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夕暮れが静かに街を包み込む頃、セリーヌとエドモンはサロンの一角で、穏やかに語り合っていた。窓の外ではオレンジ色の陽が沈みかけ、暖かな光が室内を優しく照らしている。
テーブルには、彼女の好きなフルーツティーと、エドモンが選んだブラックティーが並び、二人はそれぞれのカップを手にしていた。
「最近のサロンは、以前にも増して活気があるようだね」
エドモンが微笑みながら言うと、セリーヌはカップを揺らしながら頷いた。
「ええ。貴族の女性たちが、少しずつ新しい世界に目を向けるようになってきているわ。リリア嬢やカトリーヌ様の話題が出るたびに、彼女たちも自分たちの未来について考え始めているのを感じるの」
「君のサロンが、貴族女性たちにとって新しい可能性を示している証拠だね」
「それなら、嬉しいのだけれど」
セリーヌはティーカップを置き、そっとため息をついた。
「でも、時々不安にもなるの。女性たちが知識を深め、自立を目指すのは良いことだと思うわ。でも、それを良く思わない人たちがいるのも事実でしょう?」
エドモンはカップを持ち上げながら、ゆっくりと首を振った。
「確かに、変化を嫌う者もいる。でも、どんな時代でも、新しい流れは最初は受け入れられにくいものだ。君たちのサロンが成功していることが、その証明でもある」
「そうね……」
セリーヌは彼の言葉に安心したように微笑んだ。
「あなたがいてくれて、本当に良かったわ」
エドモンは少し目を細めながら、彼女の手を優しく包み込んだ。
「そう言ってもらえるなら、僕も嬉しいよ」
その手の温かさに、セリーヌはふっと微笑む。
「……結婚式の準備、そろそろ本格的に進めないといけないわね」
「そうだね。もうすぐ正式に日取りを決める頃だ」
「あなたはどんな式が理想なの?」
「そうだな……君が笑っていれば、それだけで完璧な式になる」
「また、そういうことをさらっと……」
セリーヌは呆れたように笑いながらも、頬がわずかに染まる。
「じゃあ、私が一番素敵な笑顔を見せられるように、最高の式にしましょう」
エドモンは微笑みながら、彼女の手にそっと口づけた。
「もちろん。君が幸せでいられるように、僕は全力を尽くすよ」
窓の外には、ゆっくりと夜の帳が降り始めていた。
二人の未来を優しく包み込むように――。
アラン・ド・モントレイユは、サロンの表にある植え込みの前でしゃがみ込んでいた。貴族らしからぬ姿勢で、指先を土に軽く触れさせながら、小さな葉を一枚ずつ丹念に探している。
すでに指には三本の四つ葉のクローバーが握られていた。
「……あと一本」
静かに呟き、彼はじっと目を凝らした。
四つ葉のクローバーは、幸運の象徴。セリーヌのために四本集めれば、何かが変わるかもしれない――そんな、根拠のない考えが彼の頭を支配していた。
思えば、昔もこうして何かを願いながら、幼いセリーヌを遠くから見つめていた気がする。今になって、彼女の幸せを「見守る」などと美しく言い繕いながら、こんなことをしている自分が可笑しくなる。
(……フェリクス様と僕は違う)
再び、自分に言い聞かせる。
フェリクスは妄想に囚われ、ありもしない愛を信じ続けた。
だが、自分はセリーヌの幸せを現実として見ている。彼女がエドモンとともに歩む未来を受け入れ、それをただ見守る。それが自分の役目だ。
「……見守る、ね」
自嘲気味に呟いた瞬間、視線の端に四枚の葉を持つ小さなクローバーが目に入った。
「あった」
指先でそっと摘み取ると、アランは満足げに微笑んだ。
四つ葉のクローバーが四本。完璧だ。
これをセリーヌにそっと渡せば、きっと幸せが続くだろう。彼女の未来は、今以上に輝くに違いない。
彼は立ち上がり、服の埃を軽く払った。
そして、サロンの窓越しにセリーヌとエドモンが穏やかに語らう姿を見つけた。
セリーヌは、エドモンの手を取って笑っていた。その顔は、かつて自分と婚約していた頃には見せなかったほどの、柔らかく温かな表情だった。
胸が苦しくなる。
それでも、彼は握りしめた四つ葉のクローバーを、そっとポケットにしまった。
(……やめておこう)
今、これを渡せば、それはまるで「未練」の証になってしまう。
「僕は、違う」
その言葉を呟きながら、アランは静かにその場を離れた。
ポケットの中で、四つ葉のクローバーが微かに揺れた。




