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朝の冷たい空気がまだ町に残る頃、アランは伯爵家の門前に現れた。その姿は凛々しく、完璧な服装と姿勢に抜かりはない。それでもセリーヌにとって、彼が迎えに来ることは儀式のようなものだった。形式だけが重んじられ、そこに温かみは感じられない。
「おはようございます、アラン様。」
セリーヌが挨拶をすると、彼は軽く頭を下げただけで返事をすることもなく、馬車の扉を開けて彼女を促した。
馬車の中はいつも通り静かだった。車輪の音が石畳を叩くリズムが耳に心地よいのか、彼は外の景色をぼんやりと眺めている。
「昨夜、家族に夜会の件を相談しました。」
セリーヌの声に、アランはゆっくりと顔を向けた。無表情のまま軽く顎を動かす。
「それで?」
「……弟のルシアンがエスコートを申し出てくれました。それをお伝えしようと思って。」
「そうか。」
それだけを言って、再び彼は視線を窓の外へ戻した。セリーヌは心の中で息をついた。この薄い反応は予想していたが、それでも胸が少し痛む。
やがて馬車が学園に到着し、扉が開かれる。アランは無言で先に降りると、セリーヌが続くのを待ちもせずに校舎の方へ歩き出した。
「ここで失礼する。午後の講義には戻る。」
「わかりました。」
短い別れの言葉を残して、アランは王子のいる方向へ向かっていった。その姿を見送りながら、セリーヌは足元を見つめた。
「今日もこれか……」
小さくつぶやいて、彼女は自分の教室へ向かう。扉を開けると、明るい声が彼女を迎えた。
「セリーヌ!今日も美しいじゃない!」
ジュリア・ルフェーヴルが席から身を乗り出し、悪戯っぽく笑いながら手を振っている。小柄で華やかな顔立ち、そして何よりその軽快な言葉で、彼女は学園中の注目を集める存在だ。
「おはよう、ジュリア。」
「ねえ、聞いたわよ。ルシアン坊やが夜会であなたをエスコートするって?」
「……どこからその話を?」
セリーヌは驚いて目を丸くしたが、ジュリアは得意げに鼻を鳴らした。
「私の情報網を甘く見ないで。王子がリリアを連れ出すって噂と一緒に、あなたの話も流れてたわよ。」
「本当にどうしてそういうことに敏感なのかしら……」
「それが私の特技だから!でも大丈夫よ、セリーヌ。ルシアン坊やのエスコートなら、どんな舞踏会でも安心でしょ?」
ジュリアはウィンクしながら笑い、セリーヌの肩に軽く手を置いた。その言葉の明るさに、セリーヌは少しだけ気が楽になった。
「……ありがとう、ジュリア。」
彼女の笑顔を見ながら、セリーヌは自分も前を向いていこうと静かに思った。




