第21話 なぞなぞ勝負
ぼくたちは二階の寝室に逃げ込んだ。
失神したルネはカラミルが一人で運んだ。
化け物に追われて二階に逃げたキャラはかならず殺される。
それがホラー映画の鉄則だが今はそんなのかまってられない。
寝室に入ると、ベッドのまわりに四人の家族が倒れていた。
父親の義春と息子の豊はランニングシャツにトランクス、母親の美咲と長女の真理は白いブラジャーにパンティという半裸の格好だ。
みんな頬がげっそりこけてるが生きてる。
家族を部屋のすみに寝かせ、ルネを床に横にするとぼくはカラミルと二人で重いダブルベッドを持ちあげた。
「せーの!」
ドシンとにぶい音がしてベッドが立った。
ベッドをバリケードにして入口をふさいだのだ。
「くさいわ」
手をはたきながらカラミルは顔をしかめた。
部屋のすみに足が弱った老人が使う四角いポータブルトイレがあった。
大塚富士子は家族にこれで用を足させていたのだ。
食と排泄は人間の生命と尊厳にかかわる。
家族の乗っ取り屋はだから最初にそれを奪う。
「空気を入れ換えよう」
と窓をあけて危うく鼻をぶつけそうになった。
ぶあついシャッターが降りている。
「鍵がかかってる。まいったな」
「このスケぶち殺すぞ、ですって」
家族にそれぞれ毛布をかけながら、こんなときなのにカラミルは楽しそうに笑った。
「すてきよダーリン。わたしも汚い言葉で罵って」
「ひざまずいてぼくのひざを舐めろ」
書棚を漁りながらそういった。
「はいご主人さま。でもなんでひざなの?」
「足の甲舐められたらくすぐったいから」
「フフ、ねえもっといって」
「ぼくのネコになれ」
「はいご主人さま」
「返事ははいじゃなくてニャン!」
「ニャン」
「あなたたちヘンタイ?」
そこであきれたようなだれかの声が聞こえた。
ぼくは書棚にあったトーベ・ヤンソンの『たのしいムーミン一家』のページをめくりながら「起きてたの?」と元木ルネに尋ねた。
「気を失ったのはふりよ」
自分の首をもみながらルネは「きみさっきなにをしたの?」と尋ねた。
「声の波紋を放った。早川家に伝わる武器としての発声法さ。波紋をぶつけてテレビを破壊し、その跳ね返りをあなたにぶつけた。人質がほしかったんだ。乱暴なまねしてごめんね」
「平気よ。でもどうしてわたしに直接波紋をぶつけなかったの?」
「あなたバカ?」
カラミルが口をはさんだ。
「そんなことしたら内臓破裂よ」
「あ、そっか……坊や」
「早川三郎です」
「三郎くん、なにさがしてるの?」
「フィンランドの国旗。義春さんフィンランド語の翻訳者だからどっかにありそうだけど……」
フィンランドの国旗は白地に青いスカンディナヴィア十字架を描いたものだ。
「吸血鬼は十字架が苦手だから武器になると思って」
「そんなのとっくにわたしが捨てたわ、ババアの命令で」
「そうなんだ」
がっかりしたがそれでもなにかないかと書棚を漁った。
「カラミルさんあなたも吸血鬼でしょ?」
ふしぎそうにルネが尋ねた。
「あなたは十字架平気なの?」
「ドラキュラ一族のように粗野な連中といっしょにしないで。カルンシュタイン家の者は平気よ。わたしは神さま信じてるし」
「そうなんだ。ねえ三郎くん、きみババアたちやっつけたいんでしょ? わたしにいいアイディアあるけど」
「そういや豊の赤い靴ひもはあなたのアイディア?」
「そうよ」
「さっき簡単ななぞなぞを出したのも?」
「きみたちを招き入れるためのアイディア」
「なんでそんなに協力的なの?」
するとルネはきっぱりいった。
「復讐」
「……」
ぼくは書棚から振り返った。
ルネがまっすぐこっちを見ている。
迷いのない澄んだ目だ。
「ねえ、わたしの話聞く?」
「聞くよ」
ぼくはルネと向き合った。
「そのやり方で後悔しないね?」
「しないわ」
「命がけだよ」
「望むところよ」
ルネがうなずく。
「わかった。じゃあまずカラミルに……」
「早川くん」
呼ばれて振り向くとこの家の長男である豊が目を覚ましていた。
その目ががちゃ目だ。
極端に疲れた人はよくこんな目つきになる。
でもやっぱりルネと同じ目だ。
疲労の底に意志がある。
焦点の定まらない目でぼくを見つめて豊はいった。
「ぼくにもアイディアあるよ」
「ここへ」
豊たち家族をクローゼットにかくまっているときだった。
「もーいーかい」
寝室の外から大塚富士子のしわがれた声が聞こえた。
「まーだだよ」
すかさずカラミルが叫び返す。
ぼくとルネはいそいで所定の位置に立った。
「もーいーかい」
また富士子が尋ねる。
ぼくは目頭でカラミルにOKと合図した。
「もーいーよ」
とカラミルが叫んだ瞬間、轟音とともにバリケードのダブルベッドが爆発した。
パラパラと乾いた音立てて木片が床に落ちた。
火薬の匂いはしない。
その代わり床や天井にべっとり血が飛び散った。
「じゃまするよ」
はねを畳んだカラスのように、大塚富士子が肩をすぼませ寝室に入ってきた。
そのあとに明、久保田、木島が続く。
全員唾液に濡れた牙が、口もとで青く光ってる。
「この家はわたしの支配下にある。だから部屋に入るのにいちいち許可をとる必要はないけど、これも吸血鬼流の礼儀さ……なにしてんのさ?」
ぼくとルネは部屋の真ん中にならんで立っていた。
ババアの側から見てぼくが左でルネが右。
ぼくらを見てババアはあきれた。
「スカーフなんて巻いて暑苦しいねえ」
ぼくが青、ルネが赤のスカーフを首に巻いている。
「羽生の連中がいないね。どこいったんだい?」
そのときぼくらのうしろにいたカラミルが高らかに宣言した。
「これよりなぞなぞをはじめます」
なぞなぞ
その一言で室内の空気が一変した。
「受けますか?」
とカラミル。
「お受けします」
と大塚富士子が重々しく答える。
「吸血鬼にとってなぞなぞは神聖なもの。そうでしょう? カラミルさん」
これはさっきルネが発した質問だ。
「ええ。森で暮らしていたわたしたちの先祖は森で人間に会うとなぞなぞを出した。
正解なら見のがす。
まちがえたら血を吸い殺す。
そうやって獲物を決めたの。
なぞなぞの習慣はとっくになくなったけど、どんな吸血鬼もなぞなぞと聞いたら襟を正すわ。血の記憶がそうさせるの」
「そこがねらいよ」
ルネは大きくうなずいた。
「古来の礼法にのっとって、今回はあいつらに獲物になってもらうの」




