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もう、今更です  作者: つむぎ


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45/52

2

夜の帳がゆっくりと街を包み込むころ、サロンの灯りも徐々に落ち始めていた。


大きな窓越しに覗く夜空には、まだわずかに紫の名残を残した薄闇が広がっている。


サロンの内部では、侍女たちが食器を片付け、明日の準備を整えていた。訪れていた令嬢たちも帰路につき、徐々に静けさが戻りつつある。


セリーヌとジュリアは、最後に残った客たちを見送り、二人だけになった。


「今日も盛況だったわね」


ジュリアは、グラスに残っていた紅茶を軽く揺らしながら、満足げに微笑んだ。


「ええ。特に、女性の仕事や教育に関する話題が増えてきたのが印象的だったわ」


「そうね。少し前までは、社交界の噂話や婚約話が中心だったのに……今では、将来について真剣に考える令嬢たちも増えてきたわね」


「……良い流れだわ」


セリーヌはカップを置き、ゆっくりと息を吐いた。


彼女たちが始めたこのサロンは、単なる社交の場ではなく、貴族の令嬢たちが知識を広げ、未来を考える場所へと変わりつつあった。


「ところで、あなたはもう帰るの?」


ジュリアがグラスを傾けながら問いかける。


「ええ。今日はエドモンとの予定があるし、そろそろ戻らないと」


「それなら、気をつけて帰りなさいよ。遅い時間になると、街の雰囲気も少し変わるもの」


「ありがとう。でも、屋敷は近いし馬車を手配しているから大丈夫よ」


「ならいいけれど……」


ジュリアは少しだけ口元を引き締めた。


「最近、王宮の動きも慌ただしいし、それに伴って貴族社会も何かとざわついているわ。私たちのサロンも注目されているし……どこで敵を作るか分からないわよ」


「ええ……分かっているつもりよ」


セリーヌは静かに微笑んだが、その胸には小さな不安が残った。


それでも、今更引き返すつもりはなかった。


「あなたはもう少し残るの?」


「ええ、片付けもあるし、侍女たちの明日の予定も確認しないとね」


「なら、お先に失礼するわ」


セリーヌはジュリアに微笑み、扉へ向かった。


ジュリアは軽く手を振る。


「また明日、報告しなさいよ」


「ええ、もちろん」


そして、セリーヌは夜の街へと歩き出した。


サロンの扉が閉じられた瞬間、外の空気はぐっと冷たく感じた。


静かすぎる夜。


まだ、彼女はこの夜が何かを孕んでいることに気づいていなかった。


サロンを出ると、夜の冷気が肌を撫でた。街の喧騒も次第に落ち着き、遠くに灯る街灯の光がぼんやりと闇に溶け込んでいる。


セリーヌは石畳の上を進み、停めてあった馬車へ向かった。御者が手綱を握りながら待っているのが見える。


足元を気にしながら馬車へ向かおうとした、その時だった。


「お嬢さん、こんな時間にひとりとは、ずいぶん無防備だな」


静かな夜に似つかわしくない、ざらついた声が背後から響いた。


セリーヌの背筋が凍る。


「……どなた?」


振り返ると、五、六人の男たちが路地の陰から現れ、じわじわと距離を詰めてきていた。


粗野な服装だが、完全に下層の人間ではない。微妙に整った身なり。貴族ではないが、どこかで育ちの良さが滲む雰囲気。


彼らは無造作に立っているようで、すでにセリーヌの退路を塞ぐように配置されていた。


(待ち伏せされていた……?)


「ご用件は?」


静かに問いかけると、男たちはにやりと笑った。


「最近、貴族の娘がずいぶん面白いことを始めたと聞いてね」


「お前のサロンの話さ。貴族の女が集まって、なにかと物騒な話をしてるんだろ?」


「学ぶだの、働くだの、女の分を超えたことをな」


セリーヌは眉をひそめる。


「まさか、それが気に入らなくてこんな真似を?」


「ご理解が早いようで助かる」


男たちは肩をすくめる。


「……そんな時代じゃないわ。女性も知識を持ち、社会と関わることを考えるべきだと――」


「それが、気に入らねえ連中もいるんだよ」


男のひとりが、わざとらしくため息をついた。


「お嬢さんはお利口さんらしいが、世の中は変わらないもんだ。貴族の娘が男の領分に口を出すなってのが、大多数の意見さ」


「それで、私をどうするつもり?」


男たちはわずかに顔を見合わせ、笑った。


「さあな? ただ、ちょっと『お話』をするだけさ。お前が考えを改めれば、それで済むことだ」


その言葉に、セリーヌはゆっくりと息を吐いた。


(このままでは……)


御者が腰を上げているが、彼は戦闘には向いていない。そっと視線でとめる。


それなら――逃げるしかない。


そして、彼女は踵を返し、全力で駆け出した。


「おい、待て!」


男たちがすぐに追いかけてくる。


足音が響く。


石畳を蹴り、セリーヌは夜の闇へと駆ける。


(どこか、人のいる場所へ……!)


だが、追っ手の気配がすぐ背後まで迫る。


「無駄だぜ、お嬢さん!」


「こっちは人数がいるんだ、逃げられると思うな!」


追い詰められる。


心臓の鼓動が激しくなる。


息が詰まる。


――その時だった。


「君に害をなす者は、僕が排除する。」


鋭い剣閃が、夜の闇を裂いた。


男たちの足が止まる。


「なっ……?」


不意に現れた影。


長身の男が、剣を構え、セリーヌの前に立ちはだかっていた。


アラン・ド・モントレイユ。


彼がそこにいた。


「……まさか、こんな露骨に動くとはな」


月光を反射する鋭い剣。


「お前は……?」


男たちが警戒の色を滲ませる。


「……通りすがりの者だよ」


アランはゆっくりと剣を掲げた。


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