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かつて愛したもの

作者: 葉時
掲載日:2025/12/28

生きることへの愛は、

生きることへの絶望なしには存在しない。


  ――アルベール・カミュ







僕は大学〇年生の××。

大学に入って初めての彼女が出来た。△△ちゃんだ。

初めてできた彼女を、僕は絶対、一生大事にすると決めた。


金が無い大学生は、外に頻繁に遊びに行けるわけもなく、

自然と僕のアパートでお家デートをすることが増えた。

自然と彼女の私物も増え、半同棲みたいな生活になって行った。


たまに、近くのスーパーに買い物に行って、

「なんか新婚さんみたい」なんて話しながら、その未来を妄想する。


「ずっとこんな風に仲良くやっていけたらいいね」




ある時、彼女の顔が曇っていることに気が付いた。

「何かあった?」

と聞くと、

「んーん、大丈夫。」

そう言って、彼女は少しだけ笑った。

「そっか、じゃぁゆっくりしてて。片付けは僕がやっておくよ」

無理に聞くのも違う気がして、

僕はそれ以上、何も言わなかった。




いつも通り、彼女が家に来て

特に何をするわけでもなく、くっついて過ごす。

ゆったりとした時間に心地よさを感じる。

気が付くと、外は暗くなっていた。


「そろそろ帰るね」

「あ、じゃぁ送ってくよ」

「…いい…」

そう言って彼女は家を出て行った。


寝る前に、彼女に連絡をしても既読が付かなかった。


翌朝、大学に行けば会えるか?

僕、なんかしちゃったかな…なんて思いながら大学に向かう。

大学の事務局の前を通ると、事務局が騒然としていた。

警察も居た。

学内で何かあったのかな。

そんなことを思いながら遠巻きに眺めていると、学校職員が僕を見つけて、青い顔をして走ってきた。


「…落ち着いて聞いてね?…昨日彼女が…△△さんが…亡くなった、そうです…」


「………………は?」


何を言われているのかわからなかった。

そのあと、どうやって家に帰ったのか覚えていない。

あれから何日経ったのかもわからない。

ずっと、訳の分からない思考が堂々巡って

吐き気さえする。


アパートのインタホンが鳴る。

その音に、目だけ動かす。

モニターに映ったのは大学の友達だ。

でも僕は動く気が起きない。


またインターホンが鳴る。

(そっとしておいて…僕に関わらないでくれ…)


同時にドア越しにくぐもった声が聞こえてきた。

『その…彼女の事は残念だし、つらいのも分かるけど…でも、俺はお前も心配なんだ…何かお前の為にできないか…?』

(…僕のつらさがわかるもんか…)

しばらくすると、足音が遠ざかって行った




夕方、大学から電話がかかってきた。

何もしたくなくて、電話が鳴りやむのを待った。

電話から声が聞こえてきた。

留守電に用件を吹き込んでいるようだ。

『××さんのお電話でよろしいでしょうか?△△さんの葬儀の日取りが決まりましたため――…』

僕は慌てて電話を取ろうとして転んだ。

電話は切れていた。



留守電の情報を頼りに、葬儀会場へ向かった。

家で準備をしている間も、実感がわかないまま、

誰かが自分の体を操作している気さえしていた。



彼女の葬式で、初めて彼女の両親に会った。

優しそうな人たちだった。

「君が△△の彼氏の××君だね。娘を好きになってくれてありがとう。」

「…いえ…」

僕はそれ以上何も言葉が出てこなかった。


棺の中に横たわる彼女の、その寝顔はいつもと変わらず、

まだ現実感が湧かない。

頭ではわかっている。

でも心が理解を拒んでいる。


彼女が死んだことを。


「あ…」

今、気付いてしまった。

『彼女が死んだ』のだと。

今、分かってしまった。

『もう会えない』のだと。

僕はその場にへたり込み、枯れたと思った涙がまたあふれ出した。





後で知った話だが、彼女は何者かに殺されたらしい。

彼女はその予兆を感じ取っていたのだろうか。

あの時していた曇った顔。

ちゃんと聞いておけばよかった。

でも、きっと、僕を心配させないために、何も言わなかったのだろう。

そういう優しい人だった。


でも。


心配させてほしかった。

生きててほしかった。

一緒に笑っててほしかった。

ずっと隣に居てほしかった。


死なないで…欲しかった…



灰になった彼女を見たのに、

もしかしたら、

ひょっこり帰ってくるかも知れないという

僅かもない可能性に縋って、


彼女がこの部屋に居た証に、

僕は触れられないでいる。




彼女を喪失した自分は、

この先も生きなければいけないのだろうか。


どう生きればいいのだろうか。


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