第29話 善人なおもて往生を遂ぐ いわんや悪人をや
三人の男がわたしを犯した。
最初にアブドゥルが犯し、やせぎすなのとデブの手下があとに続いた。
残り二人のうち一人は撮影に専念し、あとの一人はおじけづいたのかなにもしなかった。
「撮れたか?」
つまようじをくわえたアブドゥルにそう問われた男が「ばっちりさ」とビデオカメラをかざした。
「じゃあ帰るか」
アブドゥルはつまようじを弾き飛ばした。
つまようじは床をころがり、すぐ止まった。
信者が座る長椅子の下にころがっていた金属バットにぶつかって止まったのだ。
「神父さん、あんたこれからどうする?」
ダッカに残ると答えるとギャングは首を振った。
「あんたの選択が正しいのかおれにはわからない。でもピンチのとき、あんたのような友人がそばにいたらおれはうれしいよ。じゃあな」
アブドゥルは仲間と去り、わたしとナジームがあとに残った。
こちらに背を向け、撃たれた足を床に投げ出したままの少年にわたしは声をかけた。
「ナジームだいじょうぶか……」
肩に置こうとした手は、しかしじゃけんに払われた。
「さわるな」
え? ととまどっているとドスのきいた低い声でナジームはいった。
「汚い手でさわるなといったんだ。女みたいな声出しやがって。あんたに恥ってもんはねえのかよ」
「そんな、わたしはただきみを助けようとしただけ……」
「助けてくれなんて頼んでねえ」
ナジームはわたしをにらみつけた。
「おれは恥より死を選ぶ。それに友人を救うためというのはウソだ。
あんた自分に酔ってる。
前から思ってたけどあんたの信仰は十六世紀の宣教師のようにウソくさい。こんな貧乏な国のスラムにわざわざやってきてボランティアやるなんてご立派だけど、本音は教会内での出世が目的だ。それになれない異国で苦労する自分を鏡に写してうっとりするのも楽しいんだろ? 要するにオナニーだ。てめえのセンズリのだしにされる人間の屈辱なんて考えたこともないだろう? おい、他人をだしにしていい気持ちになるのはやめてくれ!
それともあんた、待ってたのか? 今夜のようにギャングに襲われるのを。
でなきゃあんな情けない声はなかなか出ねえ。よかったな、妄想が現実になって。まったくうす汚ねえもん見せやがって。ああそうか、あんたのような変態は他人に見られながらするのがうれしいんだっけ? こっちはいい迷惑……キャッ」
急に少女のような声をあげてナジームはひっくり返った。
床に倒れたナジームの耳からこんこんと血が流れる。
「わたしは恥を食らって生きることを選んだ」
わたしはナジームの顔をのぞきこんだ。
「きみは恥より死を選ぶんだな? よろしい。きみの選択を尊重しよう」
「フ、ファーザー、待ってくだ……」
わたしはナジームの顔に金属バットを振りおろした。
はじめは歯や骨が折れる固い手ごたえがあった。
しかし何度もバットを振りおろすうち固い手ごたえは消え、あたたかい泥を叩くような、そんなやわらかい感触しか手に残らなくなった。
真っ赤な肉のかたまりと化したナジームを見おろし、呆然と立ち尽くしていると背後で人の声がした。
「こるは……どげんこつね(どういうことですか)?」
声がしたほうを見ると、助祭の青木さんが青ざめた顔で口もとをおおっていた。
わたしはあわてて金属バットを捨て、ナジームはギャングに殺された、とウソをついた。
「あやっどんが!」
激昂した青木さんはすぐ聖堂から去った。
あのとき青木さんが立てたズルズルと左足をひきずる耳ざわりな足音が、今も耳に残っている。
わたしはまた一人になった。
「……」
まわりを見わたし、人がいないのを確認した。
それからバットをひろってタオルでグリップを念入りにぬぐった。
それが終わるとまたバットを捨て、メガネも捨てた。
まっすぐ立ったまま両手をうしろにまわす。
アーメン、といおうとしたが、のどが焼けつき声が出てこない。
わたしは声を出すのをあきらめ、そのまま前に倒れた。
五体投地の要領で体を投げ出したのだ。
