かつて愛したもの
生きることへの愛は、
生きることへの絶望なしには存在しない。
――アルベール・カミュ
僕は大学〇年生の××。
大学に入って初めての彼女が出来た。△△ちゃんだ。
初めてできた彼女を、僕は絶対、一生大事にすると決めた。
金が無い大学生は、外に頻繁に遊びに行けるわけもなく、
自然と僕のアパートでお家デートをすることが増えた。
自然と彼女の私物も増え、半同棲みたいな生活になって行った。
たまに、近くのスーパーに買い物に行って、
「なんか新婚さんみたい」なんて話しながら、その未来を妄想する。
「ずっとこんな風に仲良くやっていけたらいいね」
ある時、彼女の顔が曇っていることに気が付いた。
「何かあった?」
と聞くと、
「んーん、大丈夫。」
そう言って、彼女は少しだけ笑った。
「そっか、じゃぁゆっくりしてて。片付けは僕がやっておくよ」
無理に聞くのも違う気がして、
僕はそれ以上、何も言わなかった。
いつも通り、彼女が家に来て
特に何をするわけでもなく、くっついて過ごす。
ゆったりとした時間に心地よさを感じる。
気が付くと、外は暗くなっていた。
「そろそろ帰るね」
「あ、じゃぁ送ってくよ」
「…いい…」
そう言って彼女は家を出て行った。
寝る前に、彼女に連絡をしても既読が付かなかった。
翌朝、大学に行けば会えるか?
僕、なんかしちゃったかな…なんて思いながら大学に向かう。
大学の事務局の前を通ると、事務局が騒然としていた。
警察も居た。
学内で何かあったのかな。
そんなことを思いながら遠巻きに眺めていると、学校職員が僕を見つけて、青い顔をして走ってきた。
「…落ち着いて聞いてね?…昨日彼女が…△△さんが…亡くなった、そうです…」
「………………は?」
何を言われているのかわからなかった。
そのあと、どうやって家に帰ったのか覚えていない。
あれから何日経ったのかもわからない。
ずっと、訳の分からない思考が堂々巡って
吐き気さえする。
アパートのインタホンが鳴る。
その音に、目だけ動かす。
モニターに映ったのは大学の友達だ。
でも僕は動く気が起きない。
またインターホンが鳴る。
(そっとしておいて…僕に関わらないでくれ…)
同時にドア越しにくぐもった声が聞こえてきた。
『その…彼女の事は残念だし、つらいのも分かるけど…でも、俺はお前も心配なんだ…何かお前の為にできないか…?』
(…僕のつらさがわかるもんか…)
しばらくすると、足音が遠ざかって行った
夕方、大学から電話がかかってきた。
何もしたくなくて、電話が鳴りやむのを待った。
電話から声が聞こえてきた。
留守電に用件を吹き込んでいるようだ。
『××さんのお電話でよろしいでしょうか?△△さんの葬儀の日取りが決まりましたため――…』
僕は慌てて電話を取ろうとして転んだ。
電話は切れていた。
留守電の情報を頼りに、葬儀会場へ向かった。
家で準備をしている間も、実感がわかないまま、
誰かが自分の体を操作している気さえしていた。
彼女の葬式で、初めて彼女の両親に会った。
優しそうな人たちだった。
「君が△△の彼氏の××君だね。娘を好きになってくれてありがとう。」
「…いえ…」
僕はそれ以上何も言葉が出てこなかった。
棺の中に横たわる彼女の、その寝顔はいつもと変わらず、
まだ現実感が湧かない。
頭ではわかっている。
でも心が理解を拒んでいる。
彼女が死んだことを。
「あ…」
今、気付いてしまった。
『彼女が死んだ』のだと。
今、分かってしまった。
『もう会えない』のだと。
僕はその場にへたり込み、枯れたと思った涙がまたあふれ出した。
後で知った話だが、彼女は何者かに殺されたらしい。
彼女はその予兆を感じ取っていたのだろうか。
あの時していた曇った顔。
ちゃんと聞いておけばよかった。
でも、きっと、僕を心配させないために、何も言わなかったのだろう。
そういう優しい人だった。
でも。
心配させてほしかった。
生きててほしかった。
一緒に笑っててほしかった。
ずっと隣に居てほしかった。
死なないで…欲しかった…
灰になった彼女を見たのに、
もしかしたら、
ひょっこり帰ってくるかも知れないという
僅かもない可能性に縋って、
彼女がこの部屋に居た証に、
僕は触れられないでいる。
彼女を喪失した自分は、
この先も生きなければいけないのだろうか。
どう生きればいいのだろうか。




