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朝の冷たい空気の中、リヴィエール家の玄関先にはセリーヌの家族全員が並んでいた。伯爵夫人は落ち着いた微笑みを浮かべ、伯爵は厳しい表情で柱にもたれながら庭を見つめている。ルシアンは手を胸の前で組み、姉を見守るように横に立っていた。
そこへ、アラン・ド・モントレイユの馬車がゆっくりと門を抜けてきた。扉が開き、アランが端正な姿で降り立つ。彼はリヴィエール家の一行を見ると、少しだけ驚いたように目を細めたが、すぐにいつもの冷静な表情を取り戻し、柔らかな笑みを浮かべて一礼した。
「リヴィエール伯爵、伯爵夫人、そしてルシアン殿。おはようございます。」
低く穏やかな声は、完璧な礼儀に裏打ちされたものだった。伯爵夫人が微笑みを崩さずに応じる。
「おはようございます、アラン様。早朝からのお越し、感謝いたします。」
「とんでもない。セリーヌをお迎えに参るのは、当然のことです。」
アランは穏やかに答え、ちらりとセリーヌに目を向けた。その表情は形式的な柔らかさを保っているものの、どこか冷めたものが感じられる。セリーヌはその視線を受け流すように軽く会釈した。
伯爵が一歩前に出る。彼の鋭い目がアランをしっかりと捉えていた。
「アラン様、昨日の夜会でのご対応については耳にしております。王子にお仕えする立場上、やむを得ないこともあったのでしょう。しかし――」
伯爵の声は低く、けれど圧力を感じさせた。
「それでも、婚約者であるセリーヌを一人にしておくことが続くのは、伯爵家としても不安を覚えます。」
アランはその言葉を受け、表情を変えずに小さく頭を下げた。
「おっしゃる通りです、伯爵。昨夜の件については私の配慮が足りなかったと反省しております。今後はセリーヌが安心して夜会を楽しめるよう、より一層気を配ります。」
その言葉は非の打ちどころがないものだったが、セリーヌにはその奥に何の感情も込められていないように感じられた。伯爵はしばらく沈黙し、やがて頷いた。
「ならば、よろしい。セリーヌを頼む。」
「もちろんです。」
アランは再び微笑み、伯爵夫人にも一礼をした。その優雅な振る舞いは完璧で、ルシアンでさえ一瞬見惚れたように目を細めた。
「姉上をよろしくお願いしますよ、アラン様。」
ルシアンが少しだけ皮肉を込めて言うと、アランは軽く肩をすくめた。
「心配には及びません、ルシアン殿。」
その場のやり取りが終わると、アランは手を差し出し、セリーヌを促した。セリーヌは一歩前に出て彼の手を取ったが、その手には温かさは感じられなかった。
馬車に乗り込む直前、セリーヌは振り返って家族を見た。伯爵夫人が静かに微笑みを返し、ルシアンは頷いて送り出してくれた。しかし伯爵は厳しい目で馬車を見送り、何も言わなかった。
馬車の中、アランは何事もなかったかのように外を見つめていた。セリーヌは、家族に見送られた自分の立場を守るため、口を開いた。
「先ほどのお返事、ありがとうございます。父が厳しいことを言ってしまいましたが……」
「気にしていない。」
アランは短くそう答えるだけだった。それ以上の言葉はなかった。
セリーヌはそれ以上話す気力を失い、静かに目を伏せた。冷たい空気が、馬車の中に満ちているように感じられた。




