6
セリーヌはエドモンの申し出に驚きつつも、彼の手を取ることにした。ルシアンが背後から軽く肩を叩き、「行ってらっしゃい」と微笑むのが心強かった。
エドモンはセリーヌをダンスフロアの中央へと優雅に導いた。その動きには、彼の穏やかさだけでなく、慣れた優雅さが感じられる。周囲の視線が二人に向く中、音楽が新たなワルツを奏で始めた。
「ダンスはお好きですか?」
エドモンが優しく尋ねる。
「得意ではありませんが、嫌いではありません。」
セリーヌは控えめに答えた。彼は彼女の手を少し強く握り、軽く笑みを浮かべる。
「それなら安心してください。僕がしっかりリードします。」
二人のステップはすぐに音楽に溶け込み、セリーヌのぎこちなさも徐々に消えていった。エドモンのリードは驚くほどスムーズで、彼と踊るうちにセリーヌは自分が特別な存在のように感じ始めた。
「今夜のあなたはとても美しい。」
突然の言葉に、セリーヌは少し目を見開いた。
「……そんな、お世辞を言わないでください。」
「お世辞ではありませんよ。周囲を見てください。あなたに視線を向けている人が何人いるか。」
セリーヌが周囲を見渡すと、確かにいくつかの視線がこちらに向けられていた。その多くは好奇の混じったもので、婚約者のいない伯爵令嬢が誰と踊っているのかを見極めようとするようなものだった。
「気にする必要はありません。人の視線は、あなたがどう振る舞うかで変わります。」
エドモンの言葉には不思議な説得力があった。セリーヌは静かに息を吐き、彼のペースに身を委ねることにした。
ダンスが終わり、二人が軽くお辞儀を交わしてフロアを離れた頃、ジュリアが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「セリーヌ!お兄様とのダンス、どうだった?」
「素晴らしいダンサーですね。本当に、何もかもお上手で。」
「でしょ?お兄様、こう見えていろんな夜会で踊りを褒められてるのよ。」
ジュリアが得意げに語るのを聞きながら、セリーヌはふと遠くに目を向けた。そこには、リリアとアランが立っていた。リリアは微笑みながらアランに何か話しかけているが、セリーヌにはその言葉が届かない。それでも、アランが穏やかな表情でそれに応えているのが分かった。
「セリーヌ、またそっちを見てるのね。」
ジュリアが小声でつぶやき、セリーヌの視線を追った。
「……あの二人、特に彼女、周りにどう見られているか分かっているのかしら。」
「分かっていても、気にしていないのよ、きっと。」
ジュリアの言葉に、セリーヌは小さく頷いた。それが彼女の孤独感をさらに深くした。
その時、エドモンが再びセリーヌの前に現れた。
「飲み物を用意しました。よければ一息つきませんか?」
彼が差し出したグラスを受け取りながら、セリーヌは微笑んだ。彼の気遣いが、冷たい会場の空気の中で唯一の温かさのように思えた。
「ありがとうございます、エドモン様。」
「お礼を言うのはまだ早いですよ。夜はこれからですから。」
彼の冗談めいた言葉に、セリーヌは思わず笑った。その笑みが、少しだけ彼女を救っていることに、彼は気付いていたのだろうか。




