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少年呪術師  作者: 森新児
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第20話 寄生虫一家の正体

「待ちな。早川三郎、帰る前に聞いていきな」


「なにを?」


「これからこのインターフォンの前で、羽生家の人間を一人ずつ殺す。

 最初におやじ、次におふくろ、次に長女の真理、最後に豊を殺す。簡単には殺さないよ」

 

 ババアは舌なめずりした。


「最初に目玉をくりぬく。なにも見えないってのはなにをされるかわからないってことだよ。人間がいちばん不安と恐れを抱く状態さ。そうしておいて爪を剥ぎ、乳首をつぶし、へそからはらわたを引きずり出し、男のちんぽは切り落とし、女のおさねはライターで焼く。最後に男の肛門と女のぼぼに焼き火箸を突っ込む。根元までね。悲鳴をあげさせるから舌は抜かない。あいつらにはあんたがいうこと聞かないからこんな目にあうんだと伝える。そこであんたを呪う家族の恨み言を……」


「その子がわたしの質問に答えられたら入っていいわ」


 と、とつぜん寄生虫ババアをさえぎる若々しい声が聞こえた。


「ちょっとルネ、なに勝手なこといってんだい」


「なぞなぞよ」


 なぞなぞ、と聞いてババアは急に黙り込んだ。


(今のは元木家の一人娘の声だ。ババアは『ルネ』って呼んだけど、ぼくが調べた名前とちがう。ニックネームかな?)


 実をいうとはじめから彼女がねらいだった。

 ヤンキーはヤンキーに牙を剥く。

 そこが『許可』を得るきっかけになるとにらんでカラミルに不良のコスプレをさせたのだが、まさかなぞなぞを出してくるとは思わなかった。 

 ルネが大学でクイズ同好会に属していたことを思い出しながらカラミルに、大丈夫? と小声で尋ねた。


「平気よダーリン。問題を出して」


 カラミルが呼びかけると間髪いれずにルネの声がインターフォンから流れた。


「朝は四本足

 昼は二本足

 夕方は三本足で歩く生きものは?」


「人間」


「正解」


「鍵はあいてるよ」


 大塚富士子が重々しく告げた。


「二人とも入んな」


(許可が出た)


 やった! とこころの中でガッツポーズしてるとカラミルがつぶやいた。


「赤ん坊は四つん這いで歩き、青年は二本の足で、老人は杖をついて歩く。

 今のはエジプトのスフィンクスがエディプスに出した世界最古のなぞなぞよ。簡単すぎるわ」


 カラミルはふしぎそうに首をかしげた。


「なんだかわたしをわざと入れてくれたみたい」


「罠かもしれない。ともかく入ろう」


 ぼくはカラミルをうながし、玄関の扉をあけた。





 用意してきた真新しい白いスリッポンをはいて家にあがった。

 カラミルは自分で持ってきた、やはり真新しい赤いスリッポンをはいた。

 スリッパではいざというとき動きにくいし脱げるおそれもある。

 だからかかとまできっちりおおうスリッポンを準備した。

 暗い廊下を抜けると広いリビングにたどり着いた。

 フローリングの床のあちこちにコンビニの袋が無造作に捨てられている。

 公園側の壁に大きなテレビがあって、キッチンとのあいだにある低い仕切りの手前に黒革のソファがある。

 ソファの前にガラスのテーブルがあって、そこにウィスキーのボトルと、氷と、氷を砕くアイスペールとグラス、それから吸い殻が山盛りになったガラスの灰皿が置かれていた。


「よっ」


 最初に声をかけてきたのはテレビの前にあぐらをかいた若者だ。


(大塚明だな)


 写真を見て顔は知っていたが、思っていたより体が大きい。

 着ているTシャツの生地が伸びきり、胸もとに描かれた人物がキューバ革命の英雄チェ・ゲバラとしばらく気づかなかった。


「知ってるぞ早川三郎。おまえちっこいけど強えんだってな」


 人懐っこい笑顔でそういうと明はすぐ視線をテレビにもどした。

 ケーブルテレビのアニメチャンネルを見ているのだ。


「で、とりひきってなんだい坊や? 明、目が悪くなるからテレビから離れな」


 ガラガラ声は大塚富士子の声だ。

 ソファの真ん中に牢名主のようにふんぞり返っている。

 今夜はヒョウ柄のワンピースを着て足もとはキティちゃんをあしらったスリッパだ。

 メイクはきついが松の枝に溶け残った雪のように、若いころ美人だった気配がかすかに残ってる。

 富士子の右に白い麻のスーツを着た肥満した中年男が、左にごま塩頭で灰色のスーツを着た中年男が座っている。

 元ボクサーの久保田と元刑事の木島だ。

 二人を見てすぐ、あれ? と思った。


(二人とも、大塚富士子に惚れてる)

 

 六十八歳なんてぼくにはおばあちゃんとしか思えないが、久保田も木島も明らかに富士子をビジネスパートナーではなく女として見ていた。

 ではその富士子はというと


「ほら明、吸い殻落ちるよ」


「はいはい」


(明を溺愛してる。息子として……いやちがう)


