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放課後の学園庭園は、普段なら生徒たちの談笑で賑わう場所だ。だが、その日ばかりは異様な静寂が支配していた。庭の中央で、王子フェリクス・ヴァルモンが堂々と立ち、その隣には控えめな表情で佇むリリア・エヴァレット。その後ろには王子の取り巻きたちがずらりと並んでいた。
「……何が始まるの?」
ジュリアが小声でつぶやく。セリーヌとヴィクトールも立ち止まり、視線をその光景に注いだ。
王子が一歩前に出ると、カトリーヌ・ベルフォールが静かに彼の正面に歩み寄った。彼女の姿は威厳に満ち、冷静そのものだった。
フェリクスはリリアに軽く振り返り微笑みを浮かべると、彼女の手を取って言葉を発した。
「カトリーヌ・ベルフォール。私は、君との婚約をここに破棄する。」
その言葉が放たれた瞬間、庭に集まっていた生徒たちの間にざわめきが広がった。誰もが耳を疑い、互いに顔を見合わせている。だが、王子はそんな反応を気にする様子もなく、言葉を続けた。
「君と私は政略結婚によって結ばれたが、それは真実の愛ではない。私が本当に愛しているのは、このリリア・エヴァレットだ。」
隣に立つリリアは目を伏せ、王子に手を引かれるまま動かない。周囲の視線が痛いほどに注がれているのが分かる。
「リリアこそが私の運命の相手だ。だからこそ、これ以上君を偽りの婚約に縛りつけるわけにはいかない。」
王子の言葉は情熱的だったが、それを聞くカトリーヌの態度は変わらなかった。彼女は冷ややかな目を王子に向け、手に持ったセンスを口元に当てたまま、一言も発しない。その姿は、まるで感情を超越した高貴さを漂わせていた。
「……これ、本当に起こってるの?」
ジュリアが呆然とした表情で言う。ヴィクトールは口を開けたまま、状況を理解しようとするように目を瞬かせた。
「どうやらそうらしいな。王子様はついに、本当にやっちまったって感じだ。」
セリーヌも、目の前の光景に言葉を失っていた。カトリーヌに向けられた王子の言葉には、何の配慮もなかった。ただ自分の感情だけを押し通す、身勝手な宣言。隣に立つリリアの無力な表情が、それをさらに際立たせていた。
「……カトリーヌ様、大丈夫なのかしら。」
セリーヌが絞り出すように言うと、ジュリアがわずかに眉をひそめた。
「大丈夫かどうかなんて、あの王子に気にされることじゃないみたいね。」
その時、カトリーヌがゆっくりとセンスを下ろした。冷たく静かな声が、庭に響く。
「……なるほど。そういうことですか。」
彼女はその言葉を淡々と口にし、王子に対して微笑を浮かべた。だが、その笑顔には冷ややかな皮肉が混ざっている。
「リリア嬢、あなたも大変ですね。こんな場でこんな話に巻き込まれるなんて。お気の毒に思います。」
リリアは目を伏せたまま小さく震えている。王子がすぐに彼女を庇うように立ち位置を変えた。
「カトリーヌ、リリアを侮辱するのはやめてくれ。」
「侮辱なんてとんでもない。ただ、彼女が今後どれほど周囲に注目されるかを考えると、少し同情しているだけです。」
彼女のその余裕ある言葉に、王子は苛立ちを見せたが、何も言い返せなかった。
その場の緊張感を感じ取りながら、セリーヌはカトリーヌの毅然とした態度に心を打たれていた。婚約を破棄されたにも関わらず、彼女は動揺を見せず、むしろ王子の行動を冷静に見下ろしているようだった。
ジュリアが小声でつぶやく。
「……あのカトリーヌ様、強いわね。あんな状況でこれだけ余裕を見せられるなんて。」
ヴィクトールも同意するように頷いた。
「これが本物の貴族ってやつだな。俺たちじゃ、とても真似できない。」
セリーヌは静かにカトリーヌの背中を見つめながら、小さく息を吐いた。王子の愚かな行為が、この学園で、そして貴族社会でどんな波紋を広げるのか――彼女はそれを想像せずにはいられなかった。