まったく受け身をとらず、全身を床に叩きつけた。
衝撃で鼻と歯と肋骨が折れた。
口一杯に広がる血を味わいながらつぶやいた。
「生きてやる」
翌朝スラムの路地裏で青木さんの死体が見つかった。
顔面を銃で撃たれていた。
意識を失い、聖堂の床に倒れているところを見つかったわたしは警察に「昨夜のことはなにも覚えていない」と証言した。
警察は「教会を襲撃し、日本人の助祭を殺したのは外国人やキリスト教に敵意を持つイスラム原理主義グループ」と発表した。
事件の翌日マスコミにグループから犯行声明がとどけられたのだ。
むろんそれはアブドゥルが捜査を撹乱するため出したにせものの声明文だが、警察はそれに乗った。
裏でギャングと通じている警察ははじめから本気で捜査する気などなかった。
わたしはただ路地裏の遺体を見せられ、体格や着ている服から「死体は青木さんにまちがいありません」と証言するにとどまった。
アブドゥルが青木さんを殺したとはいわなかったし、アブドゥルも「ナジームを殺したのは神父だ」といわなかった。
わたしは生き延びると決心した。
いったんそう決めたら法や道徳は乾いたイチョウの枯れ葉のように、わたしのこころから軽々とどこかへ飛んでいった。
それからナジームの遺体も見たが、一つふしぎなことがあった。
拳銃で足を撃たれたはずなのに、ナジームの足から血や傷はあとかたもなく消えていた。
もし足に銃創があったら、それが動かぬ証拠となってアブドゥルもわたしも逮捕されたにちがいない。
しかしそうならなかった。
あれはなんだったんだろう?
年が明け、ナジーム殺害の犯人であるわたしは罪を問われることなく、ぶじ日本に帰国した。
サルバドールに出会ったのは四年前だ。
「信仰がないのになぜ教会にいる?」
これは会った瞬間、わたしの罪を見抜いたサルバドールが発した質問だ。
責める口調ではない。
子どものような好奇心が顔にあらわれていた。
「ほかの世界で生きる術を知らないからここにいます」
「それでは不安だろう?」
「不安です」
「その不安をとりのぞいてやろう」
「あなたの教義でですか?」
「そんなもので不安は消えない。不安を消すのに必要なのは金と、安定した社会的地位と、健康だ。金と地位と健康だけが自信と安心を生む。バカげてると思うか?」
「いいえ真理です」
「おまえに異能をさずける。賢く使えばその能力は巨万の富と、すべての暴力を無効にする圧倒的な力をおまえにもたらす。それに異能者となることで体質が変わるから病気やケガを恐れる必要もなくなる。わたしに死体をささげよ。あとは能力を好きに使え。それが契約の条件だ」
「なぜわたしを?」
「本当に救済が必要なのは善人ではなく悪党だからだ」
わたしはひざまずいてサルバドールの足に接吻し、師弟の契約を結んだ。
わたしは神兵となり、異能と安心と誇りを同時に得た。
二〇一三年のクリスマスイブ、わたしはダッカにもどってアブドゥルと再会し、やつを殺した。
「法と道徳に支配された凡人に復讐はできない。おまえはぞんぶんに恨みを晴らせ。自分の超人性を証明しろ」
わたしはサルバドールの教えにしたがい、ダッカにもどった。
アブドゥルを殺したとき、わたしは生涯最高の安心と誇りを得た。
あのときの感動は忘れられない。
あれほどの感動は、おお、イエスも与えてくれなかった。
わが転向は、あのとき完成した。サンチャゴ……
「わたしの話はこれで終わりだ」
「なるほど」
告解室に自分のつぶやきがやけにドラマチックに響いた。
毒を孕んだ乳香の甘い匂いが、せまい室内にまだかすかに残っている。
「だいたいわかった」
「なにがわかったのかね?」
格子窓ごしの神父の問いに答えていった。
「神父さんがダッカで体験した事件の黒幕です」
「黒幕?」
「はい。神父さんを五人のギャングに襲わせたのは青木高彦こと村中直巳です。青木が偽名で村中が本名です。
村中は今も生きてますよ」
「え……」
ぼくは絶句した宮下神父に自分の推理を説明した。