 自分の養子を男として見てる、と気づいたとき、うしろでゴトリと重い足音がした。

 振り向くと赤いジャンパーを着て黒いスリムジーンズをはいた若い娘が立っていた。

 元木ルネだ。

 ルネは室内なのに茶色いシックな革靴をはいていた。

 着ているジャンパーは両肩に白いラインが二本入っている。

 九十年代にはやったヒップホップ風のデザインで、胸に「D.P」のロゴがあった。

 左手をブラブラ遊ばせ、右手はポケットに突っ込んだままルネはぼくらをじっと見つめた。

 まるでいつでも拳銃を撃てるように身構えた殺し屋だ。


(やれやれ)


 逃げ道ふさがれたぞ、とこころの中で舌打ちして富士子にいった。


「今すぐ羽生家のみんなを解放してください」


「見返りは?」


「榊家にあなたたちを保護するようお願いします」


「断ったら?」


「あなたたちに苦痛のない死をあげます」


「ふざけんな」


 ゴンと鼻先でにぶい音がした。

 久保田がぼくに向かって投げつけた空のグラスを、カラミルが手刀でたたき落とした音だ。


「明」


「ああ?」


 養母に声をかけられても明はテレビから目を離さない。


「こいつらやっちまいな」


「やだね」


「どうして?」


「ルネが見てる。こわがらせたくねえ」


 そういって立ちあがると明は部屋のすみに行き、黒い円柱のゴミ箱にペッと唾を吐いた。


「交渉決裂だね。出番だよ」


 ぼくはわが用心棒に告げた。


「……」


 彼女にブルース・リーのような目にも止まらぬ一閃を期待した。

 なのにカラミルはしらけた顔で動かない。


「カラミルさん?」


「ダーリン」


 ベロリ! とカラミルは自分の右手を舐めた。

 グラスをたたき落としたときケガしたのだ。

 長い舌で一舐めすると、血がうっすらにじんでいた傷はあとかたもなく消えた。


「あなたわたしの正体知ってるわよね?」


「もちろん」


 なにを今さらと思いながら彼女に告げた。


「きみが世界でいちばん有名な女吸血鬼カーミラなのは知ってるよ」


「じゃあわたしが一八八八(明治二十一)年ロンドンのホワイトチャペルで切り裂きジャックと呼ばれたシリアルキラーを殺したことは?」


「知ってる。ジャックの正体が吸血鬼で、同族殺しのタブーを破ったきみがその報いで百年の眠りについたこともね」


 大いなる眠りから目覚めるとカーミラは十歳の少女になっていた。

 タブーを破ったり、自分の庇護者やパートナーが死ぬと吸血鬼の人生はリセットされ十歳にもどるのだ。


「じゃあ話がはやいわ。わたしもう百年も眠りたくないの。退屈だもの」


「なんのこと?」


「わたしは高貴なカルンシュタインの血を引くもの。

 この人たちは野蛮なドラキュラの血を引いてるみたい。

 血統はちがうけどわたしたち同じ存在よ」


「はい?」


「サンチャゴ」


 と、そのとき大塚富士子がささやいた。


(いけねえ、呪文だ)


 あわてて振り向くと、ソファの三人と大塚明がこっちを見ていた。

 四人とも口もとにするどい牙がある。


「いや……」


 ちいさな悲鳴が背後で聞こえた。

 見ると元木ルネが青ざめた顔で立ちすくんでる。


(彼女は神兵(ソルダード)じゃない) 


 久保田と木島が血笑浮かべて立ちあがった。

 カラミルはのんきに爪をいじってる。


(ちくしょう!)


 とっさに四つん這いになった。

 意表を突かれた久保田と木島の動きが一瞬止まる。

 ぼくはカラミルの手を引き、彼女も床に這わせた。


「ダーリン?」


「耳ふさいで口あけて。

 エマホー!」


 ぼくの絶叫とともに正面のテレビが爆発した。


「なんだ!」


「爆弾か!」


「どうしたルネ!」


「……」


 明の呼びかけに答えず、ぼくらのうしろに立っていたルネはくたりとその場に倒れた。


「いらっしゃいお嬢さん(フロイライン)


 カラミルがルネを受け止め、意識を失ったヤンキー娘ののどもとにぼくが短刀不知火丸を突きつけた。


「クソガキ!」


「動くな!」


 さっきの絶叫でのどがつぶれた。

 そのひどいガラガラ声で近づこうとする明を制し、ソファから動かない富士子に聞いた。


「羽生家の人はどこだ?」


「二階にいるよ」


「ルネ……」


「座れ!」


 怒声を浴びて、明の牙がピュッと引っ込んだ。 

 ぼくは寄生虫一家に厳命した。


「おまえらここでじっとしてろ。

 ちょっとでも動いたらこのスケぶち殺すぞわかったな!」


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