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リヴィエール伯爵家の重厚な書斎には、伯爵、伯爵夫人、そしてルシアンが揃っていた。部屋の中は静まり返り、窓から射し込む夕暮れの光が、真剣な面持ちの家族を照らしている。書斎の大きな机を挟んで座る伯爵と伯爵夫人の前には、最近学園で巻き起こっている王子フェリクスの醜聞に関する書状が広げられていた。
「学園での問題が、とうとう宮廷の耳にも届き始めたようだな。」
伯爵が低い声で言うと、夫人が少し眉を寄せながら頷いた。
「ええ。王子がリリア嬢に執着していること。そして、セリーヌの婚約者であるアラン様までが、その輪の中にいること。周囲の目には、非常に不穏な光景に映っているようです。」
ルシアンがやや苛立った様子で椅子から立ち上がる。
「姉上がその巻き添えを食らうのは許せない。アラン様には婚約者としての責任を果たしてもらうべきだ。」
「落ち着きなさい、ルシアン。」
伯爵夫人が諭すように言うが、彼女の声にも緊張が含まれていた。伯爵は椅子に深く腰掛け、腕を組んでしばし沈黙した。
「……この状況を放置することはできない。セリーヌが傷つくだけでなく、リヴィエール家の名誉も危うくなる。公爵家との婚約について再考する時が来たのかもしれん。」
その言葉に、ルシアンは驚いた表情で父を見た。
「婚約を解消するということですか?」
「まだ結論ではない。ただし、アラン様が今後も王子とリリア嬢に肩入れし続け、セリーヌを顧みないのであれば、考慮せざるを得ないだろう。」
伯爵夫人が静かに頷き、口を開いた。
「アラン様には一度、正式な場でこの問題について問いただすべきでしょう。それでも彼が曖昧な態度を取るのなら……家同士の話し合いに進むべきです。」
伯爵は深く息をつき、書斎の机を軽く叩いた。
「私が手を打とう。公爵家に書簡を送り、彼に正式な面会を求める。そして、セリーヌにはその間、学園で周囲に余計な噂を立てられぬよう注意を促すことにしよう。」
夕食後、セリーヌは父に呼び出され、書斎に足を踏み入れた。家族全員が揃っている中、彼女は緊張した面持ちで父に向き合った。
「セリーヌ、君の婚約者であるアラン様について、私たちは少し状況を整理する必要があると考えた。」
伯爵の言葉に、セリーヌは驚きを隠せなかった。
「父様……それは、どういう意味でしょうか?」
「彼が婚約者としての役割を果たしていないという話が、すでに貴族社会でも囁かれ始めている。君が辛い思いをしていることも分かっている。だからこそ、アラン様に今後の姿勢を明確にしてもらう必要がある。」
セリーヌは俯きながら小さく頷いた。
「……私が未熟だから、彼に認められていないのかもしれません。」
「そんなことはない、姉上!」
ルシアンが力強く声を上げた。
「君のせいじゃない。アラン様が君を守るべき立場を忘れているんだ。僕も父上と同じ意見だよ。」
伯爵夫人が静かにセリーヌの手を取った。
「私たちも、この状況をこれ以上放置するつもりはありません。でも、セリーヌ。これはあなたの未来を守るための決断だということを、分かっていてほしいの。」
セリーヌは涙を堪えながらも、家族の温かい言葉に少しだけ救われる思いがした。そして彼女は、心の奥で小さな決意を抱いた。
「分かりました、父様。私も精一杯、この状況に向き合います。」
伯爵は満足げに頷き、静かに告げた。
「よし、ではアラン様との面会日が決まったら知らせる。それまでは、学園での態度を崩さないようにしなさい。」
セリーヌはその言葉に頷きながら、胸の奥で複雑な感情を抱えていた。それでも、家族が自分を守ろうとしてくれることが、彼女にとって唯一の救いだった。




