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少年呪術師  作者: 森新児
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第13話 いっしょに逃げよう、と彼女はいった

「藤井さんの本に書いてあったけど坂崎倫子の死体は一糸まとわぬ裸だった。その無惨かつ妖艶な姿は幼いあなたの目に焼きついた。

 それからあなたは工場から逃げ、息子に見られたことに気づいた父親も別の方向へ逃げた。死体の始末はできなかったが自分と息子の痕跡を完璧に消したのはさすがだ。 

 坂崎倫子は腕を切られただけだがほかの四人の女性はチェンソーで全身を細切れにされ、海に捨てられたにちがいない。

 女性の死体をバラバラに切り刻む。どうしてお父さんはそんな残酷な欲望にとりつかれたんだろう?

 それにあなたはどうして父親がすでに四人の女性を殺した犯人とわかったんだろう?

 これも想像だけどお父さんはあなたと同じようにどこかでエリザベスの死体写真を見て、暗い欲望に目覚めたのかもしれない。

 そして幼いころエリザベスの死体写真を見てすでに暗い欲望に目覚めていたあなたは、坂崎倫子の死体を見た瞬間理解したんだ。

 自分の父親が行方不明の四人の女性も殺したことを。

 一人になった父親はひさしぶりに酒を飲んだ。たぶん浴びるように飲んだはずだ。父親は酔っぱらって車に跳ねられ死んだ。

 おそらくあれは事故ではなく自殺だ。

 父親の死体を見たあなたもそう思ったにちがいない。あなたが初対面の子どもにかならず父親のことを話すのはその死に罪悪感を抱いている証拠だ。

 自分のせいで父親は死んだ。

 あなたはそう思ってるでしょ?」


「……どれも想像だ。証拠はない」


「あなたがいつも持ち歩いてるメス、それお父さんの形見ですね?」

 

 ぼくはあごで山田の胸もとをさした。

 そこにメスがある。


「朝公園でチラッと見たけど今の使い捨てタイプではなく、なんども研いで使う古いタイプのメスだ。お父さんが死体から記念品を切り取るのにそのメスを使ったんだね。メスを鑑定すれば被害者のDNAが採れる」


「おやじはかならず殺した女の乳房の皮を剥いだ」


 山田の口調は静かだった。


「おやじが死んですぐおやじの部屋で皮を見つけた。だれにも見られないようわたしがかくした。わたしが女の皮を剥ぐのはおやじのまねだよ」


「今までに何人殺した?」


 八人、と無表情に山田はいった。


「ケンタのママも殺すつもりだったの?」


「そうだ。息子もいっしょに殺す予定だった。死体の後始末はサルバドールが完璧にしてくださる。死体がなければ警察は動かない。われわれ信者はただ主にイケニエをささげればよいのだ」


「サルバドール?」


 その名前を聞くのは二回目だ。


「山田さん、あなたのブラック・ダリアはすごい術だ。ぼくも術を使うけどあなたとはレベルがちがう。いったいどうやってこんなおそるべき術を身につけたの?」


「……」


「人間は本能がこわれた生きものだ。だから生きるために社会を形成する。なのにその社会になじめない者がいる。むかしの人はそういう人間を無縁(むえん)と呼んだ。無縁はなにも作らずなにも生まない。人と愛しあうことさえまれだ。だから子どもも作らない。無縁は究極の孤独な存在で彼らは八百万(やおよろず)の神々にも見放されている。

 五歳のころ熊本城の、雨が降ったら大きな水たまりになる広場で女子高生の幽霊に出会った。彼女の手ほどきでいくつか術を身につけた。ぼくを愛してくれたのは彼女だけで、彼女がぼくの唯一の導師(グル)だ。ぼくも無縁の一員なんだ。

 ぼくたち無縁の者を見放さないのは、孤独な死者だけだ。

 幽霊の彼女によくいわれたよ。すべての術は無縁の人を守る盾であり矛だって。あくまで身を守るためのものだからむやみに使ってはいけないって。

 ぼくはその教えを胸に生きてきたけど山田さん、あなたのグルはあなたにそんなこといわなかったみたいだね」


「……」


「ぼくは今美津子さんの依頼で熊本市で起きた百人失踪事件の真相をさぐってる。ぼくたち呪術師はむかしから警察や大きな組織に頼れない無縁の人々を守る私設警察の役目も果たしてる。今回姿を消したのは現代の無縁というべき孤独な人々だ。

