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セリーヌはサロンを後にすると、重い足取りで自室に戻った。夜会のエスコートがないとなれば、家族に相談せざるを得ない。だが、それはセリーヌにとって気が進む話ではなかった。
夕食の後、家族が揃ったタイミングで彼女は意を決して口を開いた。広々としたダイニングには暖炉の火が揺らめき、いつものようにリヴィエール伯爵家の和やかな空気が漂っている。
「お父様、お母様、少しお話があるのです。」
リヴィエール伯爵がワインのグラスをテーブルに置き、穏やかな表情で娘に目を向けた。
「どうした、セリーヌ。改まって話とは珍しいな。」
「次の夜会の件なのですが……アラン様が、私をエスコートする予定はないとおっしゃいました。」
その言葉に、伯爵夫人の眉がわずかに動いた。彼女はナプキンを丁寧に畳みながら、冷静な声で問いかけた。
「エスコートがない、ですって?どういうことかしら。婚約者である以上、あなたを伴うのが当然のはずよ。」
「それが……リリア嬢をエスコートするとおっしゃっていました。」
「王子の『真実の愛』の相手とされている、あの方か。」
伯爵が低い声でつぶやいた。彼の顔には不快感がにじんでいる。セリーヌはその表情を見て、さらに肩を縮めた。
「このままでは、私は一人で夜会に出ることになります。それでは伯爵家の立場に傷がついてしまいますわ。」
沈黙が流れる中、弟のルシアンがナイフとフォークを置き、話に割り込んだ。
「姉上、その夜会に俺が付き添うというのはどうだろう?」
「ルシアン?」
セリーヌは驚いたように弟を見つめた。彼は微笑を浮かべながら肩をすくめた。
「俺だってリヴィエール家の一員だ。この家の名誉を守るためなら、少しくらい兄のように振る舞うことも悪くないと思うけど。」
「ルシアン、あなたはまだ若すぎるわ。夜会で姉を支えるには少し荷が重いのではなくて?」
伯爵夫人が少し険しい声で返したが、ルシアンは意に介さずに続けた。
「若いからこそいいじゃないか。王子や公爵家の注目が集まる中で、姉上をしっかりエスコートすれば、むしろ伯爵家の印象が良くなるかもしれない。」
ルシアンの言葉には熱意があった。それを聞いていた伯爵が深く息をつき、静かに頷いた。
「……確かに、他に良案もない。ルシアン、お前に任せることにしよう。」
セリーヌは安堵と少しの戸惑いが入り混じった表情で弟を見た。
「本当に大丈夫かしら、ルシアン?」
「大丈夫だよ、姉上。任せておいて。」
頼もしい言葉に、セリーヌは微笑みを返した。夜会への不安は完全には消えなかったが、少なくとも一人ではないことに救われた気がした。




