第23話 戦った娘
大塚富士子と元木ルネはまだ戦っていた。
猛烈に組み合い、目にも止まらぬスピードで上になったり下になったりしてる。
これでは霊波不知火は打てない。
へたに打ったらルネに当たるし、すでにひどくエネルギーを消耗してるから二発目はそもそもむりだ。
吸血鬼同士の戦いを、カラミルは青い目でクールに見つめていた。
床を転がっていた二人はパッと離れると立ちあがった。
「やるね」
ババアはニヤニヤ笑いながら舌なめずりした。
おそろしいことに戦うにつれババアは急速に若々しく、きれいになった。
疲れてボーッとしていたぼくはそこであわてて叫んだ。
「ルネしゃべらせるな!」
家族の乗っ取り屋の本質は詐欺師で、詐欺師の武器は言葉だ。
だからぜったい富士子にしゃべらせるなと事前にアドバイスしたのだが
「さすがは自分が生き延びるために親を殺した娘だねえ」
「……」
(あ、ヤバい)
ババアの言葉がルネのこころを刺した。
その痛みがぼくにもはっきり伝わった。
言葉の痛みで棒立ちの彼女の首に、寄生虫ババアは猛然と食らいついた。
白い肌に牙が食い込み、噴水のように血が噴き出す。
「ルネ!」
「ひひひ」
「……このときを待ってた」
すっかり血の気が引いたルネの青ざめた顔に、微笑がうかぶ。
「なんだって?」
「あんたがわたしを捕まえたんじゃない。わたしがあんたを捕まえたんだ。ババア、
地獄へ落ちろ」
ルネはジーンズのポケットからなにかとりだし、それを富士子の頭にバサッとかぶせた。
「ぎゃっ!」
ババアの頭を青い炎が包む。
ババアの頭をおおったのは青いスカンディナヴィア十字架を描いた、フィンランド国旗のペナントだ。
さっき豊がこれをルネに渡した。
ルネはペナントをたたんで腰のポケットへ入れた。
高貴なカルンシュタインの血を引くカラミルから洗礼を受けたルネは、吸血鬼なのに十字架に触れても平気な体になっていた。
「ぎゃあ!」
どんなに引っぱり引き裂こうとしてもペナントはとれない。
富士子の頭をおおっていた青い炎はいつしか彼女の全身をおおった。
「さ、サルバドール……」
救い主に救いを求めた直後、大塚富士子はドッと床に倒れた。
顔が無惨に焼けただれている。
ルネはあお向けの富士子に馬乗りになった。
「三郎、刀を」
ぼくが投げた不知火丸をたくみにキャッチし、ルネは両手に持った抜き身の刃を頭上にかざした。
「なぞなぞです」
「……」
フォークでぐちゃぐちゃにかき回したピザみたいな顔のババアに、ルネは重ねていった。
「なぞなぞです!」
「……どう、ぞ」
「朝は四本足、
昼は二本足、
夕方は三本足、
夜は一本足で歩く。
この生きものはなんでしょう?」
「……人間?」
「不正解」
青い流線が走った。
ルネは不知火丸で富士子の心臓をつらぬいた。
「正解は吸血鬼だよ、ババア」
「ルネ、地獄で待って……」
言葉の途中で富士子は灰になった。
富士子が着ていた豹柄のワンピースをつらぬき、床に深々と突き刺さった不知火丸が、ぼくの目にからかさお化けの一本足のように見えた。
「ルネ!」
「大丈夫?」
ぼくとカラミルは倒れたルネのそばに駆けつけた。
「ありがとう。手当てはしなくていいの。ねえ、わたしの話を聞いて」
あお向けになったルネは柔和な笑みを浮かべ、ぼくとカラミルに淡々と語った。
自分が体験した地獄を。
わたしのお父さんは直也、お母さんは道子というの。
お父さんはハンドメイドの靴職人でお母さんが靴のデザイナー。
お客さまの注文に応じてお母さんが靴のデザインを考え、お父さんがそれを靴にするの。
本城町の自宅の一階が作業場で、二人はいつもいっしょにそこで働いた。
わたしもちいさいころから二人のそばで図鑑を読んだり見よう見まねで靴を磨いたりして遊んだ。
