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アラン・ド・モントレイユは、己の未練を正当化するために鍛錬を始めた。
婚約破棄の直後はただ酒をあおり、未練がましくセリーヌとエドモンをみつめるだけだった。だが、セリーヌが本当に自分の手の届かない場所へ行こうとしているのを知ると、彼の中である考えが芽生えた。
「いずれ、彼女を守るときが来るかもしれない」
なぜそう思ったのかは、自分でもよく分からなかった。セリーヌは既に自立し、エドモン・ルフェーヴルという婚約者を得て、何の不自由もなく生きている。彼女は昔のように彼を見つめることはなく、もうアランに期待することもない。
それなのに――彼は、己の手で「守る準備」を整えなければならないという強迫観念に駆られた。
「いつか、彼女にとって本当に危機が訪れたとき、そのときこそ――」
それが何の危機なのかも分からない。彼女のサロンが襲われるとでも? 貴族社会の陰謀に巻き込まれる? あるいは、エドモンとの関係が破綻し、再び誰かに救いを求める瞬間が訪れる?
馬鹿げた想像だ。しかし、それはアランにとって「自分がまだセリーヌの人生に意味を持つ」ための、唯一の幻想だった。
それを正当化するため、彼は鍛錬に励んだ。
馬術、剣術、射撃――どれも貴族の嗜みとして心得ていたが、今まで以上に本気で取り組むようになった。特に剣術には執念を見せ、朝晩の鍛錬を欠かさなくなった。
「公爵家の嫡男が、そんなに熱心に鍛えてどうするのです?」
ある夜、稽古場で汗を流すアランに、公爵家の執事が苦笑混じりに声をかけた。
「まさか剣士にでもなるつもりではないでしょうな」
「いいえ」
アランは剣を構えたまま、静かに答えた。
「……己を鍛えておくのは、悪いことではありません」
執事は少し驚いたように眉を上げた。
「それはごもっともですが、貴方にはもっと重要なことがあるのでは?」
婉曲的な言い方だったが、要するに「そろそろ婚約者を決めるべきでは?」という意味だ。
アランは黙ったまま、剣を振るった。
確かに、公爵家は彼の婚約を急かしていた。婚約解消から時が経ち、そろそろ正式な縁談を進めなければならない時期だ。しかし、アランはどの話も受けようとしなかった。
「モントレイユ公爵家の嫡男が、いつまでも独身でいるわけにはいかんぞ」
そう何度も言われたが、アランは答えなかった。
彼が新たな婚約を結ぶということは、セリーヌを完全に過去にすることを意味していた。それだけは耐えられなかった。
だが、それを認めるわけにはいかない。
だから、彼はこう考えた。
「いずれ、セリーヌが助けを求めるときが来る。そのとき、自分は――」
アランにとって、その考えだけが彼自身を救う拠り所だった。
剣を振るうたびに、自分が彼女のために強くなっているような錯覚を覚えた。
夜会でセリーヌがエドモンとともにいるのを目にしても、もう酔いつぶれることはなかった。
「……いずれ、分かるさ」
夜の稽古場で一人呟き、アランは再び剣を構えた。
だが、彼の鍛錬は戦場に出るためのものではなく、貴族社会で剣を振るう機会などほとんどない。
それでも、彼は信じた。
「いつか、セリーヌを守るために、この剣を使う日が来る」
それが、彼の未練が生んだ、たった一つの生きる理由だった。




