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アランの声が、夜の静寂に溶けた。
男たちは一瞬動きを止め、互いに視線を交わす。
「なんだ、お前……?」
「公爵家の嫡男様が、こんなところで何してんだ?」
アランは微かに口元を歪めた。
「さあね。ただ――」
剣をゆるやかに構え、夜風に刃を揺らす。
「君たちの好きにはさせない。」
男たちは警戒を強める。
「へっ……貴族様が剣を振るったところで、どうにかなると思うか?」
「数が違うんだよ」
それでも、アランの動きは迷いがなかった。
鋭く踏み込み、瞬く間に距離を詰める。
彼の視線の先には、かつての自分とは異なる何かがあった。
(これは義務じゃない。僕が選んだものだ)
フェリクス王子の影として生きていた頃、彼は剣を振るうことに意味を見出せなかった。
しかし、今――
この剣は、誰のためでもなく、自らの意志で振るわれている。
(僕は、何のために戦っている?)
相手の動きを見極めながら、最小の動作でかわし、反撃する。彼は鍛えていた。
男たちは思うように動けず、焦りの色を浮かべる。
「くそっ……!」
しかし、無理な体勢で動いた瞬間、アランの身体に強い衝撃が走った。
「アラン様!」
セリーヌの声が遠くに聞こえる。
(……ああ)
手が震える。思うように動かない。
それでも、彼は最後まで剣を握り続けた。
「チッ……引くぞ!」
男たちは素早く姿を消した。
静寂が戻る。
アランは剣をゆっくりと下ろし、呼吸を整えようとした。
だが、思うように体に力が入らない。
視界がわずかに揺らぐ。
(……少し、休みたい)
「アラン様!」
駆け寄るセリーヌの姿がぼやける。
彼は、微かに微笑んだ。
「もう……僕は、君の隣にはいられない。でも、それでも……。」
セリーヌの目が見開かれる。
「せめて……君が笑える未来を。」
夜風が吹く。
ポケットの中から、何かがこぼれ落ちた。
四つ葉のクローバー。
四本。
セリーヌは、アランを見つめたまま言葉を失う。
アランの唇が、かすかに動く。
「君のために……拾ったんだよ」
静かな夜の中、クローバーの葉が風に揺れた。
「運びます!」
御者が声を上げると、アランの身体を支え、馬車の中へと慎重に運び込んだ。
セリーヌは、その様子を静かに見つめていた。
夜の冷えた空気が頬を撫でる。
戦いの余韻がまだ体の芯に残っているようで、指先がじんと痺れていた。
「セリーヌ!」
知らせを聞いて駆けつけたエドモンが彼女のもとへ歩み寄る。
「無事か?」
彼の声は落ち着いていたが、内に秘めた焦燥は隠しきれていなかった。
「ええ、私は……」
言葉を紡ぎながら、セリーヌの視線は馬車の中に横たわるアランへと向かった。
「彼が……助けてくれました」
「……そうか」
エドモンは短く頷き、使用人たちに指示を出す。
「すぐに医師を呼べ。丁寧に扱え」
侍従たちが迅速に動き出す。
意識を失ったアランは、静かに寝かされていた。
どこか、安らかにも見える表情。
(なぜ……)
セリーヌは、無意識のうちに息を詰めた。
彼は、なぜあの場にいたのだろう?
「たまたま……通りかかっただけ?」
そんな偶然があるだろうか。
考えれば考えるほど、彼があの場にいたことが不自然に思えてくる。
(まるで……効果的なタイミングを見計らっていたように)
敵が彼女を追い詰めたその瞬間。
まさに「英雄の登場」と言わんばかりに現れたアラン。
それだけではない。
「もう僕は、君の隣にはいられない。でも、それでも……。」
「せめて……君が笑える未来を。」
あの自己陶酔しきった声。
どこか満ち足りたような笑み。
まるで「役目を果たした」とでも言うように。
ゾクリ――
背筋に、言いようのない悪寒が走る。
「セリーヌ?」
エドモンがそっと彼女の手を取る。
「震えている」
「あ……」
セリーヌは、ようやく自分がわずかに震えていることに気づいた。
「……大丈夫よ」
そう言いながらも、視線は未だ意識の戻らぬアランへと向けられていた。




