第22話 なぞなぞとクイズのちがい
「あなたたちの前に早川三郎くんと元木ルネさんがいます」
カラミルが無表情に語る。
「二人のうちのどちらかが吸血鬼です」
「なんだって?」
大塚富士子と手下どもに動揺が走った。
「さっきわたしが咬みました」
カラミルはベーっと長く舌を伸ばした。
舌の表面に血がついてる。
「わたしが血を吸ったのは真実とおわかりですか?
では問題です。
二人のうちまだ人間なのはどちらでしょう?
あなたたちの代表者がこちらが人間だと思うほうの血を吸ってください。
咬み傷があるので体のチェックはだめです。その代わり質問は一人三つまでOKです。
正解したらなぞなぞの神聖な力が働き、わたしと三郎とルネは体が動かなくなります。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。
まちがえたらあなたたち四人の体が動かなくなります。
ではおこたえください」
大塚富士子は仲間と顔を見合わせた。
「だれかわかるかい?」
「質問が三つゆるされてる」
最初に元刑事の木島が手をあげた。
「坊やとルネの二人に質問だ。なにを聞かれても『いいえ』とこたえてくれ。あなたは吸血鬼ですか?」
「いいえ」
とぼく。
「いいえ」
とルネも答える。
「二つ目の質問だ。あなたは人間ですか?」
「いいえ」
「いいえ」
「では最後の質問。あなたはわたしたちの中に、殺したい人間がいますか?」
「いいえ」
「いいえ」
「どうだい?」
「……最後の質問で表情が動いた」
木島は顎の無精髭をざらりとこすった。
「二人とも。二人同時に表情が変わったらもうわからん」
元刑事は肩をすくめた。
「なんだよそりゃ。今のは警察でやるウソ発見器の尋問法だろ?」
こんどは元ボクサーの久保田が前に出た。
「さぐりを入れるなら小手先のジャブじゃだめだ。全力でストレート打ち込まねえと。二人に聞くぜ。
さっきうしろのねーちゃんに血ぃ吸われるときどんな感じがした?」
「痛かったです」
とぼく。
「血管の中で鈴のような音がしました」
「ルネが吸血鬼だ」
久保田はきっぱり断言した。
「小僧が人間だ」
「本当かい?」
「まちがいねえ。あんたに血を吸われたとき、おれも鈴の音を聞いた」
「そうかい? じゃあ血を吸うのは」
牙を剥いたババアがぼくに視線を向けた。
「待てよおふくろ」
「なんだ明、おれのこたえがちがうってのか?」
「そうはいわねえよアニキ。でも鈴の音のことは白人のお嬢ちゃんがあらかじめ二人に伝えてたかもしんねえ」
明にそういわれて久保田はウッと言葉につまった。
「最後におれに質問させてくれ」
チェ・ゲバラのTシャツを着た巨漢はぼくらにいった。
「トリビアなこたえが出るのはクイズだ。なぞなぞのこたえはもっと個人的なものだ。
二人に質問します。なにを聞かれても『はい』と返事をしてください。
あなたはおれのことが好きですか?」
「はい」
「はい」
「……ルネが人間だ」
「どうしてだい?」
いきり立つ養母に明はいった。
「もしルネが吸血鬼だったらおれたちに同族の親しみを抱く。それが逆らえない吸血鬼の本能だ。今のルネにそんな感情はまったくねえ。あるのはおれたちへの憎しみだけだ。はいと返事するときそれがはっきり見えた」
明はさびしそうに笑った。
「憎しみは前からルネが持ってるいちばん強い感情だ。ぜんぜん変わってねえ。あいつがまだ人間の証拠だよ」
「じゃあ?」
「ああ、おれがやる」
巨漢は赤いジャンパーを着た不良娘の前に立った。
「おまえの血を吸うぜ、ルネ」
明はルネの首に巻かれた赤いスカーフをするりとほどいた。
すると白い首に、ちいさい穴が二つあいているのが見えた。
「え?」
「不正解」
とうしろのカラミルが告げ、同時にルネが明ののどもとに咬みついた。
「ぐわ!」
明は暴れたがルネは食らいついて離れない。
筋肉が断裂し骨が砕ける音がした。
明の首からほとばしった血が、鞭のように養母の顔をたたく。
「明!」
悲鳴をあげる養母の目の前で、巨漢はあお向けに倒れた。
「ルネ」
