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レオナール・ヴァルモン――それが、第二王子の名だった。
王家の血を引きながらも、彼の生い立ちは兄フェリクスとは大きく異なっていた。母は側室の出であり、王宮の中では王の後継とは見なされない立場だった。しかし、それが彼にとって幸運だったのかもしれない。
フェリクスのように幼い頃から「王となるべき者」として育てられることはなく、彼は比較的自由な教育を受けることができた。結果として、王家の伝統に縛られることなく、冷静な判断力と、情勢を見極める視野を育んでいた。
「やはり、彼のほうが王にふさわしいのでは?」
そんな声が、王宮のあちこちで囁かれるようになったのは、フェリクスが婚約破棄の騒動を起こした後だった。
レオナール自身は、もともと王位継承にはあまり関心がなかった。側室の子として生まれた時点で、王座が自分に巡ってくることなど考えたこともなかったからだ。だが、フェリクスが次第に精神を蝕まれ、貴族社会が自分を王として迎えようとする動きを見せるにつれ、彼は現実を受け入れざるを得なくなった。
「僕が王になることが、この国にとって最善だというのなら……応えよう」
そう静かに言った彼の姿を見て、貴族たちは「やはりこの方こそ」と確信したのだった。
そして、彼はカトリーヌ・ベルフォールに出会った。
もともと、彼女のことは知っていた。フェリクスの元婚約者として、王家に関わる立場にあった彼女の存在を知らぬ者はいない。しかし、実際に言葉を交わしたのは、王宮の重臣たちとの会議の場だった。
彼女は毅然とした態度で、フェリクスの王位継承を否定し、第二王子を支持する意義を説いた。
「レオナール殿下には、冷静な判断力と、国の未来を見据える目があります。王家の正統性よりも、国の安定を優先すべきではありませんか?」
その堂々たる言葉に、彼は思わず目を奪われた。
彼女の瞳には迷いがない。過去に王家に翻弄されながらも、なおも誇り高く立つ姿に、彼は胸の奥に妙な感情が芽生えるのを感じた。
「この人と並び立つことができたなら――」
だが、それは決して口にしてはならない感情だった。
彼女はかつて兄の婚約者だった。そして何より、彼女は王家のしがらみに囚われることなく、自らの意志で道を切り開こうとしている。
「僕が、彼女を王家に縛ることはできない」
そう分かっていながらも、彼は無意識のうちにカトリーヌの言葉に耳を傾け、彼女の意見を求めるようになっていた。
彼が王となる道が決まったとき、カトリーヌが傍にいることは、国にとっても大きな支えとなるだろう。
しかし――
彼個人として、ただ一人の男性として、カトリーヌを求めることは許されない。
彼は自らの恋心を静かに胸に閉じ込めた。
「カトリーヌ嬢、あなたが見据えた未来のために、僕はこの王座を引き受けましょう」
彼の声は静かだったが、その中には確かな決意が宿っていた。
それが彼の選んだ道。
国のための王であり続けること――そして、カトリーヌを想いながらも、決してその想いを口にしないこと。




