見捨てられた王子フェリクス1
春の陽が柔らかく降り注ぐ中、学園の卒業式は穏やかに終わりを迎えた。華やかな制服姿の貴族たちが次々と学舎を後にし、それぞれの未来へと歩み始める。
セリーヌはジュリアと共に馬車へ乗り込み、学園の門をくぐった。窓から振り返ると、もう二度と戻らない日々がそこにあった。婚約者として生きた時間も、王家の騒動に巻き込まれた記憶も、すべて過去になっていく。胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
ジュリアは晴れやかな笑顔で、これからの話をしていた。卒業後、二人は貴族向けのサロンを開く計画を立てていた。社交の場としてだけでなく、貴族女性が文化や知識を深めるための新しい空間を作る。まだ計画段階ではあるが、ジュリアの熱意は揺るぎなく、セリーヌもまた、それに引き込まれるように未来を思い描いていた。
「ねえ、セリーヌ。今の案だと少し手狭じゃないかしら?」
「そうね。もう少し広い場所を探すべきかもしれないわ」
ごく自然に交わす言葉の一つひとつが、新たな人生を築いている実感をもたらした。
王宮では、フェリクス王子が何事もなかったかのように振る舞っていた。卒業後も王子としての立場は変わらず、社交の場にも変わらず顔を出していた。貴族たちは表面上は彼を変わらぬ敬意で迎えていたが、どこか以前とは異なる空気が漂っていた。
「殿下は、最近またリリア嬢の話をされているそうですよ」
「まだ未練があるの?」
「いいえ、どうもそういうことではなくて……『彼女はいずれ戻ってくる』と、おっしゃっているらしいのです」
社交の場の片隅で、貴族たちがひそひそと囁く。その言葉の端々に、ほんのわずかな違和感が混じっていた。学園での騒動からまだそう時間が経っているわけではない。それでも、フェリクス王子が口にする言葉には、どこか危うさが滲んでいた。
アランは卒業後も婚約を決めないまま過ごしていた。公爵家の跡取りとして、当然のように縁談の話は持ち上がっていたが、どれも正式な話へと進むことはなかった。
「アラン様は、どうして新たな婚約者を決められないのかしら?」
「まさか、リヴィエール嬢を忘れられないとでも?」
夜会で交わされる噂話に、彼自身は耳を傾けることなく杯を傾けた。周囲がどう思おうと、自分でも答えの出ない感情を抱えたままなのだから仕方がない。ただひとつ確かなのは、セリーヌが確実に自分の人生を歩んでいること。そして、それを見せつけられるたびに、胸の奥が妙にざわつくことだった。
夜会の中、ふと視線を向けると、セリーヌはエドモンとともに談笑していた。穏やかで落ち着いた表情は、婚約していた頃には見せたことのないものだった。
「僕の隣いたころには、あんな顔をしなかった……」
ぼそりと呟いて、グラスの中の酒を一気に飲み干す。
あれが彼女の本当の幸せなのか。自分がいた頃には得られなかったものなのか。
考えれば考えるほど、答えは自分の中で形を成さずに霧散していく。セリーヌの新たな道を妨げたいわけではない。だが、完全に忘れ去られるのも納得がいかない。
まだ、僕は君を見ているというのに。
セリーヌはそんなアランの視線に気づくこともなく、サロンの開設に向けて準備を進めていた。
卒業後、それぞれの道が動き始める。フェリクス王子は表向きは何事もなかったかのように振る舞いながら、少しずつ危うさを増し、アランは新たな道を歩むことをためらい、過去を手放すこともできずにいた。
一方で、セリーヌは確実に前へ進んでいた。ジュリアとともに、新しい未来を築くために。隣には、エドモンがいた。




