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セリーヌの手元には、すでに八通の手紙が溜まっていた。差出人はアラン・ド・モントレイユ。
最初の一通を受け取ったとき、彼女は少しばかり驚いた。何の前触れもなく届いたその手紙は、礼儀正しくも妙に気取った筆跡で書かれており、「君の幸せを願う」といった曖昧な言葉が綴られていた。
そのときは、ただの社交辞令かと思った。婚約破棄を経ても、アランは公爵家の嫡男であり、セリーヌは伯爵家の令嬢なのだから、表面上の関係を取り繕うことはあり得る。しかし、二通目、三通目と届くうちに、それが単なる挨拶ではないことが分かった。
手紙の内容は次第に過去の回想へと変わっていった。
「君は覚えているだろうか。僕が初めて君と会った日を。」
「あのとき、僕はまだ純粋だった。ただ、親に決められた婚約者としてではなく、一人の人間として君を知ろうとしていた。」
しかし、そこから筆致は妙に情緒的になり、思春期を拗らせた少年の独白のようなものになっていく。
「僕は幼かった。君と並び立つはずの自分を、誇り高い公爵家の後継者として意識するあまり、君に正面から向き合えなかった。」
「虚構のプライドが、僕の中に根を張った。」
「気づけば、君に対して冷たい態度を取ることが当たり前になり、それが僕の『正しい距離』なのだと錯覚するようになっていた。」
「本当は、君がどんな想いでいたのか知りたかったのに、僕は目を逸らし続けた。」
セリーヌは何度も「これを読む意味があるのだろうか」と思った。
初めこそ興味半分で目を通したが、四通目あたりから「まるで自分にとっての重要な懺悔の場であるかのような手紙」を受け取ることに疲れてきた。
セリーヌは過去を引きずっていない。彼女は未来へ向かって歩いている。それなのに、アランは「今になって昔の自分を分析し、言葉にすること」に何の意味を見出しているのだろうか。
手紙の中には、「セリーヌに謝罪したい」とは一言も書かれていない。ただひたすらに、「僕はこうだった」「僕はこう感じていた」「本当はこうだったかもしれない」と、過去の自分を詩的に掘り下げるだけ。
彼の目線は常に**「自分がどうであったか」**に向けられ、セリーヌがどのような気持ちでいたのか、なぜ彼の婚約者に対する扱いを受け入れられなかったのか、その部分はまるで考えられていない。
六通目が届いたとき、さすがに捨てようかと思った。しかし、ジュリアに相談すると、彼女は「証拠として保管しておきなさい」と即答した。
「捨てたら捨てたで、また新しく送られてくるわよ。それに、もし彼が妙な行動に出たときに『これまでの異常な手紙』として見せることができるでしょう?」
「……確かに」
セリーヌは仕方なく、手紙を手元に残すことにした。
だが、自室に置いておくのは嫌だった。目に入るだけで気分が悪くなる。
そこで彼女は、屋敷の掃除用具入れに封筒ごと押し込むことにした。
ほこりっぽいモップや雑巾に埋もれるようにして、その束を突っ込むと、セリーヌはふうっと息をついた。
「……掃除をするとき以外、目に入ることもないでしょうし」
幸い、メイドたちはセリーヌの持ち物を勝手に動かすことはない。いずれ彼が手紙を送るのをやめたら、屋敷の奥深くにでも仕舞い込んでしまおう。
それにしても――
アラン様は、いったい何がしたいのかしら。
彼は、自分がこれを書いたところで何も変わらないことに気づいていないのだろうか。
あるいは、彼はそれすら分かっていながら、それでも書かずにはいられないのだろうか。
「……気味が悪いわね」
掃除用具入れの扉を閉め、セリーヌはその場を後にした。もう、二度と開けたくないものを閉じ込めるように。




