9
庭園の花々が夜風に揺れ、宮殿の広場には華やかな笑い声が満ちていた。
ヴィクトールとジュリア――二人の結婚を祝う盛大な宴は、彼の計画通り、格式と楽しさが見事に融合したものとなった。
貴族たちは最初こそ驚いていたが、自由な舞踏や洒落た競技が始まると、誰もが次第に笑顔を浮かべ、宴の雰囲気に飲み込まれていった。
その様子を、セリーヌは微笑みながら見守っていた。
「ジュリアらしい式だね」
エドモンが隣で静かに言う。
「ええ。でも、ヴィクトール様らしさも存分に出ているわ」
目の前では、ヴィクトールが声を張り上げ、ゲストたちを巻き込んで賑やかな競技の進行役を務めていた。
「さあ、勝者には新郎新婦からの特別な贈り物だ! ただし、負けた者には――」
「ちょっと、罰ゲームなんてないわよ!」
「えっ? いや、ちょっとくらいあった方が面白くないか?」
ジュリアが腰に手を当てて睨みつけると、ヴィクトールは「はいはい」とすぐに引き下がる。
「彼は、ああ見えてもジュリアに弱いんだな」
エドモンが苦笑すると、セリーヌは小さく笑った。
「ええ。でも、それが彼ららしいわ」
宴の片隅では、ひときわ目を引く光景があった。
黒の礼服を纏い、相変わらずの整った容姿のアラン・ド・モントレイユ。
だが、その隣にいる女性が、彼を完全に「手なずけている」のが誰の目にも明らかだった。
「アラン様、またくだらない詩を考えていたのではなくて?」
「……くだらないとは心外だよ、君。詩とは――」
「はいはい、詩とは心の叫びですわね。では、今すぐおやめになって」
鋭い声とともに、彼女――アランの婚約者であるアデライド・ボーモン嬢が、扇子で彼の肩を軽く叩いた。
「む……アデライド、君はもう少し情緒を持ってもいいのでは?」
「あなたに情緒を語られる筋合いはございませんわ」
容赦のない言葉に、周囲の貴族たちは肩を震わせながら笑いを堪えていた。
「つれないな。でもそんなところも素敵だよ。君の瞳は夜空に輝く星のようで――」
ポンッ!
「いいかげんになさいな」
「……」
アランが尻を小突かれると、セリーヌも思わず笑いそうになった。
「……これは、新しい形の男女の関係かもしれないな」
エドモンがぼそりと呟く。
「ええ。でも、アラン様が素直に従っているのが驚きだわ」
セリーヌがそう言うと、エドモンは少しだけ肩をすくめる。
「それだけあの彼女が、豪胆……しっかりした方なのだろう」
「……そうね」
アランは、あの調子でしばらく詩を呟こうとしたが、そのたびに扇子でツッコミを入れられていた。
それでも、どこか楽しそうにも見えるのが不思議だった。
(これが、アラン様にとっての「安定」なのかしら)
かつての彼とは違う。
未練を残しながらセリーヌを見つめ、詩を綴っていた彼は、もうここにはいない。
いや、詩は相変わらず綴っているが、それを一蹴する存在がそばにいる。
(それで、いいのかもしれないわね)
セリーヌは小さく息を吐き、カップを口に運んだ。
宴が最高潮に達するころ、広場の中心にヴィクトールとジュリアが立っていた。
「さあ、皆! 今日は俺たちの結婚式だが、ここにいる全員が幸せになる夜にしよう!」
「それはいいけれど、また変なことをしないでしょうね?」
ジュリアがじろりと睨むと、ヴィクトールは「しないしない!」と笑いながら手を広げる。
「そのために、最後のサプライズがある!」
合図とともに、夜空に大輪の花が咲いた。
湖の水面に映る美しい花火。
その光景に、会場の誰もが息を呑んだ。
「……まあ、素敵だわ」
ジュリアが小さく呟くと、ヴィクトールは満足そうに微笑んだ。
「俺が、お前に最高の景色を見せてやるって言っただろ?」
「……ええ、あなたらしいわね」
ジュリアは少しだけ照れたように笑い、彼の腕にそっと手を重ねた。
セリーヌとエドモンは、その様子を少し離れた場所から見守っていた。
「ジュリア、幸せそうね」
「ああ」
エドモンは隣に立つセリーヌを見つめ、そっと手を取る。
「僕たちも、これからもっと幸せになろう」
「ええ」
セリーヌは静かに微笑み、寄り添った。
夜空の花火が、新たな未来を照らしていた。




