第18話 悪魔の天敵
「こいつは木島政夫」
こんどはパソコンの画面に動画が写った。
五分刈り頭の中年男性が自分に突き出されるマイクから顔をかくして逃げている。
でも頭かくして尻かくさずという言葉がある。
どうしてもかくしきれないところに人となりは出る。
(首が太くて耳がギョウザみたいにつぶれてる。この人柔道家だな)
「富士子のもう一人のパートナー」
タケシがすかさず解説する。
「福岡県警の元巡査部長。平成十五年三十五歳のとき長年暴力団から裏金受け取っていたことがバレて免職処分になった。動画はそのときのニュース映像だよ。警察をクビになって一年後大塚富士子と知り合ってババアの相棒になった。今四十六歳。こいつの容姿はニュースのときと変わらないみたい。
それからこいつは大塚明」
画面に赤いドレスを着た大塚富士子と、黒地にストライプ模様のスーツを着た若者が写った。
富士子は笑ってるが、短髪にイナズマみたいな剃りこみを入れた若者はブスッと唇をとがらせている。
目が細い。
背は高くないが岩石のようにぶあつい体で、スーツのボタンが弾けそうに見える。
(一七〇センチ一〇〇キロはあるな)
「富士子の養子。旧姓は桑田。実母は富士子が元締めやってた売春グループの売春婦。父親はわからない。十四歳で傷害事件を起こして半年少年院に入った。富士子はちいさいころから明をかわいがってて少年院を出た明を福岡へ連れていき、彼が十七歳になると正式に養子にした。今二十八歳。写真は明が成人式に行く朝撮ったものだよ。
乗っ取り屋の本質は詐欺師で、詐欺師は写真を撮らせないのが鉄則だけどババアはよっぽどうれしかったんだね。三十歳すぎたババアの写真はこれ一枚だけだよ。これが乗っ取り一味の全メンバー。一味は福岡で活動してたけど去年一月熊本においでになった。
それから連中のスタイルが変わった」
「どう変わったの?」
「人を殺すようになった」
タケシは机に置かれたボトルのスポーツドリンクを一口飲んだ。
「連中は熊本にきてから四家族を乗っ取った。合計十五人の家族が今も行方不明のままだ。殺されたのはまちがいない。ババアのようなベテランはスタイルの変化をいやがるものだけどね。あの田川清三さえ財産をすべてむしり取ったら路上に放り出してすませたのに、スタイルの変化が急すぎる。なにがあったんだろう?」
(大塚富士子がサルバドール教の信者になったんだ)
ぼくはそう確信した。
(手下どもも入信しソルダードと呼ばれる狂兵士になったにちがいない。被害者はイケニエとして教祖にささげられた。イケニエとしてささげられた死体はサルバドールが超能力で宇宙最暗黒の空洞へ飛ばした……)
「だいたいわかった」
ぼくのつぶやきに、なにが? とタケシは振り返った。
「敵の正体が」
「羽生家を助けるの?」
「もちろん」
「危険だよ」
「民事不介入の原則があるし死体もない。警察はぜったい動かない。だからぼくがやるしかない」
「榊家に頼むのは?」
「榊家が動き出したら連中は人質を殺して逃げる。羽生豊の赤い靴ひもは連中からぼくへのメッセージだ。あいつら豊の家でぼくがくるのを待ってる。行かなきゃ」
「十歳の小学生が西日本最凶の犯罪者グループに立ち向かうの?」
「正義のためだからね」
「勝算は?」
「あるよ。なくても戦うけど」
「なぜ?」
「戦うことが好きなんだ」
「わかった」
タケシはそのときはじめて笑った。
ぼくのがんこさにあきれたのだ。
「わかったよ。説得はあきらめた。勝算があるというきみの言葉を信じる。三郎くん。思うぞんぶん戦えよ」
「ありがとう。ところでどうして大塚富士子が羽生家を乗っ取ったとわかったの?」
「これ」
タケシがマウスをクリックするとパソコンに夜景が写った。
どこかの二階から外を撮った写真だ。
川の向こうに白い家があり、その玄関にピンクのトレーナーを着た大塚富士子と、赤いジャンパーをはおった茶髪の若い女性が立っていた。
「これある人が撮ったブログの写真。本震直後の写真だよ。ブログ主は地震直後の記録としてこの写真を記事にのせた。揺れに驚いたブログ主が部屋の窓からスマホでてきとうに川向こうを撮ったらぐうぜん寄生虫ババアが写ってたってわけ。地震に関するブログを読み漁っててたまたまこの写真を見つけた。被写体にライトを当ててないけど玄関が明るくてラッキーだった」
「この白い家が羽生豊の家?」
「そう。彼の家上林町にあるんだね。これ信愛女学院の校舎」
タケシは白い家のそばにそびえる、黒い影になった建物をさした。
信愛女学院はぼくのママの母校だ。
「羽生豊は越境通学してるんだ。それほどの価値が本城小にあるとは思えないけど」
「大塚富士子のとなりに若い女がいるね?」
「ああごめん! この人最近一味にくわわった新メンバーだよ。名前は元木で下の名前はわからない。年齢は二十一歳。去年六月熊本学園大学を中退してる。父親は靴職人で母親は靴のデザイナー。元木家は大塚一味に乗っ取られた家族の一つで、両親はたぶん殺されてる。でもなぜか一人娘の彼女だけは無傷で一味と行動をともにしてる。大学ではクイズ同好会に所属する知的好奇心が旺盛なやさしい子だったけど、その面影はもうないね」
タケシはするどい目つきで闇を見つめる画面の女性を指さした。
「自分の親を殺した連中といっしょに暮らすのってどんな気持ちだろう? もしかしたら彼女ストックホルム症候群なのかもしれない」
首をかしげるタケシに尋ねた。
「大塚富士子の養子の明って何歳だっけ?」
「二十八だよ」
(それだ)
不可解な一人娘の行動は、年齢が近い明が関係してるにちがいないとぼくは推理した。
タケシの家を出てうちに帰る前泉田公園に寄った。
まだ雨は降ってる。
ぼくは泉田公園の頭上にかかった高架道路の下へ入り、そこでグリーンのカサを畳んだ。
佐伯賢太と彼の母親が地震直後避難したこの公園は、今も多くの車中泊者が避難している。
でも昼間はみんな仕事に行くので今公園に停まっている車は二台だけだ。
ぼくはスマホをとりだし、タケシに教えてもらった番号に電話をかけた。
六回目のコール音の途中で相手が出た。
「だれだい?」
電話に出たのは地獄のようなガラガラ声の女だ。
「早川三郎。羽生義春を出して」
「お断りだね」
「今日そっちへ行く。とりひきしよう。ただし羽生家全員の無事が条件だ。はやく義春さんを出して」
大塚富士子はおおげさに舌打ちすると電話の受話器を置いた。
それからかなり長い時間待たされた。
「……もしもし」
かすれた弱々しい声の中年男性が電話に出た。
その人に尋ねた。
「みなさん無事ですか?」
「はい。みんな生きてます。あの……」
「今のはおやじの義春」
受話器をひったくって寄生虫ババアはいった。
「家族はみんな元気だよ。でいつくるんだい?」
「今夜午前零時」
ババアはなにかいおうとしたが、ぼくは耳を貸さず通話を切った。
詐欺師との会話は短く切りあげるのが鉄則だ。
「相手は狂兵士という名の悪魔」
カサをひろげながらつぶやいた。
「ハブの天敵はマングース、ウルトラマンの天敵はゼットン、
悪魔の天敵は悪魔だ……」




