神秘の望遠鏡と、星を見た人々
これは神秘の望遠鏡と、星を見た人々のお話。
星のかがやく夜空をこの望遠鏡でのぞいてごらんなさい。
あなたが真に望む星が見えるでしょう。
とある国に金の男がいました。
金の服、金の靴に、これまた金の懐中時計をこれみよがしに振りかざし、人々に自慢をする。
そんな男です。
男はギラギラかがやく金色やお金が大好きでした。
今日もたくさんの売り物が飛ぶように売れて上機嫌だった男は、ふと思いつくと、まわりの人々へ声をかけます。
「なにか面白いものはないか? 一番面白いものを見せたやつに金貨をやろう」
興奮した人々は我先にと、やれ幸運のお守りだの、先祖代々の王室ゆかりの品だの、呪われた指輪だの、と騒ぎ立てますが、男は全く興味がわきませんでした。
そういったうさんくさいものを何十年も見聞きしてきたからです。
うんざりした男は、人々の声をさえぎるように叫びました。
「どいつもこいつも下らん! そんなガラクタより珍しくて、興味深いものはないのか?」
人々は顔を見合わせて困ってしまいました。
せっかく面白いものを見せたのに気に入られず、怒って去ってしまう人もいましたが、たくさんの人がどうしたものかと頭を悩ませていると、ある一人がおずおずと前に出てきたのです。
その人の泥まみれで破れた服に男はいやな気分になりましたが、目の前に立つことをそんだいな心で許しました。
男が見せるよう言うと、その人は大きなかばんから金属の筒を取り出します。
「わたしは最近この地へやってきた旅人です。ふらりふらりと様々な場所を渡り歩いては、珍しいものを集めているのです。この望遠鏡のように」
望遠鏡を受け取ると、男は旅人が渡したものをしげしげと見て「これの何が面白い?」と聞きます。男の家には数々の珍しい古今東西の品々があり、もちろん、望遠鏡もありました。
男にとってこんなもの、珍しくも面白いものでもないのです。
「『星のかがやく夜空をこの望遠鏡でのぞいてごらんなさい。あなたが真に望む星が見えるでしょう』この望遠鏡をあたえた老婆はそう言っておりました。わたしにはもう望遠鏡は必要ございません。今度はあなたの番です。あなたの星を見つけてください」
旅人の言葉に望遠鏡を眺めるのをやめて男が顔を上げると、旅人は姿を消していました。おどろいてまわりを見渡しても旅人はおらず、まわりにいた人々もあきてしまったのかひとけもなく、なんだかさみしいふんいきです。
不思議そうに首をかしげながら男は家へ帰り、夜を待つと、さっそく望遠鏡をためしてみることにしました。
星のかがやく夜空、黒曜石のような暗い色の空へ望遠鏡を向けます。
いつもの星空が見えると思ってのぞくと、息をのみました。
見えたのは、星空ではなく実家だったからです。
男は庭の手入れをしている母親の姿を見て、どこかなつかしい気持ちになりました。故郷を出てから長い時間がたったことにやっと気付いたからです。
母親の黒々としていた髪は真っ白になり、昼光に照らされていてもなんだか悲しそうに見えます。
男は望遠鏡から目を離すと、望遠鏡を放り投げてベッドにもぐりこんでしまいました。
なぜなら、大切な誰かを忘れていた自分自身に恥を感じたからです。
次の日も、そのまた次の日も望遠鏡は床にころがったままで、何日もたったある日、母親から手紙が届きました。
男はいつものように、手紙を机の引き出しのおくそこへ押し込もうとしましたが、望遠鏡で見た母親の姿を思い出し、手紙を見てみることにします。
手紙は『元気か』『食事はちゃんと食べているか』『庭の花がきれいに咲いた』『健康に気を付けて』といった、へいぼんなものでした。
なぜか男は胸が苦しくなりました。
押し込められた手紙の束を出し、読んでみます。
母親から、友人から、好きだったあの子からの。
ほかに残されたものはないか引き出しのおくを手で探ると、なにかが手に当たります。取り出すと、それは、父親がくれた木彫りのくまでした。
男はさらに胸が苦しくなりました。
夜になり、ついに男はふたたび望遠鏡をのぞくことにします。
床にころがっていた望遠鏡を手に取ると窓を開け、宝石のような星のかがやく夜空へ。
そして見えたのは、元気だったころの父親でした。
父親が木片をけずってつくる動物たちが好きで、いつも作業を見ていたこと。
父親が病に倒れたが、お金がなく薬が買えなかったこと。
男はぬれてしまった望遠鏡から目を離し、望遠鏡を置いてベッドにもぐりこんでしまいました。
なぜなら、故郷を出たのは悲しみから逃げるためで、お金に執着したのは、もう二度と悲しい思いをしたくなかったからだと思い出したからです。
ある日、男は郵便局の前にいました。
故郷の母親や友人たちへ手紙を送るためです。
ふと、ガラスに映った自分自身の姿にいやな気持ちをだきました。
大好きだった金色がくすんで見えたからです。
男は金色の上着を脱いで腕にかけると、郵便局へ入りました。
星のかがやく美しい夜、男はふたたび望遠鏡を手に取ります。
星空はこんなにきらきらしていてきれいだったのか、と窓を開けて感嘆しました。
男はこれまでに見た美しいものを思い出します。
あさつゆのきらめき、雨上がりの虹、雲ひとつない青空。
ちょっとした親切への感謝、見知らぬ誰かの思いやり、人々の笑顔。
楽しいこと、幸せなこと、悲しいこと、苦しいこと。
男自身を形作った現在と過去。
男は望遠鏡をのぞきます。
そして見えたのは、若き日に恋したあの子。
美しい女性に成長したあの子が笑顔を男へ向けていました。
男は望遠鏡から目を離すと、うつむきます。
きっと、あの子はいつまでも逃げつづけるような人はきらいでしょう。
男は逃げるのをやめました。
あたたかな日差しのある日、男は故郷にいました。
なつかしい母親の住む家の前へ。
亡き父へ贈る花束をもって。
家の庭では二人の女性が庭の手入れをしていました。
そのうちの一人である母親が、男がいることに気付き、かけだします。
母親にだきしめられるなか、もう一人の女性の顔が男に見えました。
あの子のきらきらした笑顔を。
これは神秘の望遠鏡と、星を見た人々のお話。
わたしにはもう望遠鏡は必要ございません。
今度はあなたの番です。
あなたの星を見つけてください。




