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少年呪術師  作者: 森新児
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第28話 神父の三択

「では」


 かすれる声をふりしぼり、壁の向こうに告げた。


「これから、三つ、質問します。すべて、いいえ、と、こたえてください。

 あなたの、術を使った攻撃は、下から、きますか?」


「いいえ」


 頭上の空間を漂う白髪を見つめる。

 変化なし。


「では、横から、ですか?」


「いいえ」


 やはり白髪に変化はない。


「最後、です。上から、ですか?」


「いいえ」


 白髪を見たがやはり変化は見られない。


(だめだ。このていどの揺さぶりで神父の精神は乱れない。失敗した……)


 とあきらめた瞬間だった。

 頭上の白髪がビクン! と跳ねた。

 呪文で霊毛化した白髪が、神父の精神の乱れに反応した!


(術による攻撃は上からくる)


 一瞬喜んだが、すぐまた絶望した。


(そんなことわかったところでなんになる?)


 天井を見ても爆弾がしかけられているようには見えない。

 第一そんなことしたら宮下神父も巻き添えで死んでしまう。


「死体はここへ残す」


 と神父はいった。


(上からの攻撃でぼくを殺し)

(死体はこの場に残し)

(他殺を疑われない)

(それはいったいどういう状況だ?)


 ともかく宮下神父の術が恐るべきものであることだけはわかる。

 神父の落ち着きぶりから察するに、神父はすでに複数の人間を殺害しているのはまちがいない。

 殺しても他殺を疑われないのだから殺し放題だ、と考えていたらまた変化があった。

 家の外をダンプが通りすぎたときのように、お腹がじーんとふるえている。

 告解室の外から、はらわた揺さぶる重厚な音楽が聞こえてきた。

 聞こえてきたのはパイプオルガンの自動演奏で、演奏されているのはカトリックの聖歌だ。


(たしか『そらのかなた』という歌だ)


 海を行く船の航路を夜空の星が照らしている、というような歌詞の曲だ。

 星が神、船が信者、海が人生のメタファーになっている。

 音楽を聴きながら歌の光景を想像した。

 夜の海を行く船。

 夜空で星が瞬く。

 恩寵のように海を照らす星の光。


(ふりそそぐ光……ふりそそぐ、おお)


 そのとき頭の中でイナズマがひらめいた。

 奇跡が起きた。

 不信心者に天啓が訪れたのだ。

 ぼくは歓喜を胸につぶやいた。


「……だいたい、わかった」


「なに?」


 しきりの向こうで神父が立ちあがる音がした。


「わかったとはどういう意味だ?」


 神父ははじめて格子窓越しに顔を見せた。

 ぼくは山彦の術をマスターしている。

 相手の術がわかればコピーして相手に返せる。

 だから神父はあわてたのだが、


「まさかわたしの術が……」


「エマホー」


 メガネの向こうにある神父の目を見つめながら呪文を唱えると、神父は動かなくなった。

 石になったメドゥーサのように。


「告解室を処刑の舞台に選んだのはいいアイディアです」


 ため息ついて神父にいった。


「ぼくの目を見なくてすむ。最後まで見なければもっとよかったけど。

 今あなたに金縛りの術をかけました。しばらくそのままでいてください」


「わたしの術を……」


「コピーしました。今術の標的は神父さんです」


「……」


「まだ時間がある。神父さん、バングラデシュでなにがあったか教えてください」


「そんなこと今さら聞いてどうする?」


 宮下神父は口もとをゆがめて笑った。


「さっきいったがわたしはバングラデシュでキリストへの信仰を捨てた。それ以外のことは話したくないし、それで充分じゃないか。それともイエスを売ったユダの裏切り劇を高みの見物して笑いたいのかね?」


