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もう、今更です  作者: つむぎ


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37/52

9

午後の陽射しが窓から柔らかく差し込む中、セリーヌとエドモンはカフェの片隅に座り、楽しげに話していた。


「それでね、ジュリアが『せっかくならドレスは三着用意すべきよ!』って言うのよ」


「三着? ずいぶん豪華だね」


エドモンは微笑みながら、セリーヌの手元のメニューをそっと押しやり、彼女の指を自分の手で包み込んだ。


「でも、君が好きなものを選べばいい。僕はどんなドレスでも、君が着るなら美しいと思うよ」


「またそういうことをさらっと……」


セリーヌは軽く頬を赤らめながら、メニューの隅を指でなぞった。


「披露宴はそこまで大きくなくていいの。サロンの関係者や親しい人たちを呼んで、穏やかな式にしたいわ」


「それなら、庭園でのガーデンパーティーなんてどうかな?」


エドモンの提案に、セリーヌの瞳が輝く。


「素敵ね! それなら花の装飾にもこだわれるし、招待客も自由にくつろげるわ」


そんな風に、二人は結婚式の計画を語り合いながら、穏やかな時間を過ごしていた。


しかし、その幸せな空間に、ゆっくりと影が忍び寄っていた。


「二人の幸せそうな声が、まるで春のそよ風のように耳に心地よい……」


セリーヌが背筋を伸ばし、エドモンが顔を上げる。そこには、鍛錬後の汗を微かに滲ませたアラン・ド・モントレイユが立っていた。


「……アラン様?」


驚きと警戒が入り混じった声で名を呼ぶと、アランはどこか満足そうに微笑んだ。


「セリーヌ。いや、君の婚約者であるエドモンも一緒とは……素晴らしい偶然だね」


「……偶然?」


エドモンが静かに問い返すが、アランはさらりと流した。


「ちょうど鍛錬を終えたところでね。剣を振るいながら、考えていたんだ。愛とは、まるで鋼のようなものではないか、と」


「……え?」


「何度も鍛えられ、叩かれ、強くなっていくもの。時に折れそうになりながらも、決して簡単には砕けない……そう思わないか?」


エドモンが目を細める。


「つまり、どういうことです?」


「いや、ただの感想だよ」


アランは優雅に肩をすくめ、次の瞬間、少し身を乗り出してセリーヌを見つめた。


「君の未来が幸せで満ちていることを、僕は心から願っている」


それ自体は問題のない言葉だった。しかし、その目に宿る妙な光と、汗の匂いが微かに漂う気配が、場に奇妙な不穏さをもたらした。


セリーヌはグラスを手に取りながら、平静を装った。


「……ご心配には及びません。私は十分に幸せですので」


「それは、何よりだ」


アランは満足げに頷いたが、どこか名残惜しそうな空気を纏っていた。


エドモンが穏やかに微笑みながら、しかし冷ややかな声で続ける。


「アラン様。鍛錬後でお疲れでしょうし、どうかゆっくり休まれては?」


それは、婉曲な「立ち去れ」という意味だった。


しかし、アランは微笑を崩さず、一歩引いた。


「そうだな。では、また」


優雅に礼をして去っていく彼の背中を見送りながら、セリーヌは静かに息をついた。


「……何かしら、今の」


「彼は、彼なりのロマンを追い求めているのかもしれないね」


エドモンは苦笑しながら、セリーヌの手をそっと握った。


「でも、僕の前で君を詩的に讃えるのは、あまり感心しないな」


「ふふ、あなたって、そういうところが意外と独占欲が強いのね」


「当然だろう? 君は僕の婚約者なのだから」


セリーヌは微笑んだ。


彼女はもう過去を振り返らない。


そして、アランもまた、過去に縛られたまま、彼なりの「未来」へと進んでいくのだろう。


それがどのような結末を迎えるにせよ――。

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