第10話 九州最強のオトメ
「わたしは秘書になってまだ一年。新米だよ。宮沢先生の許可をもらって製作所の経営も続けてる。いわば兼業秘書さ」
そういって山田さんは笑った。
二人の秘書……日焼けしたマッチョは黒井、坊主頭の柔道家は江川というらしい……はなかなか姿を見せない。
「秘書と経営の仕事をいっしょにやるのはたいへんでしょう?」
「いえ」
美津子さんに問われ山田さんは首を横に振った。
「義肢作りの仕事はひまですから。わたしが今のきみと同じくらいの年齢のとき父が死んだ」
山田さんは唐突にぼくにいった。
「わたしが小学校四年生九歳のときだった。かつて大酒飲みだった父はわたしが生まれてから一滴も酒を飲まなくなった。がその日はなぜかたくさんお酒を飲んでしまってね。酔っ払って車道に飛び出しトラックに跳ねられたんだ」
「そうですか」
「即死だった。事故直後に現場へ行くと道に父のちぎれた左足が落ちていた」
「ええ……」
「それを見て父がかわいそうになってね。ちぎれた足をつないでやりたい、そう思ったのがわたしが義肢装具士をこころざしたきっかけ……」
と、そこで玄関の扉がひらいた。
「先生がお会いになります」
大男の黒井にまねかれ、ぼくらは家の中に入った。
地下にある道場の床は畳ではなくフローリングだった。
天井に四角い蛍光灯がいくつかはめ込まれ、白い光で空間を照らしている。
道場の広さは高さ三メートル奥行き十メートル横幅十四メートルといったところだ。
正面に「人必死の地に入れば心必ず決す」と書かれた書が飾られている。
横井小楠の言葉だ。
「どうもお待たせしました。被災地をまわっておそくなりました。妻が実家に帰っておりまして、お茶も出せずにすいません。どうぞお楽に」
青い作業着を着た宮沢敦はそう声をかけながら横井小楠の書の下に敷かれた座布団に座った。
宮沢は一九〇センチ一二五キロの巨漢で、今もっとも勢いがある政治家らしく全身にエネルギーが満ちていた。
宮沢のうしろに黒井と江川が座る。さらに
「よお」
宮沢の左側にある道場の入口に息子の竜が姿を見せたから驚いた。
なにがおもしろいのか竜はニヤニヤ笑ってる。
ぼくと美津子さんのうしろに山田さんが座った。
その山田さんのうしろに大きな赤い布団袋があった。
スタンドがない自転車のように壁に寄りかかっている。
中になにか入っているが、それがなんなのかはわからない。
「美津子さんとは去年ライオンズクラブのパーティーでお会いして以来ですな。その後お父さまはお変わりなく?」
「元気です。宮沢先生、わたくし今日は佐伯優子さんの代理でまいりました。この子は早川三郎くん。優子さんの一人息子賢太くんの友人で彼が賢太くんの代理人です」
座布団に正座した美津子さんは背筋をピンと張ったまま浅く前かがみになった。
「佐伯さん親子は泉田公園に避難しています。車中泊してるんです。そういう方がほかにもおおぜいいます。あの公園はもうすぐ自衛隊の駐屯地になるから避難者は出ていくようにとおっしゃったそうですが、宮沢先生それはやめていただけませんか? みんなほかに行くところがないんです」
「弱りましたなそれは」
宮沢は扇子をとりだし自分の顔を忙しなくあおいだ。
「こまったなどうも」
「自衛隊がうるさいんですか? はやく公園をあけろと」
「そんなことはありません」
「ではどうして避難者に公園から出ていけとおっしゃるんです? それになぜ優子さんに夜中の一時にこいといわれたんです? まじめな話をするのにふさわしい時間ではありませんわ……」
「サンチャゴ」
と、そこで急に宮沢が妙な言葉を口にした。
ぼくは首をかしげた。
(サンチャゴ?)