ピクピク痙攣しながら明は笑った。
「愛してる」
「あんたのは愛じゃない。支配だ」
そう吐き捨てるとルネは赤いスカーフを投げた。
スカーフの下で明は白い灰になり、あっという間に散った。
吸血鬼といえども、血を吸われたら人間と同じように灰になる。
「なぞなぞの神聖な力が働く前にガキどもを殺すんだよ!」
大塚富士子が絶叫した。
「そうすればきっとサルバドールが助けてくださる。ルネ、よくもわたしの息子を」
「息子? 愛人でしょ」
ルネはせせら笑うと牙を剥いた。
そのときぼくの顔面に濃厚な血の匂いが吹きつけてきた。
久保田と木島が左右から襲いかかってくる。
ぼくはその場でコマのように旋回した。
二人のあいだのわずかなすきまを走り抜け振り返った。
手首のところで切断された木島の手が床に落ちていた。
手にした短刀不知火丸を振るとザッと夕立のような音がした。
刃についた血が床をたたく音だ。
木島は痛がるそぶりも見せず、ハンカチのように気楽に自分の手を拾うと、それを手首に押し当てた。
手はあっというまにくっついた。
「小僧に近づくのは危険だ」
右手首をもみながら木島は相棒に告げた。
「あれは霊刀だ。心臓を突かれたら吸血鬼も死ぬ」
「じゃあ離れてやるか。おれも現役のときはインファイトよりアウトボクシングが得意だった」
そういって久保田は大きく口をひらいた。
とたんに口から真っ赤な火の玉が吹き出した。
ぼくはあわてて不知火丸を立てた。
なんとか火の玉を受け止めたが衝撃で体がクローゼットまでふっ飛んだ。
(さっきベッドを破壊したのはこれか)
刃にべっとり血がついてる。
顔にも血が散った。
原理はわからないけど血が火の玉の燃料なのだ。
すぐ木島が二発目の火の玉を放った。
「この盃を受けてくれ」
床に尻もちついたまま刃で火の玉を弾き返し、呪文を唱えた。
「どうぞなみなみ注がしておくれ」
「小僧がなにか狙ってる」
と木島。
「じっとしてたら的になる。動け」
そういうと久保田は肥満した体格からは想像できないすばやさで上半身を上下動させた。
ボクシングのダッキング、相手のパンチを外すディフェンステクニックだ。
フットワークも使ってるからこれを捕まえるのは素人には不可能だ。
いっぽう木島は深く膝を折ると低い姿勢でまっすぐ突っ込んできた。
足を刈る超低空タックルだ。
ぼくは構わず呪文を唱えた。
「花に嵐のたとえもあるぞ」
「バカ木島正面から行くな!」
相棒久保田の悲鳴に木島は笑顔でこたえた。
「やわらの道は一本道!」
木島は低い姿勢を保ったまま口から火の玉を放った。
勢いに乗った火の玉が弾丸の速さで飛ぶ。
すさまじい血風に白髪がチリリと焦げた。
「さよならだけが
人生だ」
不知火丸の先端から青い光がほとばしった。
光は火の玉を粉微塵にし、木島の口にスポッと飛び込んだ。
「ぐほっ」
光は木島の体内をたてにつらぬき、肛門から飛び出した。
心臓を破壊された木島は前のめりに倒れながら空中で灰になった。
そのうしろから猛然と久保田が襲いかかった。
「もう一回呪文唱えるひまねえぞ!」
至近距離から火の玉をぶつけようと久保田は口をあけた。
「食らえ!」
「あんたがね!」
ぼくは釣り人が釣り竿を引くように、まっすぐ突き出した不知火丸を手前にクイッと引いた。
すると濡れ雑巾を壁にたたきつけたようなにぶい音がした。
「おまえの光……」
その場に棒立ちになった久保田が、口から血を吐きながらうめいた。
「曲がるのか?」
「曲がるよ」
ぼくが放った光は背中から久保田をつらぬいた。
木島を倒した光がブーメランのようにもどってきたのだ。
「霊波不知火は精神力であやつる。コブラのサイコガンのようにね」
「コブラか。なつかしいこといいやがる。まだガキのくせに……」
背中から心臓をつらぬかれた久保田は前のめりに倒れ、すぐ灰になった。
散る灰にかすかに松ヤニの匂いがまじっている。
ボクサーは試合のときリングシューズの裏に滑り止めの松ヤニを塗る。
ツンと鼻をつくその匂いが、かつてボクサーだった吸血鬼の栄光と曳航のはかない名残りだった。




