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セリーヌは、ふと学園の中庭で風に揺れる木々を見ながら、幼い頃の記憶を思い出していた。まだ婚約などという現実が遠い昔の話であり、ただ純粋にアランと笑い合っていた日々。
「セリーヌ、ほら、手を貸して。」
少年の頃のアランは、いつも堂々としていて、少し大人びて見えるところがあった。だがその手は、自分が先に進むためではなく、セリーヌを支えるために差し伸べられることが多かった。
丘の上の花畑に遊びに行ったとき、スカートの裾を気にしてなかなか上れないセリーヌに、彼は軽く笑いながら手を差し出した。
「こんなところでつまずいてると、ほかの子たちに遅れを取るぞ?」
少しからかわれた気がして頬を膨らませたが、アランの手は強く温かかった。彼の手を借りて駆け上がった先には、一面の花が広がっていた。
「わあ……きれい……!」
「ほら、だから急いだほうがよかっただろ。」
アランは満足そうに胸を張って言いながら、摘んだ花をセリーヌの髪にそっと挿した。その仕草が照れくさくて、セリーヌは言葉を詰まらせながらも微笑んだ。
お互いに特別な存在であることを自覚しながらも、それを意識することはなかった。庭で一緒に走り回り、木登りを競ったり、雨の日には広間で本を読み合ったり――すべてが自然で、そこに余計な意識や気負いはなかった。
ある日、セリーヌが新しいドレスを着てアランの前に現れたとき、彼は真剣な顔で彼女を見つめた。
「それ、よく似合ってる。」
「えっ……本当に?」
「嘘はつかないさ。」
その一言に、セリーヌは心が跳ねるように温かくなった。彼が褒めるのは滅多にないことだったからだ。その言葉の裏に隠された真っ直ぐな優しさを、セリーヌは密かに大切に思っていた。
だが、思春期を迎えると、アランの態度に少しずつ変化が現れ始めた。以前ならば手を差し伸べてくれた場面でも、彼はあえて距離を取るようになり、言葉もそっけなくなっていった。
「アラン、どうして最近冷たいの?」
「別に、そんなことない。」
彼の答えはどこか不器用で、セリーヌにはその真意が分からなかった。それでも幼い頃の彼を覚えているセリーヌは、冷たく振る舞う彼の奥に、かつての優しさが残っていることを信じたかった。
セリーヌは学園の木陰でふとため息をついた。あの頃のアランは、今では思い出の中にしかいない。花畑で手を引いてくれた少年と、今の冷たく距離を取るアラン――二人は同じ人物のはずなのに、どうしてこんなに違って見えるのだろう。
「でも、もういいわ。」
彼に期待することをやめた今、幼い頃のアランとの記憶は、ただの懐かしい思い出としてセリーヌの心に残っていた。それは彼女にとって大切な記憶でありながらも、もう取り戻すことのない過去だった。




