第12話 その名はブラック・ダリア
「美津子さん大丈夫?」
声をかけたが返事はない。
九州最強のオトメは恐怖と疲労で失神していた。
「やれやれ。これからおもしろくなるのに」
ベロリ! と美津子さんの剥き出しのお尻を大胆に舐めあげ、山田は苦労して体の位置を変えた。
ぼくと山田は四~五メートルの距離をおき、腹這いの姿勢で向き合った。
ともに手足がないイモ虫となって。
山田は道場のほぼ真ん中にいた。
ぼくは壁によりかかった赤い布団袋を背にしている。
「相手の術をコピーする術、か」
「そうだよ。術の全貌を見極めるのに時間をかけた。すぐ助けなくて美津子さんには悪かったけど……」
ぼくの言葉を聞いた山田は顔をゆがめて笑った。
「なにがおかしいの?」
「フフフ。術の全貌ね。
わたしはまだブラック・ダリアのすべてを見せてないぞ」
「なんだって?」
ウソつけ! と叫びそうになったとき、宮沢父子が同時に奇声をあげた。
「ふわっ」
「ひーっ、ひーっ、ひーっ」
「はじまったな」
(これは)
父子の顔色が急速に悪くなった。
とくに父敦の顔色はゾンビみたいな灰色だ。
「気づいたかい? わが術ブラック・ダリアをかけられた人間は、時間がたつと全身の筋肉が脱力する」
「ひーっ、ひーっ」
「やがて呼吸するのがむずかしくなる」
「ひーっ」
「そして窒息して死ぬ」
「……ひーっ」
宮沢の声が、一瞬止まった。
「それがブラック・ダリアの最終地点だ」
(やべえ)
ぼくがあわてたのは山彦の術でコピーできるのは相手の術のせいぜい三十パーセントにすぎないからだ。
ぼくの術では相手の筋肉を脱力させるなんてとてもできない。
(時間がたてばぼくや美津子さんは窒息するが山田は平気だ。ぼくが死んだら山田の手足はもとにもどる。これは勝負をいそがねば)
「フフフ、あわててるな。やはり筋肉の脱力まではコピーできなかったか……」
「エマホー」
呪文を唱えた。
唱えた瞬間風景が一変した。
目の前に尻を丸出しにして失神した美津子さんと、手足がない山田がいる。
その光景が、アンダーグラウンドなSM小説の挿し絵のように、完璧に静止した。
術を使って体感する時間の最小単位を「秒」から「砂」に変えたのだ。
「な
に
を
し
た
?」
水をくぐらせたように、山田の声が遠く淀んで聞こえる。
その声を聞きながらチェックした。
今朝出会ってから今までに見聞きした山田の言動をすべてチェックした。
止まってしまった時の流れの中で、自分の意識だけ光のように速い。
「……なるほどね」
呪文を唱えてから六秒すなわち三六〇砂の時間がすぎたところで術を解除し、ぼくは山田に告げた。
「だいたいわかった」
「なにがわかったって?」
「今『熊本の猟奇事件』って本を読んでるんだ」
「ふざけるな!」
素直じゃないぼくの態度に山田は苛立った。
ねらい通りに。
「いったいなんの話を……」
「その中に熊本の未解決事件って章がある。
昭和四十三年から五十二年にかけて熊本市で四人の若い女性が行方不明になった事件がとりあげられてる」
ぼくはそこでいったん言葉を切り、政治家秘書兼義肢装具士の顔をじっと見つめた。
「……」
山田は急におとなしくなった。
子どもっぽい顔立ちにとくに変化は見られない。
ぼくは話を続けた。
「多くのジャーナリストは四人の女性が半島に拉致されたと推理した。だが作者の藤井達郎は『ちがう』と断言した。
平成元年本城町の廃工場でOLの坂崎倫子さんが殺されているのが見つかった。藤井さんは坂崎さんを殺した犯人が四人も殺したと推理してる。五人に共通点があるんだ。一見すると地味だけど脱いだらすごいグラマーな美女という共通点が。ぼくも藤井さんの推理が正しいと思う」
「おい」
