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少年呪術師  作者: 森新児
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第26話 熊本のカスパー・ハウザー

「宮下神父は本城町のヒーローさ」


 キッチンでAが作った夕食のハンバーグを食べながら三郎が教えてくれた。


「熊本地震で被災者救助に大活躍したんだ。今にも倒れそうな家に飛び込んで逃げ遅れた女の子を助けたり、救助犬よりはやく瓦礫の下敷きになった人を見つけたりした。救助活動はAもすごかったけど神父もすごいよ」


「み、宮下神父を尊敬してるの?」


 甘く蒸したロバのパンを食べながら尋ねると、三郎は大きくうなずいた。


「尊敬してる。やさしいし物知りだし」


「し、神父さまはロバのパン屋もやってるの?」


「信者の人がやってるんだ。その人が無償で提供するパンを神父はサンジといっしょに毎日車中泊者にくばってる。こっちにきたってことは今日は泉田公園にくばりにいったはず……」


「ウフフ」


 ふいに笑い声が聞こえた。

 スティック状のマタタビを嗅ぎながら、Aが笑っている。

 彼女の夕食はいつもこれだ。

 マタタビはわたしが嗅いでも無臭だが、Aはネコのようにご機嫌になる。


「ウフフフ」


「み、宮下神父わたしにいきなりクイズ出したけど?」


「三択だろ? ぼくも出された。初対面の人にかならず出すんだ。あれ神父のくせ」 


「へ、へんなの。ねえサンジってどんな人?」


「カトリック本城教会の用務員だよ。神父といっしょに教会で暮らしてる。この前二十歳になったばっか」


「す、少し言葉が不自由だったけど」


「ちょっと知恵遅れっぽいんだ。でも性格はめちゃくちゃやさしいから女の子にもてる」


「も、もてるの?」


 気色ばむわたしの態度に気づかず、三郎はうなずいた。


「もてる。この町の男子でいちばんもてる。近所の女子高生はサンジを黒髪のレオって呼んで崇拝してるよ」


「レ、レオ?」


「レオナルド・ディカプリオ」


「あ、そのレオ……」


 たしかに似てるかも。


「も、もっとサンジのこと教えてよ」


「あれ、もしかしてサンジのこと好きになった?」


「そ、そんなんじゃない!」


 図星をさされて思わず大きな声が出た。


「へ、へんなこといわないでよ」


「オホホホ」


「ごめん、悪かった、話すよ」


 口もとをぬぐうと三郎は話をはじめた。

 それはわたしの予想をはるかに越えた、奇妙な物語だった。





 一八二八年五月二十六日、白昼のバイエルン州ニュルンベルクにへんな人物があらわれた。

 彼の名前はカスパー・ハウザー。

 カスパーは自分の名前は書けたが会話はできない一種の野生児だった。

 彼が持っていた手紙によると生まれたのは一八一二年四月三十日。

 手紙にはさらに、少年の父親は騎兵だがすでに死んでいて、少年を父親と同じ騎兵に採用してほしいが手に余るなら殺してほしい、と書かれていた。

 その後の調べでカスパーは生まれてまもなく地下牢に監禁され、水とパンのみで十七年間すごしたことがわかった。

 なんでぼくがカスパー・ハウザーの話をするのかというと、サンジのもう一つのあだ名が『熊本のカスパー・ハウザー』だからなんだ。


 サンジは熊本でいちばんにぎやかなアーケード街上通(かみとお)りにあらわれた。

 気がついたら道に生えてる雑草みたいにとつぜん。

 日付けは平成二十四年二〇一二年四月一日で時間は午前中。

 白いTシャツに黒いジーンズという格好で足ははだしだった。

 保護されたときの身長が一七〇センチで体重が五〇キロ。

 ガリガリにやせて顔や手がひどく汚れていた。

 サンジが持っていたメモには


異能(いのう)惨児(さんじ) 平成八年一九九六年五月一日生まれ」


 とだけ書かれていた。

 発見当時十六歳だった。

 カスパーと同じようにサンジも自分の名前は書けたが、しゃべることはできなかった。

 サンジは中央区大江の森都(しんと)病院に入院し、三ヶ月間治療を受けた。

 担当医がしゃべれないサンジと身ぶり手ぶりでコミュニケーションをはかった結果、意外な事実がわかった。

 サンジは生まれてすぐ日のささない地下牢に監禁され、十六年間なにものかが与えるおにぎりと水のみで生きてきたんだ。

 ね? カスパー・ハウザーにそっくりだろ。

 事実を知ってマスコミは騒いだ。

 東京から有名なジャーナリストが、アメリカから元FBIのプロファイラーがやってきてあちこち調査した。

 もちろん警察もいろいろ調べたけど地下牢の場所や監禁したのがだれなのか、いまだにわからない。





 病院を出たサンジを宮下神父がひきとった。

