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宮廷内での王子フェリクス・ヴァルモンの姿は、これまで見たことのないほど曇っていた。リリアの涙、学園の声明、そして周囲からの批判が、一気に彼を押し潰していたのだ。
王子は広い書斎の窓辺に立ち、外を見つめながらつぶやいた。
「どうして、あんなことになってしまったんだ……。僕は、ただリリアを幸せにしたかっただけなのに……。」
その背後では、アラン・ド・モントレイユが控えていた。彼はいつもの冷静さを保とうとしていたが、その表情には疲労と迷いがにじんでいた。
「殿下、リリア嬢があの場で感情を爆発させたのは、長い間積もった不満や苦しみが限界に達したからです。」
アランの声は穏やかだったが、その言葉は鋭く王子の心を刺した。フェリクスは振り返り、眉を寄せた。
「僕が悪かったと言いたいのか?リリアが苦しんでいたことに気づけなかった僕が……。」
アランは一瞬言葉を選ぶように沈黙したが、やがて静かに答えた。
「……殿下がリリア嬢を想う気持ちは、本物だったのでしょう。ただ、それを貫こうとした結果、彼女が置かれる立場や状況に十分な配慮を欠いていたのは否定できません。」
フェリクスはその言葉に目を伏せ、拳を握りしめた。
「僕は、リリアが幸せになることだけを考えていた。でも、彼女にとって僕の存在が重荷だったなんて……考えたくもなかった。」
「殿下、それが真実だったのです。」
アランの言葉は決して責めるものではなかったが、フェリクスにとっては十分に痛烈だった。自分の行動が愛する人を苦しめ、さらには学園や社交界全体を混乱させた事実を、彼は否応なく突きつけられたのだ。
その夜、アランは自室に戻り、一人机に向かって座っていた。王子のために尽くすことが公爵家の長男としての役割だと理解しながらも、心の中には重い疲労感が広がっていた。
彼もまた、リリアの涙を目の当たりにし、胸の奥で何かが崩れ落ちたような感覚を覚えていた。
「……僕は、彼女の苦しみを見過ごしていた。」
自分自身にそう告げたアランは、思わず深いため息をついた。リリアを守ろうとしたつもりが、結果的に彼女をさらなる孤立と苦痛に追いやった。王子の忠臣として行動していたはずが、それがリリアにどれだけの負担を与えていたのかを考える余裕がなかった。
その一方で、セリーヌとの婚約解消が成立したことも、彼にとっては大きな打撃だった。彼女との関係を修復する時間はもう残されておらず、彼女を傷つけた責任だけが重くのしかかっていた。
「僕は、いったい何を守ってきたのだろう……。」
机に肘をつき、頭を抱えたアランの目には、自分が背負うべき役割と、それに押しつぶされそうな自分自身の姿が交錯していた。
翌日、フェリクスは宮廷内の庭園を一人歩いていた。周囲の侍従や近衛兵たちは彼を遠巻きに見守っているが、王子の背中にはどこか孤独な影が漂っている。
「リリア……僕は、もう一度君に謝るべきなのか?」
彼は静かに問いかけたが、その答えを誰も返してはくれなかった。王子の心の中では、自分の行動がすべて裏目に出たことへの後悔と、自分が進むべき未来への不安が渦巻いていた。
フェリクスもアランも、それぞれの立場で苦悩していた。だが、二人が抱える後悔や迷いは、自らが招いた結果である以上、逃れることはできない。その影は、二人の未来に重くのしかかっていた。




