいをかくすように赤ん坊を抱き、下半身は赤い腰巻きでおおっている。
とくに体に異常はなさそうと思ったとき風が吹き、女の腰巻きがひるがえった。
するとポツン、となまあたたかいなにかが頬を打った。
(え?)
頬を撫でてゾッとした。
女の腰巻きを赤く染めている染料がそのときわかった。
(これ、血)
そしていちばん左にいるのは髪の毛が一本もない小柄なおじいさんだ。
目を閉じ、両手を突き出している。
おじいさんの目は顔になかった。
突き出したてのひらに目はあった。
てのひらの目は小バカにするように、ふるえるわたしに向かってウィンクした。
おびえるわたしのようすを背後から見て、赤い髪の男は満足そうにいった。
「夜一人でうろうろする悪い子にお仕置き……うわ」
男の悲鳴とバサッ! と鳥が羽ばたく音が同時に聞こえた。
振り向くと一羽のカラスが嘴で男の赤い髪をつついていた。
カラスの嘴には白い筋になった傷があった。
(カーキチ)
「カーッ!」
「な、なんだてめえ」
男が両手を振りまわすとカーキチはそれをよけ、石塔のふちにふわりと着地した。
「このクソカラス……」
「これは手の目」
と、そのときとつぜん背後ですずしげな声が聞こえた。
振り向いたとき闇に青い閃光が走って、てのひらに目があったおじいさんが消えた。
「これは姑獲鳥」
次に赤ん坊を抱いた女が消えた。
「これは山姥」
水平に光が走ってヘチマおっぱいのおばあさんが消える。
「それからこいつは山童」
最後に毛むくじゃらのおじいさんが消えた。
(なにが起きたの? あ)
四人が消えた地面に、切断された四体の紙人形が落ちていた。
「紙人形の式神を使うなんてしゃれてるね、おじさん」
白髪頭の男の子はそういってにっこり笑った。
(三郎くん)
今日放課後の校庭で、ふしぎな術を見せた転校生早川三郎が石段の前に立っていた。
柄が赤い短刀を右手に持っている。
刃の先端から青い光を放った、あの短刀だ。
「でもいたずらにしちゃ度がすぎる。気のちいさい子なら恐怖で失神するよこんなの」
「おい」
男は威嚇するように大声でいった。
「ガキでも刃物使ったら正当防衛は認められねえぞ」
「平気だよ」
「や、やめて!」
わたしは悲鳴をあげたが三郎はなんのためらいも見せず、手にした短刀で自分のてのひらをスパッ! と切った。
「……え?」
顔をおおった手のすき間からのぞき見た。
これはどういうこと?
三郎の手から血が一滴も流れていない。
「この小刀、不知火丸っていうんだ」
三郎はパチンと小気味のいい音立てて赤鞘に刃を納めた。
「代々わが家に伝わる霊刀」
「レ、レイトウ?」
「そ。さっきの式神みたいな霊的存在を斬る刀。ふつうの物質や人間の肉体には刃が立たない」
「そりゃいいこと聞いた」
とたんに広場に地響きがとどろき、カーキチが悲鳴をあげた。
「カーッ!」
血相変えて男が突進してくる。
しかし三郎はケロッとした顔でその場に突っ立っていた。
わたしは思わずしゃがんだ。
しゃがんで小声で、いつもの呪文を唱えた。
「ごめんなさいお父さん。ごめんなさいお母さん。あしたは今日よりもっともっとできるようにするからもうおねがいゆるして。ゆるしてください。おねがいします……」
奇妙なことにわたしは呪文を唱えるときだけどもらない。
唱え終え、ホッとしていると頭の上から声をかけられた。
「祈りじゃ恐怖は消えないよ」
(え?)
顔をあげると白髪頭の転校生が、あどけない顔でじっとわたしを見つめていた。
とっさに彼に尋ねた。
「ど、どうすればいいの?」
「戦うんだ」
三郎がそういったとき、真っ赤な髪を振り乱し男が突っ込んできた。
「死ねクソガキ!」
そのとき目の前の闇が人の形に輝いた。
「ステルスモード解除」
姿をあらわした介護ロボットAは、闘牛のように突進してくる男に右ストレートを放った。
軽く放ったパンチに見えたが、大型車同士が正面衝突したようなものすごい音がした。
男は石塔の前までふっ飛んだ。
「と、偉そうにいっても戦うのはぼくじゃないけどね」
三郎はわたしを見て照れ臭そうに笑った。
「ぐええ」
男は地面に這いつくばり、口から血と折れた歯を吐き出した。
たいへんなありさまだがさらに驚くべきことがあった。
男の頭に、髪の毛が一本もない!
ツルッパゲだ。
よく見ると男のそばにくたびれたモップのようなものが落ちている。
(この人カツラかぶってたんだ)
「ケケケケ」
石塔にとまっていたカーキチが、笑いながら手をたたくように羽ばたいた。
「もう大丈夫よ、ユイ」
「Aさん」
抱き締められると彼女のおっぱいが人間のようにやわらかいから驚いた。
「こわかったわね。かわいそうに」
「わ、わたしのこと知ってるの?」
「もちろんよ、祖父江唯さん」
Aはそういって笑うとわたしの頬をやさしく撫でた。
「ぼくもきみのこと知ってるよ」
三郎が会話に割って入った。
「あの子後藤久美子に似てるねってAとよく話してたんだ」
「ご、後藤さん?」
「八十年代人気があった国民的美少女」
「じ、じゃあ似てないよ」
そういいながらわたしは顔の上のほう、左のこめかみあたりを手でそっとかくした。
今までいわなかったがわたしの顔にはアザがある。
左のこめかみを中心に左目を半分おおうように赤黒いしみが広がっているのだ。
こんな顔に似てるといわれたら後藤さんが気の毒だ……と思ったが、三郎の追及はしつこかった。
「いや似てるよ」
「に、似てないって」
「似てる」
「に、似てません!」
「似てるって。きみはジョン・レノンばりに自己評価が低いなあ。極端な自己卑下って自分自身に対するいじめだよ。やめなよそういうの」
「きしょう、顎の骨が折れた。てめえは」
Aにぶっ飛ばされた男はようやく立ち上がると、口から血の霧を吐きながら怒鳴った。
「てめえはなにもんだクソガキ!」
「呪術師だよ」
わたしとの会話をさえぎられ、三郎は不満げに唇をとがらせた。
「呪いをかけるほうじゃなく、呪いを祓うほうの呪術師。警察の手に負えないオカルト案件がぼくの仕事」
「おれがオカルト?」
「お化けが出るって話を聞いた。さっき斬ったけど。ある人から頼まれたんだ。最近この町の公園に女の子を襲う変質者があらわれる。そいつにお灸をすえてくれって。変質者が出るのは決まって月の明るい晩。月見公園は月がいちばんきれいに見える公園だからここで見張ってた。そしたら網を張った初日におじさんがひっかかったってわけ」
「おまえに頼みごとしたのはだれだ?」
「いう必要ないだろ。さ、行こう」
「どこへ? 警察か?」
「ちがう。もっとヤバいところ」
「ま、待て。これにはわけがあるんだ。話を聞いてくれ」
「聞く必要ないね」
「クソ、てめえみたいなガキになにがわかる……なにしてやがる?」
三郎が水飲み場で持参したハンドソープを使って手を洗い出したから男は苛立った。
「おいふざけん……ひええ」
男は急にへんな声をあげた。
男がそんな声をあげたのは三郎がいきなり自分の左目に指を突っ込み、勢いよく目玉を引っこ抜いたからだ!




