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もう、今更です  作者: つむぎ


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46/52

3

アランの声が、夜の静寂に溶けた。


男たちは一瞬動きを止め、互いに視線を交わす。


「なんだ、お前……?」


「公爵家の嫡男様が、こんなところで何してんだ?」


アランは微かに口元を歪めた。


「さあね。ただ――」


剣をゆるやかに構え、夜風に刃を揺らす。


「君たちの好きにはさせない。」


男たちは警戒を強める。


「へっ……貴族様が剣を振るったところで、どうにかなると思うか?」


「数が違うんだよ」


それでも、アランの動きは迷いがなかった。


鋭く踏み込み、瞬く間に距離を詰める。


彼の視線の先には、かつての自分とは異なる何かがあった。


(これは義務じゃない。僕が選んだものだ)


フェリクス王子の影として生きていた頃、彼は剣を振るうことに意味を見出せなかった。


しかし、今――


この剣は、誰のためでもなく、自らの意志で振るわれている。


(僕は、何のために戦っている?)


相手の動きを見極めながら、最小の動作でかわし、反撃する。彼は鍛えていた。


男たちは思うように動けず、焦りの色を浮かべる。


「くそっ……!」


しかし、無理な体勢で動いた瞬間、アランの身体に強い衝撃が走った。


「アラン様!」


セリーヌの声が遠くに聞こえる。


(……ああ)


手が震える。思うように動かない。


それでも、彼は最後まで剣を握り続けた。


「チッ……引くぞ!」


男たちは素早く姿を消した。


静寂が戻る。


アランは剣をゆっくりと下ろし、呼吸を整えようとした。


だが、思うように体に力が入らない。


視界がわずかに揺らぐ。


(……少し、休みたい)


「アラン様!」


駆け寄るセリーヌの姿がぼやける。


彼は、微かに微笑んだ。


「もう……僕は、君の隣にはいられない。でも、それでも……。」


セリーヌの目が見開かれる。


「せめて……君が笑える未来を。」


夜風が吹く。


ポケットの中から、何かがこぼれ落ちた。


四つ葉のクローバー。


四本。


セリーヌは、アランを見つめたまま言葉を失う。


アランの唇が、かすかに動く。


「君のために……拾ったんだよ」


静かな夜の中、クローバーの葉が風に揺れた。






「運びます!」


御者が声を上げると、アランの身体を支え、馬車の中へと慎重に運び込んだ。


セリーヌは、その様子を静かに見つめていた。


夜の冷えた空気が頬を撫でる。


戦いの余韻がまだ体の芯に残っているようで、指先がじんと痺れていた。


「セリーヌ!」


知らせを聞いて駆けつけたエドモンが彼女のもとへ歩み寄る。


「無事か?」


彼の声は落ち着いていたが、内に秘めた焦燥は隠しきれていなかった。


「ええ、私は……」


言葉を紡ぎながら、セリーヌの視線は馬車の中に横たわるアランへと向かった。


「彼が……助けてくれました」


「……そうか」


エドモンは短く頷き、使用人たちに指示を出す。


「すぐに医師を呼べ。丁寧に扱え」


侍従たちが迅速に動き出す。


意識を失ったアランは、静かに寝かされていた。


どこか、安らかにも見える表情。


(なぜ……)


セリーヌは、無意識のうちに息を詰めた。


彼は、なぜあの場にいたのだろう?


「たまたま……通りかかっただけ?」


そんな偶然があるだろうか。


考えれば考えるほど、彼があの場にいたことが不自然に思えてくる。


(まるで……効果的なタイミングを見計らっていたように)


敵が彼女を追い詰めたその瞬間。


まさに「英雄の登場」と言わんばかりに現れたアラン。


それだけではない。


「もう僕は、君の隣にはいられない。でも、それでも……。」


「せめて……君が笑える未来を。」


あの自己陶酔しきった声。


どこか満ち足りたような笑み。


まるで「役目を果たした」とでも言うように。


ゾクリ――


背筋に、言いようのない悪寒が走る。


「セリーヌ?」


エドモンがそっと彼女の手を取る。


「震えている」


「あ……」


セリーヌは、ようやく自分がわずかに震えていることに気づいた。


「……大丈夫よ」


そう言いながらも、視線は未だ意識の戻らぬアランへと向けられていた。



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