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午後の陽射しが窓から柔らかく差し込む中、セリーヌとエドモンはカフェの片隅に座り、楽しげに話していた。
「それでね、ジュリアが『せっかくならドレスは三着用意すべきよ!』って言うのよ」
「三着? ずいぶん豪華だね」
エドモンは微笑みながら、セリーヌの手元のメニューをそっと押しやり、彼女の指を自分の手で包み込んだ。
「でも、君が好きなものを選べばいい。僕はどんなドレスでも、君が着るなら美しいと思うよ」
「またそういうことをさらっと……」
セリーヌは軽く頬を赤らめながら、メニューの隅を指でなぞった。
「披露宴はそこまで大きくなくていいの。サロンの関係者や親しい人たちを呼んで、穏やかな式にしたいわ」
「それなら、庭園でのガーデンパーティーなんてどうかな?」
エドモンの提案に、セリーヌの瞳が輝く。
「素敵ね! それなら花の装飾にもこだわれるし、招待客も自由にくつろげるわ」
そんな風に、二人は結婚式の計画を語り合いながら、穏やかな時間を過ごしていた。
しかし、その幸せな空間に、ゆっくりと影が忍び寄っていた。
「二人の幸せそうな声が、まるで春のそよ風のように耳に心地よい……」
セリーヌが背筋を伸ばし、エドモンが顔を上げる。そこには、鍛錬後の汗を微かに滲ませたアラン・ド・モントレイユが立っていた。
「……アラン様?」
驚きと警戒が入り混じった声で名を呼ぶと、アランはどこか満足そうに微笑んだ。
「セリーヌ。いや、君の婚約者であるエドモンも一緒とは……素晴らしい偶然だね」
「……偶然?」
エドモンが静かに問い返すが、アランはさらりと流した。
「ちょうど鍛錬を終えたところでね。剣を振るいながら、考えていたんだ。愛とは、まるで鋼のようなものではないか、と」
「……え?」
「何度も鍛えられ、叩かれ、強くなっていくもの。時に折れそうになりながらも、決して簡単には砕けない……そう思わないか?」
エドモンが目を細める。
「つまり、どういうことです?」
「いや、ただの感想だよ」
アランは優雅に肩をすくめ、次の瞬間、少し身を乗り出してセリーヌを見つめた。
「君の未来が幸せで満ちていることを、僕は心から願っている」
それ自体は問題のない言葉だった。しかし、その目に宿る妙な光と、汗の匂いが微かに漂う気配が、場に奇妙な不穏さをもたらした。
セリーヌはグラスを手に取りながら、平静を装った。
「……ご心配には及びません。私は十分に幸せですので」
「それは、何よりだ」
アランは満足げに頷いたが、どこか名残惜しそうな空気を纏っていた。
エドモンが穏やかに微笑みながら、しかし冷ややかな声で続ける。
「アラン様。鍛錬後でお疲れでしょうし、どうかゆっくり休まれては?」
それは、婉曲な「立ち去れ」という意味だった。
しかし、アランは微笑を崩さず、一歩引いた。
「そうだな。では、また」
優雅に礼をして去っていく彼の背中を見送りながら、セリーヌは静かに息をついた。
「……何かしら、今の」
「彼は、彼なりのロマンを追い求めているのかもしれないね」
エドモンは苦笑しながら、セリーヌの手をそっと握った。
「でも、僕の前で君を詩的に讃えるのは、あまり感心しないな」
「ふふ、あなたって、そういうところが意外と独占欲が強いのね」
「当然だろう? 君は僕の婚約者なのだから」
セリーヌは微笑んだ。
彼女はもう過去を振り返らない。
そして、アランもまた、過去に縛られたまま、彼なりの「未来」へと進んでいくのだろう。
それがどのような結末を迎えるにせよ――。




