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もう、今更です  作者: つむぎ


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31/52

3


「君の笑顔は、陽だまりの中に咲く花のように美しい。だが、その花はもう、僕の手の届かない場所に咲いている……」


突然聞こえた詩のような言葉に、セリーヌはグラスを持つ手を止めた。振り向くと、そこには微笑を浮かべたアラン・ド・モントレイユがいた。


「……アラン様?」


思わず名前を呼ぶと、彼はどこか優雅に肩をすくめ、ゆったりとした歩調で近づいてくる。


「久しぶりだね、セリーヌ」


落ち着いた声色。だが、その瞳には妙な光が宿っていた。


「久しぶり、と申し上げるほどの時間は経っておりませんが」


セリーヌは静かに答えた。学園卒業からまだそう日も経っていない。それなのに、まるで過去の恋人同士が再会したかのような言葉遣いに、違和感を覚えざるを得なかった。


「そうかもしれない。でも、こうして君の幸せそうな顔を見るのは、僕にとっては久しぶりのような気がするよ」


「……ご機嫌うるわしくて何よりですわ」


なるべく無難に返したつもりだったが、アランは微笑を深めるばかりだった。


「君の幸せを見守ることが、今の僕の役目だ」


「は?」


思わず聞き返してしまった。


「もう、君は僕の手の中にはいない。けれど、君が微笑んでいるなら、それでいいんだ」


「……」


何を言っているのか、全く理解できなかった。夜会のざわめきの中で、アランの言葉だけが浮いている。妙な詩的表現、場にそぐわない甘やかさ、そして、まるで聖人のような物言い。


エドモンが静かに口を開こうとしたが、アランは片手を上げ、軽く制するような仕草を見せた。


「心配しないでほしい。僕は何も望んでいない。ただ……」


彼はグラスの中の酒を軽く揺らしながら、また詩でも詠むような口調で言葉を継いだ。


「人はそれぞれ、思い出を抱えて生きるものだろう? 僕にとって、君との日々は大切な思い出だった。それだけさ」


セリーヌは何とも言えない沈黙の中で、彼を見つめた。


(……これは、どういうつもりなのかしら?)


「……アラン様、それはつまり、どういうことでしょう?」


「だから、君の幸せを見守ると言っているんだよ」


朗らかに言い切られ、思わず息を飲んだ。


「……申し訳ございませんが、私には何の冗談か理解できませんわ」


ふと、視線が周囲をかすめる。気づけば、周囲の貴族たちがこちらを伺っていた。夜会の話題としてはあまりにも刺激的なのだろう。


だが、アランは意に介さず、穏やかな微笑を保ったまま、静かに続ける。


「冗談ではないよ。君が幸せなら、それでいい。僕はもう、何も望んではいない」


セリーヌはグラスを置き、ゆっくりと深呼吸をした。


「……アラン様」


「うん?」


「正直に申し上げますと、大変気味が悪いのですが」


彼の表情が、一瞬固まった。


「え?」


「以前のように冷たく突き放されるならともかく、今さらこのようなことを仰られるとは……正直、どのように受け止めるべきか戸惑っております」


彼の瞳がわずかに揺れたが、それでも微笑を崩さない。


「そうか。君は、そう思うのか」


「はい、心の底から」


セリーヌはきっぱりと答えた。


だが、アランはどこか満足げに目を細めると、グラスを傾けながら小さく笑った。


「……君らしい返答だね」


(そういう問題ではありませんわ)


言い返す気も失せた。


「まあ、いいさ。君の幸せを願っているよ、それだけだ」


アランはそう言い残し、グラスの酒を飲み干して、ゆっくりと去っていった。


「……」


「……」


セリーヌとエドモンは、しばらく彼の背中を見送った。


「……何だったのでしょうか、今の」


「さあ。少なくとも、害意はないようだけど」


エドモンが少し困ったように微笑む。


「……見守る、ね」


セリーヌは、さっきの詩のような言葉を思い出しながら、小さく息を吐いた。


「ご安心くださいませ、アラン様。私は私の道を進んでおりますので」


心の中でそう告げながら、グラスを持ち直し、冷えたワインを口に含んだ。

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― 新着の感想 ―
自分が無視していないもの扱いし、ただの知人より尊重しなかった所為で正当に逃げられた元婚約者にわざわざ近寄ってポエム吐く不審者…… 偶にマナーがめちゃくちゃになるけど人柄が良くて一芸に秀でまくっててどち…
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