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学園の昼食の時間は、いつも華やかでざわめきに満ちていた。貴族たちのテーブルには、それぞれ婚約者たちが揃い、優雅な談笑が繰り広げられている。セリーヌはそんな光景を横目に見ながら、ジュリアの声に導かれるようにいつものテーブルへ向かった。
「セリーヌ、遅いわよ!」
ジュリアが楽しげに手を振る。その隣では彼女の婚約者、ヴィクトール・デュランがニコニコと笑いながら席を勧めていた。
「さあさあ、お姫様の到着だ!今日はどんな話題で盛り上がろうか?」
ヴィクトールの賑やかな声に、セリーヌは思わず微笑みを浮かべた。彼の陽気な態度には、いつも救われるような気がしていた。
「遅れてごめんなさい。少し用があって……」
「いいのよ、セリーヌ。ほら、座って!あなたがいないと、この場がちょっと寂しくなるのよ。」
ジュリアが手を引いてセリーヌを隣の席に座らせる。その間もヴィクトールは料理の皿を彼女の前に並べ、軽口を叩き続けた。
「セリーヌ、今日は特別に僕が料理を選んでおいたよ。見てくれ、この完璧なセンスを!ここのローストビーフは絶品なんだ、でもスープも忘れちゃいけない。さあ、遠慮しないで食べてくれ!」
「ありがとう、ヴィクトール。あなたのおかげで毎回楽しい食事になるわ。」
セリーヌの言葉に、ヴィクトールは誇らしげに胸を張った。
「当然さ!婚約者とその親友を喜ばせるのも、僕の大事な仕事だからね!」
「でも、婚約者よりもセリーヌに気を遣ってるんじゃない?ヴィクトール。」
ジュリアが腕を組んで、わざとらしく眉を吊り上げた。ヴィクトールは慌ててジュリアに向き直る。
「いやいや、ジュリア、君が一番に決まってるだろう?でもね、君の親友だって特別なんだよ。僕たちのこの愉快な三角関係が、学園で一番楽しいって有名なんだから!」
「その『三角関係』は、あなたの頭の中だけよ。」
ジュリアが肩をすくめると、ヴィクトールは大げさに手を広げて笑った。その光景に、セリーヌもつい笑いを堪えられなくなる。
昼食の時間は、セリーヌにとって一日の中で最も穏やかなひとときだった。婚約者との冷たい距離感に傷つきながらも、この場にいるとその痛みを一時的に忘れることができた。
「それにしても、今日の夜会の話、聞いた?」
ジュリアが少し声を低くして話を振った。ヴィクトールも興味津々な顔をして耳を傾ける。
「王子のリリアへの態度、ますます目に余るって噂よ。王妃様も、とうとうお怒りになられたとか。」
「それだけじゃないぞ、ジュリア。聞いたところによると、あのアラン様もリリア嬢をエスコートするのが常になってきてるらしいじゃないか。」
その言葉に、セリーヌの胸が一瞬だけ締め付けられた。それでも笑顔を崩さないように努める。
「本当に目立つ存在になっているのね、リリアさん……」
「目立つどころか、火薬庫みたいな存在よ。いつか爆発しないか、周りの皆がヒヤヒヤしてるの。」
ジュリアの言葉に、ヴィクトールが笑いを交えながら茶々を入れる。
「その日が来たら、僕たちは安全な場所に隠れる準備をしておくべきだな!」
二人の明るいやり取りに、セリーヌも笑いながら軽く頷いた。その笑顔の奥にある複雑な感情を、二人は知らなかった。