 失踪事件の黒幕はおそらく、いやまちがいなくあなたがいったサルバドールという人物だ。教えてよ山田さん。

 あなたにおそるべき術の手ほどきをしたサルバドールとはいったい何者……」

 

 と、そのときだ

 ぼくの背後で壁によりかかっていた布団袋がとつぜんぐらりとかたむき、前のめりに倒れた。

 ドサッと重い震動がはらわたに響く。

 袋はぼくのすぐ横に倒れた。

 倒れたひょうしに袋の口がゆるんだ。

 ムッと鼻をつく甘い匂いとともに、中に入っていたものが外にこぼれ出した。

 こぼれた白い餅のようなものは裸の、手足がない女性だった。


(朝公園で会った女の人だ)


「たかふみ」


 手足がない女の人は、弱々しい声で山田に呼びかけた。


「りえ」

 

 やはり手足がない山田が女の人に答える。


「なぜ」


 ぼくは山田に尋ねた。


「なぜ自分の恋人に術をかけた?」


「りえはわたしと同じサルバドール教の信者だ」


 山田はあごの先から汗をしたたらせた。


「彼女は一般信者で兵士(ソルダード)と呼ばれるわたしのような術者とちがう。術をわきまえていない。昨日地震があってからわたしたちはずっといいあらそっていた。彼女が急に棄教しようといいだしたんだ。りえは数年前自殺を考え、熊本港をさまよっていて偶然師父と出会い入信した。きみ」


 山田は唐突にぼくに質問した。


「人生にいちばん必要なものはなんだと思う?」


「愛かな?」


「ちがう。自信と安心だよ。愛はその副産物だ。

 自信と安心があれば人は月へも行ける。なければどれほど才能があっても部屋から一歩も出られない。かつてのわたしのように。数年前までりえもそうだった。そんな彼女が偶然師父と出会った。師父は彼女にいった。

『神はいない。

 だからわたしだけを信じなさい。

 善と悪を決めてあげよう。

 どんな体制も科学も道徳もセックスもあたえられなかった絶対的な安心をわたしはあなたに授ける』

 そう師父にいわれたのが彼女の入信の決め手となった。師父を信仰するようになって、りえは生まれてはじめてこころの底から安心を得た。かつてのわたしがそうであったように。なのにその信仰を捨てるという。昨日の地震が彼女の眠っていた恐怖と不安を呼びさました。さめた目で見て気づいたそうだ。

 自分が今抱いている安心はにせものだと。

 りえはわたしが八人の女を殺した事実は知らない。だからわたしは油断していたが、驚くことに彼女は師父がソルダードにイケニエを要求している事実を知っていた。りえは警察に行くといった。わたしはブラック・ダリアでりえを解体した。密告者は殺す掟だ。でも殺せなかった。わたしは術をコントロールして彼女を窒息させず、袋に入れてここへ運んだ。わたしが掟に逆らったのは今回がはじめてだ」


「たかふみ」


 袋からこぼれ出たりえは丸くて白いお尻をイモ虫のように上げ下げして床を這い進み、ようやくたどり着いた恋人のかたわらに手足のない体を寄せた。


「たかふみ。恨んでないから」


(おお)


 こんなときなのにぼくは感動した。

 りえが屈託のない、すばらしい笑顔を見せたから。


「恨んでないよ。だからいっしょに逃げよう。ね?」


「少年」


 恋人の呼びかけに答えず、山田はぼくに尋ねた。


「きみ、名前は?」


「早川三郎」


「三郎くん、わたしはどうすればいいんだろう?」


「……今でもりえさんを?」


「愛してる」


「じゃあ」


 二人で逃げなよ、といおうとしたときだ。

 とつぜんガラスが砕け散る音がした。

 横井小楠の書が壁から落ちた。


「地震だ!」


 ぼくは大声で叫んだ。

 山田はすばやくりえにおおいかぶさった。

 それは熊本地震の本震が起きた瞬間だった。


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