 教会の用務員になったサンジは神父の手厚い保護と教育のおかげでたどたどしいがしゃべれるようになり、読み書きもできるようになった。

 教会にきて四年目、サンジは一八三センチ七十七キロの堂々たる体格の美丈夫に成長した。

 サンジを監禁したなにものかは彼に異能惨児という名前を与えたが、神父はそれをあらため、彼に伊能三次という新しい名前を与えた。


「惨児ではひどすぎるって神父さんいってたけど、でも三次って名前もどうかと思うよ」


 三郎はちょっと顔をしかめてスープをすすった。


「ど、どうして?」


「だって三の次は四(死)だぜ」


「あ、そうか……ねえ、宮下神父ってちょっとなまりあるよね」


「天草生まれだから天草のなまりが出るのかな。おばあさんが寝物語にかくれキリシタンや天草四郎の伝説を話して、それでキリスト教に興味を持ったっていってた。

 でも宮下神父が本格的に信仰に目覚めたのは、奇跡を体験したからなんだ」


「キ、キセキ?」


「十四歳の夏休み、宮下少年が海で泳いでいたら水平線に立つ、巨大な黄金の十字架が見えたって」


「黄金の十字架……」


 その光景を想像した。

 青い海のかなたに巨大な十字架がそびえてる。

 頭の中でその十字架をよく見ようとしたら目がちくりと痛んだ。

 幻の光に射られたのだ。


「し、神父さまはずっと本城教会にいるの?」


 目をこすりながら尋ねると三郎は首を振った。


「三十歳から四年間バングラデシュの首都ダッカのスラム街にいた。布教とボランティア活動やってたって。帰国して本城教会の神父になった。今年で十二年目かな」


「し、神父さまって何歳?」


「四十五歳。この町の若い子はサンジに夢中だけど、熟女はみんな宮下神父に夢中だ。さゆり先生は宮下神父の洗礼を受けた弟子だけど、あれは神父に惚れてんだってオサムがいってた」


「ほ、ほんと?」


「オサムのいうことだからなあ。ねえ、あしたの夜教会でおこなわれる聖体の祝日にきみも参加するだろう? さゆり先生はクリスチャンだから当然参加するけど、ぼくらのクラスも儀式に招かれてる。オサムや太一やランも参加するから行こうよ。儀式の最後の聖体行進では火を灯したろうそく持って、讃美歌歌いながら夜の町を歩くんだ。おもしろいよ」


「め、めんどくさい……」


「パレードの先頭はサンジがつとめる。超色男が黄金の十字架かついで夜の町を歩くのは見ものと思うけどな」


「行きます」


 わたしは即答した。





 ■


 聖体の祝日は三位一体の主日直後の木曜日におこなわれる。

 聖別されたパンをあがめることで、主イエスをたたえる聖なる儀式の日だ。

 夜七時前、五年A組のクラスメートは本城教会に集まった。説教(ミサ)のあとおこなわれる聖体行進がみんなの楽しみだ。

 コースは教会を出発して細い川を越え、町の歴史遺跡を歩く。

 西南戦争の戦死者の石碑や、加藤清正が朝鮮出征で陣取った蔚山(うるさん)にちなんだ町名が名前に残る蔚山町停留所を訪ねるのだ。

 ちなみに蔚山町の名はすでに地図から消え、路面電車の停留所にしか名前が残っていない。

 それから本城小の校庭で一休みして教会にもどる。

 それが今夜のコースだ。

 昼間はずっとくもりで気温が三十度を越えるほど暑かったが、夜になって空が晴れるといくらかすずしくなった。

 ぼくは白いTシャツにブルージーンズという格好で出かけた。

 ほかのみんなもTシャツを着ている。

 教会尖塔の上に大きな十字架があった。

 月の光を浴び白々と輝いている。

 地震で城のしゃちほこは落ちたが、教会の十字架は不動だ。

 これは信仰のなせるわざなのか。

 さゆり先生は尖塔を見あげると無言で十字を切り、女子の学級委員雨宮蘭も敬虔な顔つきで手を組んだ。


「……」


 ユイはなんだかいごこち悪そうだ。

 ボーダー柄のTシャツの胸もとをかくすように腕組みして、無言で十字架を見あげている。


「なんか匂うぞ」


 クラスの番長(?)オサムはそういって鼻をこすった。


「甘い匂いがする」


「聖堂で乳香焚いてるんだ」


 男子の学級委員でものしりの太一が答える。


「空気を清めるためにやるんだ」


「ふーん」 


「みなさんお待たせしました。どうぞお入りください」


 入口にあらわれたサンジにうながされ、ぼくらはぞろぞろ教会に足を運んだ。

 サンジは今夜も白いセーラー服を着ている。集まっている女の人たちはそれを見て、全員ほんのりと頬を赤く染めた。

 二枚目ってすごいよなあ。

 ただ立っているだけなのに、女の人の顔色があんな風に変わるんだもん。

 ユイがぼくを見て顔色変えるのは、彼女が怒ったときだけなのに……


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