そこで山田が脅すような低い声を出した。
(ハハ、術はすごいけどやっぱこの人戦いはど素人だ)
呼吸が丸わかりだ、と思いながら彼の口もとを見た。
ハーハーと、荒れた息を吐いている。
「そんな話、わたしとなんの関係がある?」
「おおありだよ。だって」
ぼくは山田の口もとをじっと見つめた。
「ハー」
(息を吐いた)
「ハー」
(また吐いた)
「ハー」
(今だ)
山田がスゥッと息を吸い込む。
その瞬間をねらって言葉をぶつけた。
「四人の女性と坂崎さんを殺したのは山田さん、あなたのお父さんでしょ?」
地下道場の空気が、その瞬間凍りついた。
人間は息を吐くと筋肉が締まり、息を吸うと筋肉がゆるむ。
息を吸った瞬間自分に向かって投げられた言葉は、だからゆるんだ筋肉を突き抜け直接こころに突き刺さる。
「……証拠は?」
山田の声はかすれていた。
(勝った)
ぼくは勝利を確信した。
(このままやつのトラウマを攻撃して精神力を弱らせ術を解除させる)
そう思いながら山田にいった。
「最初にあなたの術ブラック・ダリアの名前の由来について考えた。
一九四七年ハリウッドで女優を目指していた二十二歳の女性エリザベス・ショートの惨殺死体がロサンゼルスで見つかった。
エリザベスの死体は上半身と下半身がきれいに切断され、ていねいに血抜きされ、全身が洗われ切断面に血痕がなかった。
口は両端が耳もとまで切り裂かれ、死体の表情は笑ったピエロのようになっていた。
さらにその後の検視でエリザベスが数日にわたって人間の排泄物を食べさせられ、まだ生きている状態で胴体を切断されたこともわかった。死因はそのときの失血死だ。
いつも黒い服を着ていたエリザベスのあだ名がブラック・ダリア。
あなたの術の名前の元ネタはこれだ」
山田はなにもいわず、黙ってぼくを見つめている。
「エリザベスの惨殺死体はいろんなメディアにとりあげられた。あなたも幼いころ彼女の無惨な死体の写真を見たはずだ。それがあなたの妖術の原点となった。
生きたまま胴体を切断されたエリザベス。
生きたまま人間の手足をはずすあなたの術。
殺された彼女の姿があなたにインスピレーションを与えたんだ。
ではあなたの能力を真に開花させたブラック・ダリアはエリザベス・ショートなのか?
ちがう。それは別の人間だ」
「……だれだ?」
またスゥッと山田がわかりやすく息を吸う。
その瞬間をねらっていってやった。
「坂崎倫子」
「ゲフッ」
山田は青ざめ苦しそうに咳き込んだ。
言葉が突き刺さって一瞬息ができなくなったのだ。
「山田さん、あなたはぼくと会ってすぐ亡くなった父親の話をした。たぶん自分が父親を失ったのと同じくらいの年齢の男の子を見たら、あなたは必ずこの話をしたはずだ。
あなたにとって父親の死はそれほど深刻な出来事だった。そこで考えた。
いくらなんでも父親の死にダメージ受けすぎじゃないか? って。
あなたが九歳か十歳ごろ父親は死んだ。今から二十六~七年前だから平成元年だ。そこで気がついた。
そういや平成元年に熊本市で妙な事件があったよな? って」
「……」
「ここからはぼくの想像だ。
山田家はそのころ本城町に住んでいた。あの日あなたは本城町にある廃工場へ一人で遊びにいった。そこが山田少年の縄張りだったんでしょ?
行ってみると工場に父親がいた。
父親はすでに絞殺していた坂崎倫子の死体を作業台に横たえ、彼女の左手をチェンソーで切断している最中だった。父親が先に工場にいたのは偶然だ。最後の殺しから十年以上の時が流れていた。子育てが一段落したことで父親の欲望にまた火がついたんだね」
犯人の子育てが一段落して趣味としての殺人が復活した。
それはさっき美津子さんがぼくに教えてくれたことだ。




