12
アラン・ド・モントレイユは、フェリクス王子の幽閉を遅れて知った。
王宮内ではすでに噂になっていたが、彼は意識的に宮廷の動向から距離を置いていた。フェリクスが王位継承争いで不利になっていることは知っていたが、まさかそこまで追い詰められているとは思っていなかった。
「……幽閉、ですか」
低く呟くと、報せをもたらした者は静かに頷いた。
「殿下は隣国へ向かおうとしたところを発見され、以後、離宮に閉じ込められています。王妃様は激しく反対されたそうですが、貴族たちの意見は覆りませんでした」
アランは黙ったまま、ワインのグラスを回した。
(フェリクス様が……幽閉……)
未だに現実味がなかった。
あの誇り高き王子が、一人の女を追い求め、妄執に囚われ、ついには王宮から消された。
セリーヌを想う自分と、リリアを追いかけるフェリクス。
二つの姿が頭の中で重なった。
「……いや、違う」
アランは静かにグラスを置いた。
「僕は、フェリクス様とは違う」
呟いた言葉が、妙に空々しく響いた。
彼は妄想ではなく、現実のセリーヌを見ている。彼女がエドモン・ルフェーヴルとともに幸せそうに過ごしている姿を、この目で確認している。それを受け入れているからこそ、彼は彼女の未来を「見守る」ことができるのだ。
フェリクス王子のように、ありもしない愛に縋って行動を誤ったりはしない。
「僕は……僕は違う」
再び呟き、今度はワインを一気に飲み干した。
喉を通る液体は熱く、酔いの気配が広がる。しかし、胸の奥にある冷たい感情は、何も変わらないままだった。
フェリクス王子は、もう戻れない。彼は未来を閉ざされた。
では、自分はどうなのか?
このまま「見守る」という言葉のもと、ただ剣を振るい、セリーヌに偶然を装って近づき、遠くからその幸せを確かめるだけの人生を送るのか?
……フェリクスと何が違う?
「いや、僕は……違うはずだ」
再び言い聞かせたが、今度はその言葉にすら確信が持てなかった。
窓の外に広がる夜の闇が、アランの心に、妙な影を落とす。
王はすでに病床にあった。
この国の支配者として長く君臨してきた王だったが、ここ数年は体調を崩し、政務のほとんどを側近たちに任せていた。病が深刻化した今、王宮内では「次の王」を正式に決める動きが加速していた。
フェリクス王子の幽閉が決まったことで、王位継承の道はほぼ一本に絞られていた。第二王子――側室の血を引く、穏やかで冷静な王子こそが、新たな国の指導者として最もふさわしいと考えられていた。
その彼を支えるため、貴族社会は一つの意志を固めつつあった。
カトリーヌ・ベルフォールは、その中心にいた。
彼女は婚約破棄という屈辱を経験しながらも、貴族社会の中で確かな信頼を築き、今や政治の舞台で影響力を発揮する存在となっていた。彼女が第二王子を推すことは、すなわち貴族たちの総意を示すことになる。
「第二王子こそが、この国の未来を導くべき存在です」
彼女の言葉に、多くの貴族たちが頷いた。
「側室の子とはいえ、王家の血を引きながらも、決して偏った思考を持たず、冷静な判断ができるお方。王家の未来を考えれば、もっとも安定した選択でしょう」
「フェリクス殿下が王座を継ぐことは、もはやありえない。王妃陛下がどれほど抗おうと、この流れは止められません」
王宮内の有力者たちは次々とカトリーヌのもとへ集い、彼女の意見を支持した。
その中には、エドモン・ルフェーヴルの姿もあった。
彼は元々、貴族社会の中では慎重な立場を取る人物だったが、王家の混乱が深まるにつれ、「国を安定させるために何が必要か」を冷静に見極めていた。
「カトリーヌ様、貴族たちはすでに第二王子の即位を支持する方向でまとまりつつあります。しかし、まだ王妃陛下の影響力を侮ることはできません」
「ええ、分かっています」
カトリーヌは静かに頷く。
「彼女は最後までフェリクス殿下を守ろうとするでしょう。王の容態が悪化すればするほど、焦りを募らせるはず」
「……何か行動を起こす可能性も?」
エドモンが眉をひそめる。王妃はこれまで、王宮の権威を守るために動いてきた。しかし、息子が完全に王座を失うと分かったとき、彼女が何をするかは分からない。
「念のため、王宮の監視を強めるべきでしょう」
エドモンの言葉に、カトリーヌは微笑んだ。
「さすがね、エドモン。貴族社会の変化を読むのが速い」
彼は軽く肩をすくめた。
「政治に深入りするつもりはありませんが、未来のためには必要なことですからね」
それは、彼がセリーヌと歩む未来を守るためでもあった。
この国が安定しなければ、どんな未来も築けない。だからこそ、彼はここで動くことを選んだのだ。
「エドモン、あなたには王宮の貴族たちとの交渉をお願いしたい。特に、まだ王妃側につくか迷っている者たちを」
「承知しました」
彼は深く頷く。
カトリーヌは、その姿を見ながら改めて確信した。
彼女が支えるのは、ただの「第二王子」ではない。
この国の未来そのものなのだ。
そして、その未来を確実なものとするために、彼女は動き続ける。
王が崩御する前に、すべての準備を終えなければならない。
彼女の青い瞳が、王宮の奥を鋭く見据えた。