「ちがいます。あなたのキリストへの信仰をとりもどせるかもしれないと思ったんです」


 ぼくの言葉を聞いて神父の顔色が変わった。


「話してください」


「……わかった」


 そして神父は語りはじめた。

 数奇な物語を。





 バングラデシュへ行ったのは、わたしが三十歳になったばかりのころだった。

 首都ダッカのスラム街にある教会に住み込み、三年間布教とボランティア活動に励んだ。

 わたしはまだ若く、自分の未来は希望にあふれていると確信していた。

 ダッカに長く住んでいる青木高彦という人がわたしの助祭となってサポートしてくれた。

 わたしより二十二歳年上で当時五十二歳だった。

 青木さんはわたしと同じ熊本の生まれで、子どものころ車にはねられ、その後遺症で左足を引きずっていた。

 青木さんはそんなハンディキャップをものともしない、陽気でエネルギッシュな人だった。

 なれない異国の活動でナーバスになりがちなわたしを、故郷を離れて数十年たっても抜けない熊本弁で励まし、笑わせてくれた。

 それからスラム街で出会ったナジームという十五歳の少年を助手に雇い、教会で働いてもらった。


 事件が起きたのは二〇〇二年、クリスマスイブの前夜だった。

 その日わたしとナジームは教会の聖堂で、スラムの子どもたちに贈るクリスマスプレゼントを袋につめる作業をしていた。

 時間は夜の十一時ごろだ。

 日本からとどけられた文房具やお菓子を袋につめるのは楽しい仕事だった。


「子どもたちは喜んでくれるかな?」


「大喜びしますよ。日本の文房具はカワイイから」


 カワイイ、と日本語でいってナジームは笑った。

 そうやって二人で楽しく働いていると、とつぜん教会のとびらがあいた。

 ずかずかと乱暴な足音立てて五人の男が聖堂に入ってきた。

 やってきたのはスラムを牛耳るギャングたちだ。

 とっさに足もとを見た。


(ない)


 思わず舌打ちしそうになった。

 夜教会にいるとき用心のためいつも金属バットを足もとに置いているのに、今夜はなぜか見当たらない。

 どこかに置き忘れたようだ。

 入口のカギを頑丈なものに変えたばかりで油断した。


「なにしにきた、アブドゥル」


 ナジームは五人のリーダーらしい、唇の上に傷がある肥った男をにらみつけた。

 ナジームは元ギャングのメンバーで連中とは顔見知りだ。


「ここはおまえたちのくるところじゃない。帰れ」


「異教徒に魂売って仁義を忘れたのか、ナジーム」


「黙れ」


 ナジームはアブドゥルに襲いかかった。

 ジーンズの腰にかくしていたナイフが月光にきらめく。

 と次の瞬間轟音がとどろいた。


「うお!」

 

 足を撃たれたナジームはその場にうずくまった。


「ナジーム!」


「宮下さん、あなたには選ぶことができる未来が三つある」


 血まみれで苦悶するナジームの頭に拳銃を突きつけ、アブドゥルはいった。


「一つ、おれがこの場でナジームを射殺する。

 二つ、おれたち五人があんたをレイプし、それを録画してネットに流す。

 三つ、あんたがキリストへの信仰を捨て日本に帰る。

 どれを選んでもことがすんだらおれたちは帰る。

 選べ」


「そんな……」


「オショモイール ボンドゥープロク リット ボンドゥー」

 

 アブドゥルが口にしたのはベンガル語だ。


「今のはバングラデシュの有名なことわざだ。逆境にあらわれる友こそ真の友という意味だ」


 アブドゥルはナジームの頭を銃で小突いた。


「あんたはナジームの友人かい? 神父さん」


「もちろん」


「あんたの選択にこいつの命もかかってる。それを忘れないでくれ」


「……わかった」


 おびえた顔でこちらを見つめるナジームにうなずき、わたしはいった。


「二つ目の選択肢を選ぶ」


 わたしのこたえを聞いてギャングどもは驚いた顔になった。

 二つ目の選択肢、すなわち五人の男がわたしをレイプし、その光景を録画してネットに流す。

 それがわたしが選んだ自分の未来だ。


(友の命と信仰の両方を守るには、この道を選ぶしかない)


「なにをしている。さっさとすませよう」

 

 呆然と立ち尽くす男たちにそう告げると、わたしは作業のため用意していたブルーシートを床に広げた。


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