わたしが靴ひもの結び方にくわしいのは靴屋の娘だからよ。
わたしたちはいつも作業場にいた。
外に出るのは犬の散歩のときだけ。
地味だけど静かでしあわせな日々だった。
それはわたしが大きくなっても続いた。
でもしあわせは、ある日唐突に終わった。
あいつらは去年の一月とつぜんうちにやってきた。
なぜうちをねらったのかはわからない。
あいつらはウィルスみたいなものよ。
生き延びるため人に感染する。
宿主が死んだら別の宿主をさがす。
ただそれだけ。
やってきてすぐ作業場で、ババアがいっしょに連れてきた若い男の人の血を吸ったの。
男の人はあっという間に灰になった。
わたしたちは呆然とそれを見ていた。
こうして有無をいわせず支配が始まった。
ババアは毎朝わたしたち家族にくじを引かせた。
細長く丸めた三本のティッシュの中から一本引かせるの。
しっぽが赤いくじがはずれ。
負けたものはその日の食事が一回に減らされ、トイレも一回しか行けなくなった。
食費や水道料金を節約するためとババアはいった。
なぜそんなことを? と考える余裕はわたしたち家族になかった。
わたしは毎朝祈りを込めて必死にくじを引いた。
悲しい祈りだった。
やがてわたしたち家族はお互いを憎むようになった。
それがババアのねらいだった。
久保田と木島がお母さんを犯した。
嫌がっていたのは最初だけですぐお母さんは喜びだした。
お父さんはわたしのそばで膝を抱え、お母さんの声を聞いていた。
その翌日こんどはお父さんがババアを抱いた。
ババアのあげる獣じみた声を、お母さんがわたしのそばでじっと聞いていた。
「ちまちま節約するだけじゃ足りないね。あんたらあしたじゃんけんしな。
負けたやつは死んどくれ」
ある日ババアは無造作にそういった。
あしたは燃えるごみの日だから忘れないよう出しといて、というような力みのない気楽な口調だった。
翌朝わたしたちはじゃんけんした。
お母さんが負けた。
わたしとお父さんはババアにわたされたロープをお母さんの首にかけ、左右から引っ張った。
首の骨が折れる音と、水がしたたる音がした。
「ルネ」
と一言だけいってお母さんは死んだ。
死体はババアが始末した。
死ぬときお母さんがもらしたおしっこの後始末はお父さんがした。
それからしばらくしてまたババアがいった。
「やっぱりあしたもう一人死んでもらおうかね」
わたしとお父さんはじゃんけんした。
わたしがグーでお父さんがチョキ。
「おやじさんの負けだ」
とうれしそうに明がいった。
作業場にお客の木型を並べる鉄製の棚があった。
ボルトで固定された頑丈な棚が。
棚の柱にロープを結び、お父さんの首に縄をかけ、ロープのもう一端をわたしが持った。
苦しめたくなかったから力一杯ロープを引っ張った。
鉄の棚が鈴のようにふるえた。
「ルネ」
とお父さんもいった。
お父さんはすぐ死んだ。
死ぬときお父さんはうんこをもらした。
後始末はわたしがした。
もうわたししかいなかったから。
それから明となんどもセックスした。
生き延びるため。
でもあいつに血を吸われることだけは拒否した。
吸血鬼になったら仲間意識がめばえてやつらへの復讐心が消えると思って。
だから拒否した。拒否してよかった。
今日こうして復讐を果たすことができたから。
「わたしの話はこれでおしまい」
カラミルに抱かれたルネはぼくを見つめて、さびしそうに笑った。
「もうすぐわたしは死ぬ。でも死んでも両親に会えないな。二人は天国にいるけど、わたしは地獄に行くから……」
「それはちがうよルネさん、いや沙弥さん」
唐突なぼくの呼びかけに彼女は驚き、目を見ひらいた。
「わたしの本名を知ってるの?」