「なんですか先生」
とっさに美津子さんが笑うと、宮沢のうしろにひかえていた黒井と江川が立ちあがった。
「美津子さん」
「じっとしてて」
笑顔でぼくにウィンクすると、美津子さんはすばやく立って上着を脱いだ。
黒井と江川が猛然と突っ込んでくる。
柔道家の江川は美津子さんの足にタックルしようとした。
すると彼女がはいていた黒いズボンが突如床に落ちた。
白く細い下着とうっすら日焼けしたしなやかなふとももがあらわになる。
江川は驚いて一瞬動きが止まった。
美津子さんは鞭のようにベルトを振った。
するどい音がして江川は自分の顔を押さえ、その場にうずくまった。
美津子さんは続けて水平にベルトを振った。
黒井が手にした警棒に、ベルトがヘビのようにからみつく。
「おう」
黒井が腕を引くと美津子さんはベルトを手放し同時に跳躍した。
「りゃッ!」
うずくまった江川を飛び越え、美津子さんは右足のハイキックを見舞った。
黒井はリストバンドをした左手で蹴りを受けた。
「うお!」
古傷がある左手首に蹴りを受けた黒井は重いうめき声をあげその場にひざまずいた。
美津子さんががら空きの後頭部に手刀を落とすと黒井は前のめりにばったり倒れた。
うめき声をあげながら坊主頭の江川が立った。
白いシャツに赤いネクタイ、そして下半身はパンティのみという半裸の美津子さんは大きくうしろに飛びさがり、自分の胸に手を当て、そして悲鳴をあげた。
「どうしよう! マニ車をポケットに入れたままスーツ脱いじゃった!」
「こっちこっち」
美津子さんのうかつさにあきれながらぼくは拾ったスーツのポケットからハンドスピナーをとりだし、彼女にトスした。
「サンキュー」
キャッチしたハンドスピナーを美津子さんはサイドスローで放った。
六枚刃が高速で回転する。
ハンドスピナーは江川の坊主頭のまわりを旋回し、刃を納めて美津子さんの手もとにもどった。
もどったとき、江川はもう床にあお向けにひっくり返っていた。
目はあいているが動くようすはない。
ハンドスピナーにしこまれたゾンビパウダーを吸ったのだ。
ゾンビパウダーはハイチのヴードゥー教の儀式で使われる薬だ。
これを吸った人間は意識はあるが体は動かない仮死状態になる。
(すごいなあ美津子さん。さすがは九州最強のオトメ……)
と、そこでとつぜん視界が大きくかたむいた。
「宮沢先生これはどういうことですか!」
「美津子さん」
「まさか女性に乱暴する目的でここへ呼ぼうと?」
「美津子さん」
「あとにして……ちょっと」
うるさそうにこっちを見て、美津子さんの顔色がたちまち変わった。
ぼくは手足がない頭と胴体だけのイモ虫になって床に転がっていた。
四本の手足も床に転がっている。
手は肩口から、足はふともものつけねから外れた。
床に落ちた手の指が、なにかをつかもうとするようにピクピクけいれんしている。
体に痛みはなく、血も一滴も流れてない。
「三郎くん!」
「どうれ」
宮沢敦は座布団からぬっと立ちあがった。
その股間が、ぞっとするほど大きくふくらんでいる。
「こじゃれた雑誌にのるようなはでな女を、これからゆっくり辱しめようかのお」
ざらざらした声でそういうと、宮沢は自分のぶあつい唇をべろりと舐めた。
「こないで!」
「おやじ」
父親と同じく一丁前に股間をふくらませた竜がいう。
「このネーチャンここへきた女のなかでいちばん美人だ。おっぱいもいちばんでけえ」
殺気だって身構えた美津子さんが子どもの竜に「美人」といわれ、一瞬笑顔になったのをぼくは見逃さなかった。
「尻もでかいぞ」
だらしなくよだれを垂らす父子の会話を聞きながらぼくは焦った。
(しまった。相手が公人だから油断した……これは)
なんとか動こうともがいていたら頬がべったり床についた。
その感触に戦慄が走った。
(床がコーティングされてる。特殊なビニールが一面に張られてる。ビニールを剥がしたら被害者の血痕はあとにまったく残らない)




